第256話 魚釣り
僕も釣りがしたい。
いや、別にそんな我が儘を口にしたわけじゃないよ。
分別分からない子供じゃない。春になれば11歳。普通の子だって独り立ちできる年齢です。あ、もちろん見習い扱いだけどね。
ちなみに魔力の通り道を通した後は、魔導具の利用ができるようになるから、家の外へ働きに出たり、修行に出たりするのが一般的です。それまでは、おうちの仕事の手伝い、かな?
前世と違って、子供だからって働かないわけじゃない。立っちができるようになれば、仕事が振られるのは世の常です。さすがに立っちも怪しいときから見習い冒険者をやってるようなのは僕ぐらいだと思うけど。
だいたいは、立っち出来るようになったら、下の子の面倒を見る仕事、ってのが多いかもね。自分もさらに大きな子に世話されながら、だけど。
いやいや、子供の仕事はいいんだ。
今の話。
僕は釣りがしたい、なんて一言も言ってないよ。
今は大事なお仕事の最中。
年齢はともかく、いろんな意味で一番の責任者だって自覚もあります。
船は船長がいるとはいえ、僕はオーナーの息子で立場的には船の行動を指示できるし。
捕虜を連れている団体としては、国王陛下の命令によって、彼らの移送をする責任者だし。
うん。
いろんな意味で一番責任者。
我が儘言える立場にないわけで・・・・
我が儘言えないのは分かってるけど、心の中で、僕も魚釣りしたかったなぁ、なんて思うぐらいは、仕方ないよね?
な、感じだったんだけど・・・
「坊ちゃん、あれは絶対捕ろうぜ。」
イシシシ、って笑いながら、僕に海のとある方を指さす、商会のお兄ちゃん。もともと船乗りでカッチェーさんの部下、モーギンさんです。
モーギンさんの指さす方向には、・・・何もない。
何もないんだけど、海の色が違います。黒っぽい感じ?って、あれは影?
「いやいやいや、さすがにアレは釣れないだろう。でかすぎるぞ。ダットン、なのか?」
後ろから、誰かが言ってるよ。
て、ダットン?
ダットンって言えば海洋の魔物ではかなりメジャーです。
どこにでもいる、なんていうか、イカとクラゲの中間みたいな奴。
皮が強くて、防水性があるので、服とか防具、鞄の素材によく使われるんだ。
僕らも、船を出したときには、よく釣ります。
けど、ダットンってせいぜいでっかい人間サイズじゃなかったっけ?たまに、ジンバも真っ青のサイズがあるのは聞いたことあるけど。
でも、あの影からすると、小さい商船サイズ、だよ?
「沖に行くほど、でかい個体があるらしい。どこまで法螺かわかんないが、でっかいダットンに会った、討伐した、なんてのは、船乗りが集まった酒場じゃテッパンの話題さ。」
「家サイズだ、から始まって、いや城サイズだ、なんて、法螺ふくやつも絶対いるもんなぁ。」
「実際、アレを仕留めても、なかなか持って帰れないから何とでも言えるさ。」
後ろで、いっぱい集まってきて、そんなこと言ってるよ。
「で、ちょっと聞きたいんだが、坊ちゃん。魚釣りはしたくないかな?てか。絶対したいって顔に書いてあったよなぁ。」
「別に、僕は・・・」
したいけど、分別有るからね。
「あれが釣れたら、ナッタジ商会としても絶対自慢できる。それにモーリス先生も欲しがってたよなぁ、できるだけでっかい奴の骨。」
モーギンさんが、なぁ、って感じで、現れたアーチャに声をかけたよ。
って、モーリス先生?
「フフフ、まぁ、言ってたねぇ。レンズがどうとか。」
そう言いながら、アーチャは僕に銛を手渡した。ちなみに彼の手にはでっかい弓と、紐のついた矢が握られていて・・・
でも、レンズ?
「小さいのを大きくしたり、遠くを見たり出来るらしいよ。カイザーとなんかいろいろやってた。」
へぇそうなんだ。知らなかった。
レンズってガラスとかプラスチックを磨いて作るんだよね。
ダットンは、成長すると伸縮する骨?ほら、前世でもたしかイカの中には舟形の骨みたいなのあったでしょ?あんなのができるんだ。まぁ、小さくてもあるのかもしれないけど、大きくなると、まさに前世のイカにあったあんなのが体内に見つかるんだよね。
そういや、以前討伐中にモーリス先生がダットンが泳ぐのをを見て、
「あの骨、まるで瞳のレンズみたいに収縮しますね。」
なんて、言ってたっけ?
あのときから考えてたんだろうか?
確かに透明だし、丁寧に磨けばレンズが作れるかもね。
なんて、僕は、なるほど、と頷いた。
「ま、理屈はいいよ。ダーは釣りがしたかったんでしょ?」
アーチャはニコニコしながら言った。
周りのみんなもニコニコして僕を見てるよ。
確かに、僕はみんなが釣りを楽しんでいるのをベッドで見てて僕もやりたい、って思ったけど。
でも我慢して、先に進もう、って言ってたのにそれがバレバレでした。
う・・。ちょっと、ううん、かなり恥ずかしい。
けど、それを超えて、なんか嬉しいなぁ。なんて・・・
「坊ちゃんがいてくれて助かったなぁ。あんなでっかいダットンに会った、なんて言っても誰も信じてくれないだろうし、坊ちゃんがいれば持って帰れますからね。」
イシシシ、と、笑うモーギンさん。
「でも、あれを釣るのは時間が・・・」
魔法でバァーンって一息で仕留められるかもしれない。
でも、皮を傷つけないように、骨を傷つけないように、って慎重に釣るなら、それじゃダメだ。必然、時間がかかるわけで・・・
「むしろ多少かかったところでかまわんぞ。アレクサンダー号がトゼに到着するより、こっちはかなり早く着くだろう。急いでいたのは冬の北の海が危険だからだ。ここまで来たら氷は問題ない。マウナさんたちの案内と、宵の明星の精鋭がいるんだ、むしろ陸より海の上の方が安全ってもんだ。囚人の護衛ってことでもな。」
そこへ、船長がやってきて、そんなことを言ってくれたよ。
船長も、僕が釣りをしたくてうずうずしていたのは知ってるんだろうね。
「それにな、あれだけの大物だ。釣れたらナッタジ商会としてもありがたい。商機逃がすな、と、おまえさんの親代わりに言われてるしなぁ。」
「親代わり?」
「ハハ、ゴーダンですよ。いや、アンナかな?あの夫婦はダーの親のつもりですからね。ミミも含めて、育ててるつもりなんでしょ。」
て、アーチャ。
ハハハ・・・
ママのことも子なら、僕にとっては祖父母・・・なんて言ったら、確実ゴーダンからげんこつが飛んできそうだ。
フフフ・・・
でもありがたいね。
僕の冒険者としてだけではなく、ナッタジの子としても、王子としても、しっかりと支えてくれるんだから。
「てことで、冒険者様、釣りの方は専門家に任せましたぜ。」
ニヤリ、と笑ってその場を去る船長。
なんか、格好良い・・・
僕は軽くその背中に頭を下げると、
「じゃあ、釣るぞ!」
影に向かって、両手を突き出し、まずは、土の銛を大量に叩き込んだ。
魔法を使ってる。それは討伐だ、だって?
釣りだからって竿を使うだけが正解じゃないと思うんだ。
うん。これが僕の釣りだけど、何か?
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