第271話 模擬戦の結末

 ビヨヨヨヨーーーン

 地面に刺さった槍もどきが揺れる音。

 それだけが、この訓練場に小さく響いた。


 嘘だろ?


 さすがに僕も、あきれてそこに転がる・・・うん顔面スライディングした上で、膝立ち、というか、お尻を突き出した形で、しかも止まった反動か、顔だけは右耳を下につけた状態で横を向いてる、そんなサラムを見て、そんな風に思ったよ。

 まぁ、決闘とか本人が言ってたし、ってことで、僕は、一応は気をつけながらゆっくり近づき、そのむき出しの首に木剣の先をちょこんと当てた。


 ・・・・


 空気がざわつくけど、これ僕の勝ちだよね。

 そう審判役のロッシーシさんに目を向けると、唖然としていたもののロッシーシさんは、慌てて


 「勝負あり!勝者、アレク・・・」

 「反則だぁ!蛮族のガキ、やりやがったな。おまえは魔法を使わん約束だ。それを破ったおまえは反則負け。俺の勝ちだ!」

ロッシーシさんの言葉に被せるように、がなったのは、当然、お尻を突き出したままのサラムだったわけで・・・

 そんなむちゃくちゃな話にみんながザワザワとしてるんだけど、そんなの関係なく、勝ち誇ったように、僕の木剣の先を手の甲でグイッと押しやりながら、サラムは立ち上がった。


 「魔法?魔法なんて僕は使ってないよ。」

 「ふん、ばれんと思ってるのか。どうやったかは知らんが、目の前で消えやがって。魔法だろうが。でなければおまえみたいなガキが、俺様の槍をすり抜けられるはずがあるか?」

 ん?

 どういうこと?

 「いやいや、槍が攻めてきたら、普通は避けるかはじくよね?」

 「それは実力が拮抗している話だ。おまえみたいなガキが、大人のこの俺の槍を防げるはずがないだろう。常識だ。」

 ・・・・・

 いやいや。

 強さに年齢関係なくないですか?

 「フフフ、やっぱりガキだな。正解を言われて言葉もないか。皆も見たであろう。魔法を使わんと宣言したガキが、開始早々、魔法で消えて、槍を躱した。だな?」


 ザワザワザワ


 戸惑いと、何言ってんだ?なんて発言で場がざわめく。


 「この痴れ者が!!恥を知れ!王子は普通におまえの緩い槍を躱されておったわ!魔法なんぞ、使っておられんのは、ここの皆が証明できようぞ!」

 ざわめきの中、頭を痛そうに手で押さえながらも、顔を真っ赤にして、そう怒鳴ったのは、騒動を知らされて慌ててやってきた、ドガメヌ卿その人だった。


 「え?え?そんなはず・・・しかし、こやつは目の前から消えて・・・」

 「はぁ。それはおまえが、全く目で追えてなかった、それだけだ!」

 「しかし・・・・しかし・・・・ああそうだ。しかし、こいつは卑怯者です。騎士たる者、無手の者に対し武器を突きつけるなど、卑怯千万。ここは寛大な俺様が譲歩して、ノーカウントとしてやろう。蛮族とはいえ王子を名乗るおまえのこと、卑怯な勝ち方をした、と言われれば尊厳も崩れよう。ハハハハ。」


 ?


 無手の者?武器を持ってない、っていう意味で使ってるんだろうけど、あんた槍もどき持ってたよね?ていうかそれ振り回して、失敗して自分で手放したんだよね?

 あのね、もしこの武器を手放したのが僕で、うちの師匠たちとの訓練中だったらさ、武器を離すとは何事だってボコボコにされてる事案だと思うんだ。

 僕なんか、勝ちを示すために首筋に剣を置いただけ、むしろ褒めてもらっても良いと思う・・・


 こんな僕の思いは、当のサラム以外、同様だったようで・・・


 「ぬぁ、おまえという奴は・・・・」

 と、言葉にもならない彼の父であろうドガメヌ卿。

 頭をかき乱して、僕の方にやってきて、平身低頭し始めた。

 「ひらにひらに・・・教育を間違えた私の不手際ではありますが、どうぞ私とこの馬鹿者の首だけで、お納めくだされ。国とは、我が部族の他の者とは、無関係のよし、どうか留めおきいただきたく・・・・」


 あぁ・・・

 お父さんの方は、まぁ、まともみたいです。

 国のこと、部族のことを考える余地がある。のになんでこんな息子なのかなぁ・・・

 けど、僕、首なんかいらないし、正直、国の問題にされるのは、面倒この上ないんだけど。そのための冒険者として余興だって何度も言ってるのに・・・


 とはいえ、そんなパパさんの言動に、慌てつつ、ものすごく怒っちゃってる人もいます。うん、サラム。

 「こんな蛮族のガキに、ブヘッ」

なぁんてかんじで、パパさんに殴られてるよ。


 ハァ・・・

 僕はでっかいため息をつく。

 「もういいですよ。で、おじさんはまだ僕と戦いたいですか?それとも負けを認めます?一応、さっきの首筋に剣をあてたので僕の勝ち、っていうのが普通のルールだけど?」

 「な、俺は負けてない。おまえが卑怯にも、武器を持たん俺に襲いかかったのだ!」


 まだ言ってるよ。


 僕は仕方なく、本当はサルムが待機するはずだったところへとゆっくりと歩いて行く。だって、僕が最初いたところにみんな集まっちゃってたからね。

 「ドガメヌ卿、なんだかまだ終わってないようですので、結界の外に出てください。」

 「結界?」

 「卿もご存じなかったですか?みなさんの安全のためにアーチャが風の結界で守ってます。どうぞその外へ。」

 僕の言葉に、半分以上がザワザワ言ってるよ。

 ていうか、魔法が得意なエルフ系の人が多いのに、何で気づいてないんだろう?何人かは、ドガメヌ卿が走り寄ってきたときに、彼の通り道だけ結界を解除した技術にギョッとしていたから、さすがは魔法使いの国、アーチャの技に気づくかぁ~って思ったんだけど、逆に、結界に気づいていなかった人がこんなにいるとはびっくりです。


 なんて感想は後にして、僕が定位置に向かうのを見て、ドガメヌ卿は慌てて結界の外へ。

 で、到着して振り返る。

 って、なんで、まだ抜いてないのかな?


 フンフンふんふん・・・・ゼェゼェゼェ

 グヌヌヌヌ、抜けろ、グオッ、ムギギギ・・・


 槍と格闘しているけど、あの体格も一応伊達ではなく、それなりの力が加わっていたようです。それに、追加で彼の体重が乗っかったのも大きいのかな。想像以上にしっかり刺さっていて、まだ抜けていないようで・・・

 ま、そのぐらい深く刺さってなくちゃ、あの太い槍もどきが、ビュンビュン音を立てるぐらい揺れているのに自立したまま、な訳ないか。

 小さく小さくアースクェイク。

 僕は、刺さっている土に振動を加えて柔らかくしたよ。


 グエッ


 蛙の潰れた声みたいなのが聞こえて、同時にドシン!

 急に槍が抜けた拍子に、尻餅をついたみたいです。


 プププププ

 ガハハハハ

 それを見た会場はでっかい笑いに包まれたよ。

 アハッ。

 何人か、そうだね、アーチャが通り道を開けたのに気づいた人たちは、どうやら僕が魔法でお手伝いしたのに気づいたみたい。驚いたような、怒ったような、そんな視線を向けてきたから、ペロッて舌を出したら、なぜか、ハァ、っておそろいのでっかいため息をみんなでついてる。ほんと、なんでだろ?


 「ぐわぁ。ばかにしおって!」

 なぜか、立ち上がり槍を持ったサラムは見学者たちに喧嘩を売ってたよ。

 まったく・・・


 「やるの、やらないの?」

 僕が声をかける。

 と、

 「ウォォォォォォォォ」

 まだ誰も始め、なんて言ってないのに、さっきの焼き直し。超スピードで、けど、僕からはノタノタと、槍を抱えてこっちへ向かってくる。


 ひょい


僕は、やっぱり軽く身体をひねるだけで躱して、おっとっと・・・サラムは蹈鞴を踏んだけど今度は無事なんとか転けずに踏みとどまった。


 「やっぱり魔法で消えてるではないか!」

 「いやだから、避けただけだって。」

 聴衆を見るサラムに、みんな僕を首肯する。

 「チッ。うりゃあ。」

 それにキレたようなサラムは、地面に軽く刺さった切っ先を思いっきり僕に振り上げた。

 当然僕は上体を軽くそらしてそれを躱す。


 「クソガキがぁぁぁぁ」


 その後は、無駄に武器を振り回すサラムと、ひょいひょい避ける僕、って感じかな?



 クソックソックソッ、ブンブンブン、と罵声を浴びせながら細かく突くサラム。


 ヒュンビユ~ンヒュル、何度も袈裟懸けに槍を振り回す、てか、振り回されてるサラム


 「いにしえの盟約により我が意を尽くし・・・・ぶへ、詠唱中に卑怯だぞ」

 無駄に立ち止まり、魔力を練って、魔石に集めようとする無駄な時間を、膝かっくんでカットした僕にキレるサラム。


 ブンブンブン


 ヒュンビユ~ンヒュル


 いにしえ~ブヘッ


 ・・・・・・



 「ゼイゼイゼイ・・・このちょこまかと卑怯者が。ジッと止まって槍に突かれろ。逃げるなんてのは卑怯者のすることだ。ゼイゼイゼイ・・・」

 息も切れ切れのサラムだけど、逃げなきゃ刺さっちゃうでしょ?

 僕だって痛いのはイヤだし、死ぬなんてもっとイヤです。

 それに、僕が反撃したら、一瞬で終わっちゃうよ?


 ブンブンブン

 いにしえ~ブヘッ


 ・・・・・


 ゼイゼイゼイ・・・ズズズズ・・・・


 何度、同じような繰り返しがあっただろう。

 ついに、息切れしたサラムが地面に崩れ落ちた。


 シーン・・・


 サラムの醜態に笑っていた見学者たちも、息をのむ。


 もう、立ち上がらない?


 ロッシーシと目が合うと、僕に向かって大きく頷いた。


 「勝負あり!勝者、アレクサンダー王子!」


 プハァーーー


 やっと終わったぁぁぁぁ!

 もう精神的に疲れちゃったよ・・・


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