第276話 魔物との遭遇

 「止まれ」

 ゆっくりと樹海を進んでいた僕たちの先頭は、案内役のセスの人たち。

 今までも何度かあったけど、魔物発見、みたいです。どこどこ?


 そうです。樹海にだって、ううん樹海だからこそ、それなりに強い魔物がいるんです。こんなにたくさんの非戦闘員を引き連れてると、ほんと、大変だね。



 何が怖いって、大きいのは見た目で怖い、ってわかるけど、隠れて視認しづらいのとか、小さいやつとか、植物系のは、慣れないと危険度マシマシってことみたいで、動きの鈍い非戦闘員に気を抜かれちゃ、護衛はほんとうに大変っ。


 話に聞くと、この道を行くのははじめてじゃない人も半分以上いるらしいです。

 特に研究者の人って、そうみたい。

 始めてじゃない人たちが特に、うるさい。

 前回よりも魔物の出が多いなんて文句言ってるよ。


 ちなみに研究者って人が3人。それぞれが一人ずつ助手っていう人を連れてきてます。この研究者どうしがどうも仲が良くないようで、何かあったら行軍の邪魔をするんで、正直僕は疲れちゃったよ。

 ただ、リーダー役のジークンさんはその点、うまく仲裁しつつ、なんとか前に進んでるって感じ。

 ジークンさんは、とってもでかくて一見怖いけど、気配りできるすごい人みたいで、この6人だけじゃなくて、調査報告等のためについてきた文官さんの様子にもとっても気を配っています。


 今回の行軍は、樹海の中で、しかもタール状の物体を保管してたような小屋の探査ってことで、基本的には魔力量が多い人が選ばれてるんだけど、兵士さんたちとは違って、偉い研究者とか文官さんの体力は、残念ながら・・・ってことみたいで、リーダーさんは大変です。

 まぁ、子供の僕がへっちゃらな感じで、どんどん進むので、必至についてはきてるんだけどね、この「止まれ」っていう言葉になかなか反応しないのは、見ててヒヤヒヤします。


 てことで数度目の「止まれ」が出たんだけど・・・

 なんか様子が変?


 ちなみに編成としてはセスの二人が案内で、その後ろにジークンさん始め半数の兵士。そして研究者たちがいて、兵士の残り半分。で、文官3人で、僕らタクテリア聖王国の4人。僕らでしんがりを務めている感じかな?

 はじめは僕らも兵士の間、っていうか、ぶっちゃけ、前と後ろを兵士で挟んで、間に僕ら、研究者、文官、って並んだんだけどね、研究者同士のぶつかり合いがひどくて、ちょいちょい兵士さんたちが仲裁に入る事態になったから、僕らも戦えるってことで、しんがりにしてもらったんだ。だって、だいたいが争いの始まりが僕の能力について聞いてきたり、知識を聞いてきたりして、それに抜け駆けだ、と騒ぎ出すってのが、ルーティン化しちゃったから。

 僕もうんざりだったし、アーチャが申し出て、セスの人たちが僕らの戦闘能力を保証してくれた、って感じで、タクテリア聖王国チームがしんがりになったんだ。



 20人以上の人間が、険しい森の中を連なっていくと、後ろの人間には前の方がどうなっているのか、って、正直わかりません。

 「止まれ」っていう声はなんとか聞こえたけど、なんか今までと違う?

 今までは、魔物が出てもセスの二人が仕掛けて、前を守っている兵士さんたちとやっつけちゃってたんだよね。

 ジークンさん以外のメンバーは、前と研究者の後ろとを適当にメンバーチェンジしながら、そんな風に進んでたんだ。


 けど・・・・


 今回はなんか違う。


 「後退、後退だ!」


 一瞬、ザワザワと張り詰めた様子が漂ったと思ったら、セスの人が慌ててそう言うのが聞こえ、ジークンさんの命令で非戦闘員1グループに1人か2人ついて、森の中を少し広がる感じで下がってきたよ。

 ここからは見えないけど何があった?

 さすがの緊急事態に、研究者の人たちも黙って従ってるけど、いかんせん足下がフラフラだ。木の根っことか草とかに足を取られて、なかなか後退が難しいみたい。


 『ダーよ。タールの魔物のなりかけが現れた。』

 なんだって!!


 僕らにつかず離れず一緒に来てくれてるグレンからの念話が入った。

 タールの魔物のなりかけだって?


 『うむ。斥候が気づいたのは1体だが、このあたり、なりかけが複数いるようだぞ。どうする?』

 『え?どういうこと?』

 『原因は・・・・っと、斥候が風の魔法を放った。怯んではいるが、まったく効いておらんぞ。もう一人が、ナイフを投げた、がこれもダメだな。瘴気に阻まれてほとんど朽ちたぞ。』


 グレンの報告に、僕はアーチャと目を合わす。状況を察したアーチャの差し出した手をつかみ、僕はグレンと心を繋げて、視界を共有したんだ。


 タールの魔物、しかもなりかけって言ってたのは、まさしくそのものだった。

 タールの魔物は黒い水たまりに捕らえられると、徐々にその水に汚染されて、瘴気にまみれていく。普通はその水にまさに捕らえられるってことで、完全に汚染されてタール状になるまでは動かない、っていうか動けないって聞いたことがある。

 まぁ、全部汚染されたものがむちゃくちゃ動くかっていうと、そうでもないんだけどね。タールの魔物になりきったものは、フラフラとその場を徘徊するようになる。そして触れる物触れる者触れるものすべてを溶かす、っていうのかな。黒い瘴気をまき散らして壊していく。

 ちなみに黒い瘴気をまき散らして、っていうのは僕の視界。

 他の人には、どうやら濃い魔力で覆われているのは見えるけど、気体状の黒いのは見えないみたいです。あ、ちなみにある程度の魔導師じゃないと、濃い魔力っていうのも見えないみたい。


 それはいいとして、セスの2人は、一瞬の動揺があって、攻撃をしつつ下がった理由は、きっとここだね。完全に黒くなってないのに、周りに黒い水たまりがないのに、向かってくる魔物。そんなのはセスたちの知ってる、黒い魔物じゃない!


 僕には全体的に瘴気に囲まれているように見える魔物。その一部、下肢の方から徐々にタール化している、あまり大きくない猿みたいな魔物。うん。足と腰全部と、手は手のひらから肘ちょっと超えた辺りまで、タール状になっていて、なんていうか、ゆっくりと向かってくるんだ。その半分黒くなった腕を何かをつかむみたいに交互に前に突き出しながら、ね。


 セス2人の攻撃は効かない。

 ジークンさん以外の人は、非戦闘員を庇いながら後退中。これはジークンさんの命令だね。

 そんな状況でも、セスの2人とジークンさんは、引きながらも魔物から目を離すことなく、武器をかまえている。


 ジュッ


 時折、したたる瘴気が、土を、そこに生えている草木を、一瞬で朽ちさせる。

 あとどれだけあの猿もどき、ちょうどオランウータンぐらいのサイズのその魔物は、動けるんだろう。

 普通に全身タールになった魔物は、1旬もするかしないかで、自然消滅するらしい。その間にフラフラ動くと、その動線上にあるものは朽ち果てる。

 が、下手につつくよりも、動植物の自然復活に任せた方が被害は少ない。

 一般的には、セスではそうなるように、見張るだけのことも多いし、人が住む方へと来る場合は、効かない魔法や朽ちる前提でロープなんかを使って、場所を誘導するみたい。

 そう、全身タールの魔物ならば。


 が、生憎、今目の前にいる魔物は、まさになりかけ。

 なのに動いているし、なんだったら動きは遅いとは言え、完全タール化したやつよりも、全然早い。

 そしてなにより、周りを朽ちさせるのは、完成形のと同じだ。

 このままでは、動きが早い分広範囲に被害をもたらすだろうし、活動時間だって、タールになりきったやつより長いかもしれない。

 ここは樹海。

 瘴気はさらに魔素を集め、どんどん完成形になりつつ、セスの集落へと向かう、なんてことがあったりしたら・・・・


 僕ならば、多分、対処できるのに・・・


 「倒そうか。」


 繋がっている僕の手から、グレンの視界の映像と、心の中を感じ取ったであろうアーチャがそういう。


 「でも・・・」

 「このままでは被害が出るかもしれないんでしょ?ダーはそれを許せない。違う?」

 違わない。


 僕は、できるのにやらない自分を・・・・多分、許せない。

 セスには大切な人がいっぱいいるんだ。

 それに・・・

 それに森だって、この樹海だって、大切なんだ。

 セスによって、樹海って形で区切られているけど、僕らの人間のテリトリーの森だってこの樹海に接しているし、その森が大切だっていう、たくさんの人々だっている。人だけじゃない。ここはエアの生まれた森でもある。たくさんの妖精や花の精霊様だって住んでいる。

 それを朽ちさせたくなんてないんだ。


 「迷うことないよ。さ、行こう。」

 アーチャは繋がったままの僕の手を引っ張り、下がってくる人たちをかいくぐりつつ、一番前の3人のところまで、走ったんだ。

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