第264話 サルムという男

 サルム、と呼ばれた、エルフにしてはがたいのいい男が、ロッシーシさんに噛みついたよ。てか、蛮族って・・・


 そういや、以前セスって、強いから国防に必要だけど、政治にあんまり興味がなくって、脳筋扱いって聞いたことがあったっけ?本当は頭だっていい人がいっぱいだけど、政治のドロドロに興味がないから、まぁ、なんていうか、ちょっぴり浮いている存在みたい。

 セスの長老さんたちとお話ししたときに、本来は、みんながセスみたいだったんだけど、身近な脅威が去ったら権力争いを始めたから、距離を取ったんだって。そしたら、いいように扱われる存在になったんだ、なんて言って笑ってました。


 ほとんどのセスの人は、それでも、人の居場所を守り抜くっていう強い使命感みたいなのに突き動かされてるって感じかな。でも全員じゃなくて、やっぱり、見下されつつも怖がられる現状に憤っている人もいるし、もっと自由に生きたいって、セスの集落を飛び出す人もいる。逆に、セスに憧れてセスの元に身を寄せる人もいる。

 そんな現状を、ドクなんかは、どっちもどっちって、鼻で笑いつつ、気にかけてるみたいです。


 そんな状況だけど、セスの人たちはみんな優しいし、思いやりがあるし、自分の出来ることを生かして、みんなを守るんだって感じで、僕は大好きです。そんなセスの人たちに、名誉市民みたいな感じで、受け入れられている僕は、ちょっぴり自慢だったりします。



 けどね。


 実際問題、中央で政治をやっている人にとっては、セスは目の上のたんこぶでもあるんだろうね。口に出すか出さないかは別として、少なからず、強いからって好き勝手やっている面倒な部族、って思いがあるみたい。

 とはいえ、まさか態度に表すようなお馬鹿さんが、こんなパーティーに招待される偉い貴族、じゃないか、正確には評議員とかの上流階級の人?そんな人の中に紛れてるなんてびっくりなんだけどねぇ。


 僕は、蛮族と言われた憤りよりも、むしろこんなことをやらかすびっくり人間に遭遇した!みたいな気持ちで、驚きつつ、二人の対峙を見ていたんだ。



 「貴君は蛮族、などと暴言を吐くのか。我らがセスと、隣国の王子に対して。」

 ロッシーシさんは、冷静ながら冷たい目をサルムに向ける。

 「ああそうだ。貴様らセスは、おとなしく森の奥で獣を狩ってるが良い。それ以外に人々に貢献できることはないのだからな。それに隣国の王子だと?たかが魔力が多いだけのガキだろうが。確かに見目は良いが、それだけだ。そんなガキが恐れ多くも、我らがパリミウム家のご令嬢に誘われるだけでなく、その誘いを断ったのだぞ。いいか。部族はあっても国、などという無粋な垣根は存在しない。元老院に所属する誇り高き部族であるか、所属しない蛮族であるか、それだけだ。そんなことは子供でも知っていること。故に、元老院に所属しない部族など、国を名乗るだけの蛮族である。しかも南の大陸?卑劣な逃亡者の末であろう?蛮族という言葉すら、過ぎたものと思え。」


 アハハ。

 この考えは聞いたことがある。

 ていうか、この国にはそもそも『国』という概念はなくって、南の大陸と貿易を始めるようになってから出来た外来語なんだって。とはいえ、もう何百年何千年前の話だろうけど。

 で、一応南の大陸には、国というものがあって、それぞれ別個の政策っていうか、存在の仕方でもって統治されてるっていうのは、一応はお勉強する。けどね、国っていう概念がそもそも理解しづらいらしく、国とは部族のでっかいものって感じで理解されてるようです。

 だからね、サルムさんみたいな発想も出るんだろうけど・・・


 「稚拙。あまりに稚拙ですな。」

 ロッシーシさんがあきれたように言う。

 「稚拙、だと?」

 ガルル、っていううなり声が聞こえそうな表情のサラム。

 「この北の大陸では、国はただ一つ我らがナスカッテ国のみであって、その政治形態が元老院が中心となり大まかな国の舵取りを決めるというものじゃて。そう学ばなんだかな?そして南の国では様々な国が多数存在していることも。」

 「元老院に所属できん無能な部族が傷をなめ合っているのであろうが!」

 「やれやれ、それが間違いじゃて。外国の情勢、というのを貴君はどれだけ把握しておる?」

 「はん!そんなもん把握する必要はないわ!」


 あらら。

 知らないってことを、なんであんなに偉そうに言えるんだろう、って、僕はなんだか楽しくなっちゃった。


 ロッシーシさんは、ため息をつきながらあきれたように首を振る。


 ここは、パーティー会場。

 たくさんの偉い人たちが集まっているけど、どうだろう。ロッシーシさんに同調して頷く人がいる一方で、そこそこの人数、口には出さないけどサルムさんの意見に心の中で頷いてる人もそれなりにいるっぽい。ていうか、実はそっちの方が多いんだろうか?なんていうか、気持ち的にはサラムに同意だけど、実際は利権があるしなぁ・・・なんて考えてる人が一番多そう。うん。別に心を読むつもりはなくても、ひしひしとそんな感情が伝わってきます。



 で、この状況にオロオロする女の子が一人。うんライライさんです。

 そして、いつの間にかライライさんの近くにいて、その肩を抱いているエルフのおじいさん。うん。おじいさんだけどお父さんらしいパリミウムさんだね。


 「ハッハッハッ。全くもって不勉強だね、ドガメヌのご子息は。」

 「ぬぁ?!って、これはパリミウム卿。とんだ茶番を。」

 あらら、パリミウムさんが声をかけたら、怒鳴り声を慌てて引っ込めて、お辞儀しちゃった。

 ドガメヌって、名字なのかな?

 そういや、フルネームを名乗るのは割と稀で、基本当主以外はファーストネームで呼ぶみたいです。当主はどっちもありだけど、名字だけの人が多いみたい。それで、当主として話してるよ、って分かるんだって。

 ちなみに今みたいにドガメヌのご子息なんて言われたら、家を持ち出されて、事が大きくなる、もしくは、あんたはたかが子供じゃないか、って個人とすら思ってないよ、って意思表示になるんだよ、ってアーチャが耳打ちしてくれたよ。今回はどっちもだろう、だって。


 「君ねぇ。ライライのことを思ってくれるのなら、こんな恥ずかしい真似は出来ないと思うんだがねぇ。」

 パリミウムさんが言う。

 「なっ!いえ、私はライライ様を愚弄したこのガキを諫めようと・・・」

 「黙りゃっしゃい!!」


 ピクッて、多くの人が鳴るくらいの怒鳴り声だった。

 僕もびっくりして、ピクッとなっちゃったよ。

 でも驚きはそこからで、パリミウムさんは僕の前へとゆっくりと歩み寄り、主君に対するように僕の前で跪いて頭を垂れたんだ。

 当然その行為に会場は凍り付き、息を呑む者。ざわめく者・・・


 「パリミウムさん・・・?」

 僕もどうしたら良いか分からなくて、どもっちゃったよ。


 「アレクサンダー・ナッタジ・ミ・マジタシホ・タクテリア殿下。此度の非礼を伏して伏してお詫び申し上げます。」

 !

 「なっ。パリミウム卿。何をなさっているのです!貴方のようなご立派な方が、こんな!」

 「黙りゃっしゃい!もう良い。兵よ。この痴れ者を捕縛せよ!!」

 慌ててパリミウムさんを立たせようと近寄るサラムに、これまたびっくりする勢いの言葉で、器用に跪いたまま阻止した上、パリミウムさんはドアの外に向かって声をかけた。

 それに応じて、パラパラと外で警護してた人が入ってくる。

 あ、セスの人たちがほとんどだ。見知った顔も多いね。

 そう思ってると、ここはセスの評議員邸だからね、ってアーチャが教えてくれた。

 個人的に近衛みたいな役割の人を連れている人はいるけど、屋敷のドアのところで警備するのは、ホストの役割なんだって。


 兵の人たちに取り押さえられたサラム氏は、びっくりして口をパクパクしているよ。

 でもそんなの関係ないとばかりに、僕に再び頭を垂れるパリミウムさん。

 僕は慌てて立ってもらって、「僕は気にしてないですから。」となんとか伝えたんだ。

 まぁ、僕と目が合ったパリミウムさんってば、いたずら成功みたいな目をしてたから、きっと何らかのパフォーマンスだったのかな。それともセスのロッシーシさんや僕らに対する、貸しのつもりなのか、なぁんて、ちょっと勘ぐっちゃったのは、お勉強の成果・・・なのかなぁ。


 立たせたパリミウムさんは、そんな僕に微笑むと、ちょっと呆けちゃってるライライさんに目を向けた。

 「のうライライ。なぜこの者を儂が捕らえさせたか、そしてなぜ儂が殿下に謝罪を行ったのか、おまえに分かるかの?」

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