第236話 禁忌

 「彼は数多の禁忌、生け贄の禁忌に加え、領域外の禁忌に手をつけたんだ。」

 アーチャは言った。


 アーチャが言うには、南の大陸よりも長い歴史のあるこの北の大陸では、当然魔物に対すべく、幾多の工夫が凝らされてきたという。

 この話は、うちの大人たちにはしてたそうだけど、僕は初耳だったんだ。

 子供が禁忌に触れるのも禁忌なんだって。

 だけど、禁忌に対するには禁忌に踏み込むことも必要かな、なんて、苦笑いをするアーチャ。もともと、このことはタイミングを見て僕に伝えられることになってたんだそうです。


 で、その禁忌のなかでもでっかいもの。

 それが生け贄、と呼ばれる手法?なんだって。

 人の魔力を死ぬまで吸い尽くして魔法陣の動力にする。これは何もガーネオの専売特許じゃなかったらしい。それどころかガーネオが知ってるかどうかはわかんないけど、本当に死ぬ間際には、一番多くの魔力が出現するとかで、この禁忌は誰かの犠牲で大魔法を放つことになるからなんて呼ばれるのだそう。

 過去には、集められた人の魔力を強引に奪ったり、または自己犠牲っていうの?そういう形で自分から生け贄になる人もいたんだって。

 自分からだろうが強引だろうが、こんな犠牲の上に成り立つような大魔法なんて絶対ダメ。当然そういう意識も生まれ、禁忌、とされるようになったらしい。


 ラックルボウさんだけではなくて、この大陸出身のみんなも一応伝説の禁忌魔法として命を賭して完成させる魔法があったという伝説は知ってたよ。


 ラックルボウさんはさらに、

 「大魔法って言ったって、役に立つレベルのなら何人の犠牲がいるかわかんないわよね?たとえばその転移の魔法に私程度の魔導師何人分いるの?」

って不機嫌そうに言うぐらいには知識があるみたい。


 僕とアーチャは顔を見合わせた。

 だってね、ラックルボウさんが何人いても無駄、だと思うんだ。


 ラックルボウさんは魔導師で、だけど、僕の感覚じゃ決して強い魔導師ってわけじゃない。遠慮なく言わせてもらえれば、うちのパーティでは純粋に剣士枠で考えられてるラッセイと魔法勝負してどっちが勝つかわかんないって程度。

 世の中には魔導師って言ってもこのレベルの人が大半を占めるみたいなんだ。


 で、転移の魔法。


 僕は何度か起動すするところに出会ったし、なんだったら転移させられたこともある。

 でね。

 そこで使われていた人は、特殊な教育を受けた人みたいで、そこではそれこそ禁忌的な手法=才能のある子を小さい時から魔導具を使って魔力を増幅・強化する実験が行われていたんだ。そういう施設からドーピング気味に魔力強化された、でも使い捨て扱いの人たち。そんな人たちが3~5人ぐらいで転移させるみたいなんだ。少なくとも、僕が転移させられたときにはそうだった。


 魔導具に魔力を溜めるのはとっても効率が悪い。

 逃げる魔力も多くって、正直ラックルボウさんだと魔力を注ぐだけの余力がないと思うんだ。複雑な魔法陣はまずは魔力を注ぐ段で、魔力が散る率が高いらしいから。


 「私程度じゃ無理、って感じかな?」

 僕らの表情を見て、ラックルボウさんは苦笑しながら言った。

 「ああ、そんな申し訳なさそうな顔しなくて大丈夫。私だってあんたたちの魔法を見せられたら、格の違いに落ち込みすらしないわよ。そうじゃなくて、つまりは、その転移の魔法を使うには、高レベルの魔導師の命を複数犠牲にしなきゃダメってことよね、って確認よ。」

 「・・・まぁそうだね。あれを起動するとして、僕とダー二人だと、なんとか二人して生きてられるかなぁ、って感じかもね。」

 ヒュー!

 って、誰かが口笛を吹いたよ。

 まぁ、確かにアーチャと僕二人で頑張れば、ギリ死なないかもね。


 「それって無駄すぎるぜ。」

 セグレが言う。

 「うん。でも、そういう使い捨てが平気でできるのが彼らなんだ。その動力源確保のためにも世界中から髪色の濃い子供をさらったりしてたし。」

 「はぁ?そんなのおまえ、真っ先に狙われんじゃね?」

 「うん。指名手配までして狙われたんだよね。」

 「・・・マジ?」

 「まぁ、マジです。」

 「・・・大丈夫だったのかよ?」

 「大丈夫だったから、今ここにいます。アハッ。」


 あきれたような、ぎょっとするような顔をされたけど、もうずいぶん昔の話だしね。

 そういや、髪が目立つんなら切っちゃえ、って坊主にしたら、すっごく叱られたっけ?

 この世界じゃ髪をとっても大事にする。犯罪者や病気以外で、坊主にするなんてないみたいで、初めて会った人にもかわいそうな目で見られたなぁ、なんてのは、今では良い思い出です。



 「なるほど。とんでもない奴がいる、というのは分かった。しかし今回の件とはどう関わる?」

 「やつは転移だけじゃなくて、その技術を使った強い魔法を開発することにしか興味がない。もともと国の施設で研究できてたけど、クーデターが起きて施設ごと潰されたし、関わった者も捕らえられたって聞く。が、やつはどうやったか、その網を逃れ、国を脱出した。そうなると魔導師の命から魔力を捻出するなんてのは無理だ。どうやら次の方法として黒い魔物の魔力に目をつけた。」

 「!嘘だろ?」

 アーチャの説明に、森の咆哮は信じられない、というような声を上げた。

 だって、北の大陸の人々にとって、黒い魔物、僕の言うタールの魔物ってのは、最大級の恐怖なんだから。


 「彼がどういう経緯で黒い魔物に目をつけたか、協力者と出会ったか、それは今は分からない。けど、その協力者としてレッデゼッサ商会が加わり、そのレッデゼッサが黒い魔物を使って、商品を作り出している。そして、それによって人的被害も出ているんだ。僕らは彼らを止め、捕らえるためにこの国に来た。」

 「領域外の禁忌。魔物の大地に生まれる物を利用するべからず。そういうことなのね?」

 「ああ。樹海やそれに準ずる魔物優位な大地は魔素に満ちていて、エネルギーとしては有用かもしれない。だが、それは絶大にして人知の及ばない力。決してそれを使おうなどと考えるな。それが領域外の禁忌だ。」


 アーチャの説明は僕に向けられてたみたい。

 僕は、小さく頷いた。

 確かにタールの魔物だけじゃなくて、それを産み出すタールの大地は、僕には瘴気まみれって感じちゃうけど、一般には、普通に強力な魔力の発生源って思われてる。

 魔力が凝って、タールの大地が湧き、それに触れた魔物がタール状になっていくと黒い魔物って言われる物に変わる。分かってるのはその程度。

 だけど、触れるだけでも危険なその魔物は、絶大な魔力を有している。魔力が多いなら利用したい、って人は今も昔もいたんだろうね。



 「ジンバへの攻撃指示と、そのガーネオとかいう魔導師の存在。いずれにせよ、ぶつかる必要があるのか。何にせよ、ジンバ討伐が俺たちの仕事だしな。」

 しばらく目をつむって考えてたハンスさんが、そんな風に言う。

 「だが正直俺らのレベルじゃ足手まといか。」

 そう苦笑するハンスさん。


 でも、

 「いや、僕たち二人じゃ荷が重い。ジンバは我々宵の明星が引き受ける。が、他まで余裕はないだろう。」

 アーチャが言うのが正しいと思うんだ。だから僕もアーチャの横で頷いたよ。


 「なるほどね。俺たちにも受け持ちをくれる、と。ありがたいぜ。だったら人間どもは任せな。ガーネオだかレッデゼッサだか知らんが、我々森の咆哮が一人残らず捕らえてやる。」


 ガハハハ、と笑うハンスさんたちの姿は、とっても頼もしく見えたんだ。 

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