第237話 戦闘の跡地にて

 ホーリーと瘴気が合わさると、魔力の持たない物体が真っ白く残る。

 壊れやすくすぐに砂のようになるけど、瘴気がたどった道=タールみたいになっちゃったものがまき散らした瘴気が沈殿した土なんかには、多少の時間道しるべみたく、白い筋が残ったりする。


 今回は、まだ生きている人にそっとホーリーをかけただけだから、とっても小さな力で行った。だって、瘴気がその人に侵食していたら白くなって壊れちゃうから。

 とはいえ、瘴気が侵食するレベルで染みこむにはそれなりに時間が必要で、だから、逃げてきた彼は、そういう意味では大丈夫だったんだけどね。


 けど、ホーリーは瘴気をリード線のようにたどるから、いつもなら来た道を多少はたどれたんだ。


 でもね。今回はちょっと違った。

 だって、地面は雪化粧で白いんだもん。


 とはいっても、僕に伝えてくれた逃げてきた道と、必死で人間が逃げた跡ってのは、森の中にくっきり残ってる。

 僕らは、それをたどって、つまりは、折れた草木やら、つまずいてめくれた土や根っこ、なんてのをたどりながら、彼が通った道を逆走していったんだ。



 彼は、かなりの距離を逃げてきたみたい。

 そりゃまぁ、そうだろうね。

 だって、ジンバ対多数の人間の戦闘なんて近くでやってたらさすがに気づくもん。


 それでも、数時間かけて僕らは現場らしきところにたどり着いたんだ。



 そこは明らかに戦闘の跡だった。


 大木が引き裂かれて、そこここに倒れている。

 そして多数の食い散らかされた死体。人だけじゃなく、多くの魔物の死体もあった。放置された死体に魔物が群がり、その魔物にもっと強い魔物が集まり・・・なんていう弱肉強食がまさに行われたんだろうな、ってのがわかる様子で、しかもまだ少なくない魔物も残っていたから、まずはそんな魔物の駆逐を僕らは行ったんだ。



 「これ、なんかの魔法陣か?」


 魔物を排除してちょっとした休憩の後、みんなで散らばって周囲の調査をした。

 しばらくして、セグレが何か見つけたようだった。


 「転移の魔法陣だ。」


 そこは戦闘現場からはちょっと外れたところで、逃げてきた彼が視界にガーネオを捕らえた場所にほど近いところだった。

 魔法陣の周囲には、戦闘跡からは少し離れているからか魔物に食われていない遺体が7体もあった。


 「これ・・・」


 そのご遺体たち。ほとんど損壊がないけど、顔色は土気色っていうのかな?まるでミイラみたい。その格好から魔導師って思えるけど、彼らの胸には見覚えのあるペンダントが。

 うん。強引に魔力を引き出すペンダントだ。


 ザドヴァの研究所で子供たちが訓練していた物は、途中で中断できる訓練用の物だけど、これは使い捨て用。つまりは死ぬまで魔力を、ううん、死んでもあらゆる力を魔力に変換してまで魔力を搾り取る、そんな術式のやつだった。

 一度発動すると、最後まで魔力を吸い尽くす恐ろしい魔導具。僕は彼らの胸のペンダントを見て、ナハトの言葉を思い出す。


 『弱くて魔導師としては役に立たなくても、命を捧げれば少しは国に役に立つ。そのために雑魚魔導師から魔力を吸い取る物も作られ、使われているって話だ。』


 効率が悪いから、死の間際の魔力の輝きを吸い取るしかない。複数人必要だが、役に立たないとされた魔導師がたどる道だと、もともと幹部候補生でもあったナハトが教えてくれたペンダント魔導具

 3人の優秀な魔導師を犠牲にするなら10人の無能を犠牲にする方がベターだ、なんていうひどい考えを、当時のあの国の魔導師のトップたちは持っていたみたい。

 ナハトも僕らのところに来るまではそれに近い考え方だったみたいで、教育って怖いなぁ、と、しみじみ話したこともあったんだけど・・・・



 そんな魔導師たちとペンダント、そして魔法陣を見て、僕らは理解した。

 見た感じ、そんなに長距離用に作られた物じゃない転移の魔法陣で、一般的な魔導師、つまりはラックルボウさんレベル前後の魔導師の命を7名分も消費して起動させたんだろうって話。しかも片道で壊れても良いような簡易のもの。遺体が7名分だけど、ひょっとしたらもう少しいたかもしれないね、というのは魔法陣をチェックしたアーチャの意見。残っているご遺体がこれだけで、魔物に食べられちゃった人もいるかもしれないから。

 ちなみにこれらの分析はアーチャだけどね。

 僕はまだ、そこまで魔法陣を読み解くお勉強は進んでないです。はい。



 てなことを、アーチャ中心に話したりして。

 で、そんなに遠くない場所に、彼らは移転しているはず、ってのも、話したりして・・・


 で、そのときに気づいたんだよね。


 巨大ジンバはいない、ってことに。



 逃げてきた男の人の記憶では、集められた冒険者が、近接職を中心に特攻しつつ、タールの魔物の一部らしき黒い物体をジンバに投げつけていた。

 それがここなのは間違いない。

 だって、瘴気の名残がそこここに感じられるから。

 僕は、その瘴気が気になって、他の魔力を気にしていなかったんだけど、アーチャとラックルボウさんが言うんだ。なんだか、でっかい魔法が使われたみたいって。


 「ガーネオは魔導具を使わせれば有数の腕だ。何らかの魔法でジンバを捕獲または殺害したんじゃないかと思う。」


 ってのが、アーチャの意見。

 冒険者にある程度弱らせさせて、しかも瘴気を仕込み、自分の手に負えそうな頃合いで何らかの強い魔法でジンバをやっつけた、って考えたみたいだね。


 もしそうだとしたら、瘴気まみれの、ひょっとしたらタールの魔物になったジンバを、ガーネオが連れてったって事かもしれない。


 そんな話をしたら森の咆哮の顔が青くなったよ。


 「もともと黒い魔物ってのは強い魔物が化けるって聞いた。だが、噂のジンバはその中でも最悪の魔物だぞ。一体何を考えてるんだ?」

 「ガーネオの魔法陣は魔力がいっぱいいるから、魔導師の魔力を強引に使ってたって言ってたでしょ?その魔導師の確保も大変なんで、代替品とされたのが黒い魔物。でっかいジンバを黒い魔物にすれば、大量の魔力が手に入るって事なんだと思う。」


 僕の言葉に、みんなは苦い表情だ。


 僕だって、あり得ないって思う。

 今までみたいにタールの魔物をどこかから調達してきて、細切れにして使うのも大概危険だけど、ジンバのタール化なんて、その比じゃないもん。

 とうぜん、ガーネオたちだって危険と隣り合わせだろう。

 けど、それだけ彼らが追い詰められている、そう考えると、思い切った作戦に振り切っちゃった可能性は、決して低くないと、僕は思うんだ。

 

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