第266話 王子の決断(前)

 「殿下。この騒動は、それだけのことなんですよ。自覚できましたか?」

 ランドルさんは静かな口調で僕に対して言ったけど、この会場の人、みんなが聞き耳を立てていた訳で、まぁ、凍っていた会場はさらに凍り付いたって感じです。


 そりゃまぁそうだよね。

 この国の多くの偉い人は、実際問題として南の大陸にたくさんの国があることは把握しつつも、遠い存在としてしか考えていないみたい。前世で、テレビの向こうの国のニュースを見て、まぁそんなところがあるんだね、って思ってるみたいな感じかな?

 知ってるけど自分には関係なくて、でもなんとなく見下して俯瞰して眺めてるっていうのが、この国の貴族、じゃなかった、一応は平等という体の政治形態だからね、有力者?の一族の考え方じゃないのかな?


 だからね、知識として知っている『他国』の王子の扱いってのは、正直言って良く分からなくて手探り状態って事なんだと思う。

 もちろん、本当の本当の第一人者ともなると、よーく分かってるみたいだけどね。外交官だとか、ライライさんのパパさんとか、本当に政治の中枢の人たちは、いかに僕ら南の大陸とちゃんと外交をしなければまずいのかってことは考えていると思うんだ。

 あと、商人ね。だって彼らからしたら、海の向こうには見知らぬ商品がわんさかあって、それを取り扱うと巨万の富をもたらすかもしれないんだもの、そりゃ大事に交易をするよね。


 そんなだから、本当に政治や経済を知っている人たちは、ちゃんと僕らを扱ってくれる。王子と言うのは国にとってどういう存在で、それを派遣するってのがどれだけ誠意を表していることなのか。そして逆に言えば、そんな王子に対して失礼なことをしたら、どれだけ相手を怒らせるのか。怒らせた場合はどうなるのか。軍事的にも経済的にも、ね。


 僕もね、真面目に学生していたわけじゃないけど、ちゃんと治世者養成校で、こういった考え方は学んだから、本当に『知識としては』うっすらと分かっていたつもりだったんだけどね。アーチャパパ・ランドルさんの言葉で、お勉強ではなく現実になるとどういう影響になるかって、実感させられちゃったよ。うーん・・・



 僕は、もともと奴隷として生まれて育ち、冒険者の手で育てられて、今では本来の生まれのはずの商会を手伝うって形で、まぁ、育ってきた。

 どっちかって言うと、超底辺始まりで、なんとなく周りの人も同じような境遇の人たちに囲まれてきた。

 商店の人は、なかでもとくに親しい人は、僕の事を坊ちゃんなんて言いながらも、奴隷仲間の子供としてかわいがってくれるし、冒険者なんて、ならずものも真っ青な荒くれ者が多い。

 そんな環境だから、なめられた態度、なんて、むしろ通常営業。あおりの言葉は挨拶で、困ったときは実力行使。そんな世界で育っちゃったから、あの騎士たちに取り押さえられている坊ちゃん?みたいな態度にも慣れっこになっちゃってたってのもある。


 アハハ。うん、これは言い訳だね。

 たいしたことない、なんて済ませちゃいけない事案だった。

 アーチャも、アーチャパパも、僕にそれを教えてくれています。

 うん。ちゃんと学んだ。


 僕は、ここでは、奴隷上がりの冒険者見習いダーではなく、タクテリア聖王国第3王子アレクサンダー・ナッタジ・ミ・マジタリオ・タクテリアとして存在しているんだ。

 いわば、国の看板。

 国を代表するわけでもない、政治家の息子ってだけの人に馬鹿にされて良いわけはない。国をさげすませたままにしておいて良いわけがない。

 たとえ、今回が、犯罪者の引き渡しをお願いする立場としてきているとしても、お願いでなきゃなんないだよね?

 しっかりしなきゃ、僕!



 ランドルさんの言葉に、僕は深呼吸して、大きく頷いた。


 「そうですね。一方的に色々言われて驚きました。けど、そこの者はこの僕、アレクサンダー・ナッタジ・ミ・マジタリオ・タクテリアに、そしてわがタクテリア聖王国に対して暴言を吐いたのですよね。さて、ここにいらっしゃるのは国の重鎮である、このタクテリア聖王国が王子と杯を躱すだけの重鎮である、そう理解しているのですが、それは誤りでしょうか?誤りでないならば、そこの者の発言は国の発言として引き受けるべきでしょうか?」


 僕は精一杯威厳を込めて、ランドルさんの言葉に続いたよ。ゆっくりと、みんなのことを眺めていく。


 ザワザワザワ・・・


 多くの人が、目を躱し合っては、ささやいている。

 そしてなんとなく、サルムを見る目で、また見ない目で、彼らの考え方、っていうか立ち位置が分かるよう。

 うん。

 なんてことをしてくれたんだ、っていう感じで忌々しくサルムを睨む人が半分ちょっと。サルムから気まずそうに視線をはずし、できる限りとばっちりが自分に来ないように、と息を潜める人が残りの半分。さらにその残りは、どうしようって感じで単にオロオロしてるみたいだ。


 そんな、ザワザワとした時間が数分も続いただろうか。

 セスの関係者以外は、いずれにしても顔が青ざめているのは、それぞれの立場で頭の中を高速回転させているから、かな?


 と・・・


 ライライさんのパパのパリミウムさんとドクのおじさんのロッシーシさんが、まるで申し合わせたように僕の前に来て、跪いた。


 「ひらにひらにご容赦のほどを。かの痴れ者サルムなるは身の程を知らぬ若輩者ゆえ。この無礼に対しては、我らが責任をもって処罰いたしますれば、決してかの者の言が我が国の意思とのような誤解を解いていただきたく。ひらにひらに。」

 「セスはこの国の安全の要。殿下のおわす南の大陸に比しても、ここ北の大陸は魔物の脅威が大きいことは殿下もご存じであろう。セスや南の大陸の国々についての無知を除くは、セスの代表たるこの儂の勤め。にもかかわらず、かような不始末は、どうか我が身一つで納めていただけまいか。のう、殿下、それにセスの同胞たちよ。」


 パリミウムさんとロッシーシさんが口々に謝罪をする。

 それに続くように、数名の、どっちかっていうと年配の人が、そのうしろらわらわらと続いて跪いたよ。きっと、偉い人たち、つまりは外交とかなんとか理解してる人たちが慌てて続いたみたい。

 それを見て、他の人たちも続こうと慌てて近づいてくる。


 って、なんか、僕がやらかしたみたいになってるじゃん。

 べつに誰かに謝らせたいわけじゃ・・・って謝らせなきゃならないのか?でも、こんな風に偉い人たちに跪かれたいなんて思ってなくて・・・


 僕は、どうしたらいいってアーチャ見上げる。


 『許すの?』

 そんな僕の視線を受けて、アーチャが念話を送ってきた。

 『許すも何も、こんなんで国が割れるとか、外交がダメとか、あり得ないでしょ。』

 『あり得ないわけないじゃない。なめられたら終わりなのは国も同じだよ?』

 『それは分かってるけど・・・って、冒険者?』

 僕はあえて『冒険者』って言葉を強調したアーチャに、不思議に思って、改めて顔を見た。アーチャってば、優しそうなからかっているようなそんな目で僕を見ている。

 ・・・そっか。そうだよね。僕は王子で、冒険者だ!


 「パリミウム様もロッシーシ様も、そして皆様も、顔を上げてください。謝罪はしっかりと受け取りました。つまりは、皆様方には僕を、そして我が国をさげすむ意図はなく、あくまでそこの人の暴走を止められなかった。罪と言えばそれだけだ、ということですね。」

 何事かって感じでみなさん、跪いたまま僕の顔を見上げたよ。

 って、跪いているのに僕よりでかい人がいるけど、見上げた、って事で良いよね。クッ・・・・


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