第254話 誘惑の果実

 僕らが船底から甲板に上がってきたら、なんだかもめてるみたいです。

 何かな?


 「良かった。坊ちゃん!あんたが決めてくれ!!」

 言ったのは船長のメンダンさん。

 「なにごと?」


 僕が行くと、うちの商会の人と、マウナさんたち魚の獣人さんたちがなんかまぁるいものを見て、ああだこうだと言ってます。


 「うわぁお。ひょっとして、トゲ石ですか?」

 それを見て、アーチャが顔を輝かせたよ。

 「それも足つきじゃん!!」


 僕が何々?って顔を向けるとアーチャが説明してくれました。


 「時折トゼでも売られる高級果実だよ。まったりとしてて甘くて、本当においしいんだ。ダーの作るプリンとかヨーグルトとか、そんな感じの食感で、濃厚なんだ。母さんが見つけると買ってくるんだけど、70年ちょっと生きてきて、食べたのはほんの数回。しかも足つきなんて噂でしか聞いたことがないよ。」

なんて興奮するアーチャ。

 ん。とってもおいしいレアな果物って分かったよ。

 それなら食べてみたいなぁ。


 「やっぱり坊ちゃんなら、これ、欲しいって言うよなぁ。」

 「うん。おいしいなら欲しいよね。」

 「アーチャが知ってるってんなら早いがな、どうやらナグさんが言うには、これは海の魔物らしくてな。こいつを見つけたから、ルートをちょい変更する、って話になったんだ。」

 「え?海の魔物?」


 ナグさん、っていうのは、僕らを案内してくれてる魚の獣人さんの一人。

 とっても物知りの、集落の何でも博士みたいな存在だって聞いたよ。


 「これはもともと北の方の海に住む魔物で、トゲの奴、とか言われてるおとなしい奴なんです。」

と、ナグさん。

 「さっき、そのエルフの旦那が言ってたみたいに、たまに冒険者経由でトゼには流れます。エルフのお人はうまいって言って食らうんですわ。だが、この外見だし、食べるとうまいんですが、その・・・腹下しって言いますか・・・汚い話ですんません。我々が食うと、かなりの確率で食あたりするんですわ。特にこの状態、旦那が足つき、我々は手って言ってますが、この触手が出てきた奴は身が濃厚になって、さらに当たりやすい。」

 「人呼んで、誘惑の果実。食うとうまいが当たるので食うな、と、言われる。が、当たっても良いから食いたい、そう恐れられる魔物です。」

 マウナさんが補足した。


 へぇ、って言って、僕はアーチャを見た。

 セスの集落で食べたときは誰もお腹を壊さなかったらしい。っていうことは、ひょっとして魔力が豊富なのかな?


 その後ちょっと話を聞くと、アーチャ言うところのトゲ石、これはおいしすぎていろんな魔物に狙われるから、硬い装甲にとげとげが覆う石みたいになった魔物だろうって。

 まぁ、この国ではあんまり魔物に固有種の名前をつけたりしない文化。だから、僕らが勝手に命名して仲間内で呼んだりしてる名前があるけど、こいつはまぁトゲ石でいいか。

 えっとね、前世知識で言うと、でっかいウニだね。直径30センチぐらいのウニ。で、殻を割って出てくる身も、似た感じっぽいのかな?

 で、アーチャが足、魚の獣人さんたちが手と呼ぶのは、僕には細めの蟹のはさみに見えたよ。

 ナグさん曰く、氷の島ができるような水温になっちゃうと、トゲ石は動きが鈍くなっちゃって、捕まりやすくなるんだって。暖かいときは、びっくりする速度で泳ぐ、ていうか、鉄球の弾丸顔負けでビュンって海中を飛ぶらしい。その勢いで移動線上にいる小さな獲物を突き刺して捕食する、とか言ってた。怖っ。


 ただ、水が冷たくなると動けなくなる。で、蟹のはさみみたいなトゲが出来て、そのはさみで氷の島の底にくっつくんだそうです。氷の島、まぁ、流氷のことだね。流氷の下には大きな魔物は少ないんだって。だからコバンザメよろしく氷にくっつくんだそう。

 しかもこの氷にくっついている間は、ジッとして飲み食いもしないらしい。

 多分、栄養をしっかり溜めて冬眠に備える形態が、このはさみ有りの状態なのかもね。



 「ま、そんなことで、こいつが見つかったってことは、氷の島が近くまで来てるってことらしい。って、聞いてるか、坊ちゃん。」

 メンダンがそんな風に言ってきたけど、普通こんな話聞いちゃったら、その魔物、捕獲したいよね。って、どんな味なんだろう。気になるぅ。


 「ハハハ・・・」

 笑いながら、アーチャがいつの間にかウニ、じゃない、トゲ石をパッカーンって割ったんだ。うん、得意の風魔法で一発です。

 中身は・・・ちょっとグロい?

 えっとね、ウニの中身ってイメージはオレンジでしょ?

 あのオレンジのところが、プリップリの牡蠣のお尻の部分みたいな色合いだと思ってください。きゃあ、でしょ?白と濃い緑と茶色がマーブルしてる感じ。

 まぁ、牡蠣と思えばおいしそう・・・なのか?


 でも、アーチャは躊躇せずにスプーンでひとすくい。

 「んまっ。」

 そう言って、僕にも「あーん。」

 パクッ。


 ・・・・

 おいしいっっっっ!!!!


 まさにウニ、だね。ウニを濃厚クリームチーズで溶いて、かに味噌をまぜたらこうなるかも?プラスちょっと甘め?


 僕がおいしいって身もだえていたら、魚の獣人さんたち、真っ青です。

 「精霊の愛し子様!危険です!」

 誘惑の果実って名前は伊達じゃないんだよ、って感じで、大慌て。


 でも大丈夫だよ。

 これ、やっぱり、魔力たっぷり含んでおいしいって感じる奴だ。

 僕やアーチャなら、おいしいで終わるね。


 「魔力に自信のある人は食べて良いと思うよ。リークなら大丈夫かな?」

 「俺は主の許可がないとなぁ。」

 「んー、ディルは厳しいかもね。」

 アーチャも同意見。

 「魔力抜き、できないかなぁ。」

 「だね。魔力抜きできれば食べられそうだけど。何か方法ないかなぁ。」


 僕とアーチャでそんなこと話してたら、魚の獣人さんが、あるよ、だって。魔力抜きだって知らなかったみたいだけど、安全に食べる方法はあるんだそうです。

 味は少々落ちるけど、天日干しか、火でゆっくりと殻ごとあぶると水分が飛んで粉状になるそうです。そうなるとねっとり、な感じはなくなるけど食べられるし、それをスープに入れたら激ウマだそう。

 それなら、と、料理係がアーチャからトゲ石を取り上げて台所に行っちゃった。まぁ、おいしいものはみんなで食べるに限る、けどね。



 で、しばし、後・・・


 僕ら、つまり僕とアーチャ、ナグさんにマウナさん、といった水の中でも移動できるメンツで、海の中も中。なんと、氷の島・・・の底が見える海中へとやってきたよ。

 目的?

 当然、誘惑の果実ことトゲ石の捕獲です。


 「うわぁ壮観っ。」


 僕は感動したよ。


 あのね。海の中って暗いんだ。

 今は真っ昼間だけど、氷の島の下なんて、ほぼほぼ暗黒だからね。

 よくよく見れば、プランクトンみたいな何かかな?小さく煌めく白いのがいるけど、人の目が届くようなもんじゃない。

 それにさすがに寒いんだよね。なんせ氷の下。

 だけどそこは僕の魔法でみんな温かにしてるけどね。

 暖かい空気の空間?まぁでっかい泡を作ってその中に4人で入ってます。


 暖かくするのはちょっとした火の魔法の力。実は風の魔法でも暖かいのは出来るんだけどね。空気を振動させて温度を上げるの。

 って言っても、この方法、アーチャもミランダも理解できなくて、だから僕のオリジナルになってるけどね。

 ただ、この空気の膜も風の魔法を使ってるから、あたためるだけなら火と併用の方が楽なんだ。風+風より、風+火の方が制御しやすいんです。


 でっかい泡をさらに囲うように出しているのは光の魔法。

 単に周りを照らしているだけだけど、海の中では、ほんとに幻想的。


 えっとね、上空(?)には氷で出来たキラキラ光る天井があり、天井からは無数の丸いトゲトゲがぶら下がっています。それがシャンデリアで出来た提灯みたい。うっすらと氷に包まれているトゲ石たちは、光に照らされて、乱反射。

 時折、小さい魚っぽいのやら、貝っぽいの、軟体動物っぽいのとか・・・・

 目の前を慌てて通り過ぎていく。

 そのいろんな生物も色とりどりで、僕らはしばらく見惚れちゃいました。



 とはいえ・・・・


 ハハハ。まだまだ色気より食い気。

 トゲ石ゲットするぞ。

 僕は暖かい球体はそのままに、自分にうっすらと空気の膜を張って飛び出したよ。

 

 「ウィンド・カッター」

 小さく、はさみの上の方を狙って魔法を放つ。

 シュッ、と音がして無事1匹のトゲ石のはさみの付け根を切り取れたよ。

 傷口も最小限。コントロールも、バッチリだ。僕もうまくなったもんだなぁ。


 「ダメです、愛し子様!」


 おや?

 満足顔の僕に、ナグさん。

 あーあ、って感じで何か言ってきたよ。

 で、僕の球から出て、網で僕が切り離したトゲ石を持って見せに来たんだ。


 ・・・


 あーあ。


 「分かりますか?こいつの手を傷つけると、こうやって手から中身が出ていきます。逆に水が中に入っていって、こうなったら、玉の中もまずくなるし、水に触れたところから腐ってきます。」

 「ごめんなさい。でも、だったらどうやって捕るの?」

 「この手の上を氷ごと切り取るんです。見ていてください。」

 言うと、ナグさんは流氷の一番端っこを持っていた槍の穂先で削るように割っていったよ。

 で、コロン。って氷ごと1匹のトゲ石は離れたけど、時間がかかりすぎるよぉ。

 それに、ナグさん、寒くて震えてるし。

 僕は慌てて、ナグさんに暖かい球体に戻ってもらい、作戦会議です。


 「ねぇ。がっつりと下を削っていい?だったら僕に考えがあるんだ。」

 「どうするの?」

 「光で溶かして切る。」

 「?」


 アーチャには理解されなかったけど、レーザーって、確か水の中でも大丈夫だったはず。てことで、保護者役を納得?させての、新魔法です。


 「ソーラーレイ。」


 光を収束して糸のように。

 記憶のあるように真っ赤な光線をイメージして。

 あ、できた。

 きれいに溶けていくよ。

 一直線に氷を指し示した赤い光は、きれいに氷の板をめくりだしたよ。当然トゲ石がたっぷりついた板です。


 僕はニコニコ、マジックバッグに放り込んで、さ、みんな帰ろう。

 って、何、ドン引きしてるのさ。失礼だよねぇ。

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