第273話 お手紙を渡した

 僕がトゼへ来た一番の目的=陛下のお手紙をこの国の偉い人に渡してプジョー兄様が来るまでに良い感じに仕上げておく、という任務も、なんとなくうまくいったのではないか、と、心の中でホッとしていた僕。

 手紙は、今の評議員長だっていう、獣人のおばあさんがまず見て、それを回し読みしている感じです。


 ていうか、今まで評議員っていうとなんかエルフの人、みたいに思っていたけど、獣人やドワーフ、人族もそれなりにいるんだね。


 そりゃそうか。すべての種族で話し合い、が、この国の建前だもん、いなきゃダメだよね。まぁ、前世日本の国会よろしく、あの国会議員の男の割合がエルフの割合、と思えば近いかも、です。


 なんでも、評議員は偉いけど、議長が評議員の中で一番偉いわけじゃないんだって。どうやら国会と同じように会期みたいなのがあるんだそうで、議長って、基本的には会期ごとの持ち回りなんだそうです。今は、獣人さんの有力部族であるラワン族が議長なんだって。

 そうそう。議長さんはおばあさん、て言ったように女の人です。

 男女同権、の気質は、多分前世日本よりは強いよね、って思います。なんたって、この世界は魔法があるしね。


 前世より危険が多いこの世界では、強さが偉さに繋がりがちです。

 だから、腕力が強い男の人が偉い場合も多いんだ。

 けど、魔法は男女関係ないからね、魔法込みだと強い女の人も少なくない。で、地位のある女の人も少なくないです。

 それに、強さは腕力だけじゃない。

 危険が多いってだけじゃなくて、一人では太刀打ちできない敵も多いから、単に腕力だったり魔法だったりっていう、攻撃力が優れているから強いとも言いきれないんだ。

 みんなで協力して強敵を倒す、それには人を繋げる力とか、人を使う力とか、そういう直接的な攻撃力ではない力だって求められる。これには男女で優秀な人の差は無いみたいです。


 とか言っても、なんだかんだで女性は3割ぐらいだね、この評議員の中では。

 エルフ以外だとその割合はさらに減る。

 てことで、たまたま数の少ない獣人さんで女性が評議員長の今は、ずいぶんレア、なのかもしれないです。


 そんな話を聞きつつ、回し読みされる陛下のお手紙。

 なんかね、一定のところで僕に驚いたような目をみんな向けてくるんだ。

 一体何を書いてるのか、ちょー気になります。

 もうすぐ正式な訪問団が来るから、引き渡しお願いね、って書いてるだけのハズなんだけど・・・・



 しばらくして、全員が読み終わった。

 それを確認した形で、議長さんが、僕に聞いたよ。


 「アレクサンダー殿下。殿下はこの内容を読まれましたか?」

 「いえ。犯罪者を連れて行くお願いだ、ってのは聞いていますけど。」

 「そうですか。・・・殿下は確か10歳だと伺っておりますが、間違いありませんか?」

 「え?僕ですか?まぁ、そうです。春には11になります。」

 「ワージッポ・グラノフ博士。我が国の天才魔導師であるかの御仁の愛弟子である、そんな噂がありますが。」

 「え?ドク?・・・まぁ、弟子、だと思います。それが?」

 「あら、警戒させちゃったかしら。ごめんなさいね。彼は今は関係なかったわね。私が聞きたかったのは、殿下のことでしたの。確か人族は10歳前後から魔力の通り道を通す、でしたかしら。むろん貴族では7歳前後からゆっくり通す、というのは知っています。ですが、その・・・」

 議長さんは、チラリとロッシーシさんや僕のお世話についてきてくれているウィンミンさんたちに目をやったよ。


 「殿下が王家に入るずいぶん前に、殿下が魔法を、しかも未知の巨大な魔法を使ったのではないか、と、噂されているのはご存じかしら?」



 さすがは、評議員・・・というわけでもないようです。

 ただ、何人かは、緊張と僕に対する注意が格段に上がったよ。

 そのってのを知っている人なんだと思う。


 もう5年ぐらい前の話。

 セスの村で僕が放ったホーリーが、樹海を変えた。

 どうやらホーリーってのは瘴気と反応して、魔素を消しちゃうみたいで、魔素が抜けた物体はなぜか白い灰みたいになっちゃうんだ。

 それがわかった初めての事件が、そのセスの事件。

 これはセスの中で秘密にすることになったんだ。

 だって、魔素が消えれば樹海は後退する。魔素の濃度が濃いところが樹海になったり、強い魔物、特に黒い魔物を産み出すから、それが消せれば、魔物の領域を消していける、そういう風に思われたから。


 だけど、ホーリーにはいろいろ問題があったんだ。

 まずは、ホーリーは瘴気と反応して魔素を消し、そのときに魔素が含まれたものを白くしちゃうってこと。これはまったく魔素がない状態特有の状態で、色々異常だ。

 この世界では、人も動物も植物も、石や空気にだって魔素が含まれている。にもかかわらず、その魔素がゼロ、なんていう異常状態が起こって、物は異常物質になっちゃうんだ。

 あり得ないもの、それが魔素ゼロの物体だ。


 当然空気にも土にも含まれているはずのものがなくなっちゃったら、人だって生きてはいけない。

 幸いなことに、この状態が広がるんじゃなく、逆に魔素が逆浸食してきて通常の状態に自然に戻ろうとするから、特に空気なんかは異常状態が長く持つものでもないんだけどね。

 いったん白くなっちゃった物体に関しては、不可逆だ、って研究されています。


 もう一つのホーリーの問題。

 今のところ使、ってこと。

 ホーリーは僕が前世のゲームとかから、をイメージして創ったんだ。うん、まんまホーリーね。

 呪いとかアンデッドとかに聞くかなぁ、て思ったんだけど、で、実際に清浄な空気になればいいな、とか思ったりしてね。

 ただね、この世界には宗教的なものがないんだ。

 だから清浄とか、荘厳とか、聖なる、とか、なんていうか、神を連想するような言葉もなければ、感覚も無い。

 汚れた空気をきれいにする、って、ギリ煙を追い出す、とか、埃まみれのお部屋をきれいにする、と、想定できるぐらい。


 ちなみに、僕はアンデッドだ!なんて呼んでる、遺体が動き出す魔物もいるけど、実際にはヤドカリ方式でした。見た目、ゾンビとかスケルトンに見える魔物はいるけど、死んだその生物がよみがえって動いてるんじゃなくて、遺体に寄生して動く系の魔物がいるんだ。

 けど、これにホーリーは効く。

 多分、僕がそうと思って使ってるから効くんだろうって、みんな言ってる。

 だから不浄云々て言っても余計に通じないのかも、です。

 瘴気、なんて言ってるのは僕だけで、瘴気は聖なる力で滅ぼすもの、っていう僕のがあってはじめて稼働する、ってことかもしれない。


 ちなみに、ホーリーは通常の魔法に比べてたくさんの魔力がいるようで、しかも属性が不明ということも重なり、唯一って言葉を理解してくれるモーリス先生も使えないんだ。残念。



 まぁ、下手すりゃ魔素を消して人の住めない地を作りかねないホーリーは、今のところいくつもの意味で、知る人ぞ知る、トップシークレットな魔法となっています。

 まぁ、主にこれを研究しているのはセスの村の研究者たち。

 僕もそれにいろいろ協力している、ってところかな?


 トップシークレットとはいえ人の口には戸が立てられない、って感じで、当初から何かを隠していて、その中心は僕だろう、って思っている偉い人がここにもいっぱいいるんだろうけどね。



 議長さんの言葉はそれを踏まえた上での疑問で、ひょっとしたら僕の年齢とかまでは知らなかったのかもしれない。子供といってもアーチャだって当時子供として扱われていたし(70越えだったのに)、人族の子供、なんて言われても、魔法を使うんだから成人前後だろう、ぐらいに思っていたんじゃないかな?



 「噂、ですか?巨大な魔法かぁ。色々噂されるんで、どれなんでしょうね。」

 僕は、だけどその話だなんて気づかない体で、首をかしげた。


 ・・・・


 ちょっとした沈黙。

 議長さんが怖いです。


 沈黙に、興味深そうにこちらを見る人たち。

 一体何の話だろう、と困惑気味な人たち。

 そんな数多の瞳が、こっちを見ているよ。

 10歳のいたいけな僕に、大の大人がよってたかって、って思わないのかなぁ。泣くよ?



 「フフフ。ほんと、かわいいわね。こんな怖いおじちゃんたちに囲まれたら不安になっちゃうわよねぇ。でも殿下はお強いんでしょ?ドガメヌのご子息の話は聞いています。一市民の行動とはいえあってはならない不祥事。遺憾の意を禁じ得ませんわ。にもかかわらず、寛大なお心で、ナスカッテ国の責は問わず、としていただき、なんとお礼を申して良いやら。確かに、今回の犯罪者たちが持つ情報は喉から手が出るほど欲しいものですが、こちらの不手際のお詫びに、彼らをすべてお渡しするに、否やはございません。しかも、国王陛下の寛大なご提案もございますもの、こちらは是非ともにお願い申し上げたい所存ですわ。」


 ニコッと笑う議長さん。

 他の評議員さんもほとんどはウンウンと頷いているよ。

 なんだろう。


 ウンウン頷いている人に反し、逆に、それに対して不満の人も1割やそこらはいそうだけどね。


 そんな否定派の一人からの発言に僕は、眉をひそめた。


 「こんな子供が捜索に役に立つとは思えません。護衛だけでも無駄だ。言っては何ですが、王子を差し出したからそれで意をくんでくれ、という体の良い人身御供ではないですかな?」


 いったい何の話ですか?

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