第234話 男のたどった道

 男が懐から取り出したのは、元は手のひらから少しはみ出すぐらいの円筒状のものだったようで・・・

 だけど、虫の息になった男の人の握力でさえ、ポロポロとこぼれ落ち、砕けたその瞬間には、サァーーと、粉になって空中に散っていった。


 「なんだ?」

 それを見てハンスさんがつぶやくけど、僕たちは知っている。

 あれは、ホーリーと瘴気がぶつかってできる魔力ゼロになった物体のなれの果てだ。



 「うっうっうっ・・・」


 男の人が何か言おうとする。けど、声にならず、懐から手を出したのが限界だったみたいで、差し出した手も、重力に引かれてぼとり、と力なく垂れた。


 「何か言いたいのか?」

 ハンスさんが言う。

 ちゃんと動かないようだけど、一生懸命首を縦に振ったみたい。

 アーチャが地面に垂れた手を優しく包み、言った。


 「僕の声が聞こえるかい?もし、何か伝えたいなら、それを思い浮かべてみて。それだけでこちらには分かる子がいるからね。」

 小さく頷いた男を見て、アーチャが僕を目で誘った。

 僕は小さく頷いて、男の人の側により、アーチャから受け取った彼の手をしっかりと抱き留める。


 それは、しっかりと鍛錬した、ゴツゴツした手だった。

 触れあった手から、ちょっとだけ魔力を送ると、一瞬ビクッとしてこちらを驚いたように見る。

 僕はできるだけ優しい笑顔を彼に向けて、

 「伝えたいことを思い浮かべるだけでいいからね。」

って、言う。



 いろんな魔法を使う僕だけど、一番最初にできるようになったのは、たぶん、前世で言うところのテレパシー的な奴だ。

 生まれてすぐ、まだ赤ちゃんで、でもママにいろんな事を必死で伝えたくて、自力でたどり着いた魔法。

 普通は早くても7歳ぐらいじゃないと魔力の通り道を通さないし、自分でやるようなことじゃない。だけど、僕はうっすらと魔力を通すことができたみたい。

 もともと魔法ってのは、思ったことを魔力に乗せて外に出し実現するってのが、その本質なんだと思う。

 赤ちゃんの僕は強く強くママに伝えたいと思った。

 その一心が僕の声をテレパシーとしてママに届ける、って形で現れたんだ。

 そんなこともあって、ゴーダンがやむを得ず魔力の通り道を通しちゃう前に、うっすらと道はできていて、だからこそ、ゴーダンの無茶も成功したんだろう、ってドクは言ってるけどね。


 そんなわけで僕は正式に魔力の通り道が通る前からテレパシー的な力は使えた。今でもそれが一番得意で、得意すぎて意識的に閉じておかなけりゃ、人の考えが流れ込んじゃう。普段は意識して流れ込まないようにしているけど、相手が強い感情をたたきつけたときなんかは、それをすり抜けて、届くこともあって、あんまりうれしくない力ではあるんだ。


 でも、こんなとき、お話ししたいけどできない状態の時は、役に立つ。

 離れていてもできるけど、こうやってくっつくと知らない人でも心の中を覗くこともできるんだ。



 僕がちょっとだけ魔力を渡して、ほんの少し持ち直した彼は、僕に驚きと、ありがとう、って気持ちを抱いたみたいです。

 僕には彼を完全に治すのは無理だ。

 ううん。今は強引な延命作業みたいなもんで、安らかな眠りを届ける方がずっと親切なのかもしれない。僕は痛みと苦しみを長引かせてるだけなんだから・・・


 そんな僕の気持ちを分かったのか、彼は僕にそれは違う、と優しく感謝の気持ちを伝えてきた。こうやって、くっついてテレパシーを使うと、心を同化するようなもんだから、こっちの気持ちもちょっとだけ向こうに流れちゃうことがあって、僕も恥ずかしいんだけどね。


 優しい感情とともに、僕への気遣いと、あとは大きな後悔の気持ちが彼を包んだ。金に目がくらんで大切な仲間を失った、そんな後悔の念が僕を包み込む。

 と、同時に、彼の最後の戦いの様子が伝えられた。



 多分トゼの冒険者ギルドだろう。

 とんでもない金額で、ここクッデでの警護の仕事が斡旋された。

 うさんくささは感じられたものの、危険で命の保証はないことからのこの金額である、という旨の注意書きもあったため、金に釣られて受けたようだった。

 彼と同様なソロ冒険者やパーティが複数、馬車に揺られてクッデへと向かう。

 クッデに行くのは海路、というのは常識だけど、金銭的なことを考えると、馬車旅も少なくはないんだって。しかも、雇い主は商人で、その道中の警護も含まれており、行商をしながらの北上だった。


 そんな中最終目的地クッデにつく。

 が、クッデでとどまらず、そのまま馬車は森の中へ。

 目隠しをされて、馬車ごと、気がつくと、一軒の小屋の前にいたみたい。

 たぶんどこかに転移の魔法陣があるんだろう。

 僕が、冒険者は減ってなかったか、って問いかけたら、魔導師が何人か減っていた、らしい。その理由を考えると・・・胸くそ悪い話だ。


 小屋の中には、見知らぬ魔導師がいて場を仕切っていたらしい。

 彼の記憶を見ると、間違いない、ガーネオだ。


 男は、雇い主の言うがまま、仲間たちと魔物を狩って過ごした。

 まだ暑い季節だったみたいで、そう考えると半年ぐらいそんな生活をしていたみたいだね。


 狩った魔物はどうなったのか知らない。

 ガーネオが何やら実験をしていたみたいで、冒険者たちはその場には立ち会うことはなく、また、指示をするのは別の人間なので、ガーネオと直接会話をしたことはない。


 が、昨夜のことだった。

 残った冒険者が集められ、全員でとある大物と対峙せよ、と言われたのだ。

 そして、一人一つずつ、革袋を渡される。

 倒す必要はない。その革袋を獲物に投げつけろ。もし食わせることができたならさらに報酬を渡す。

 そうして連れられ対峙したのが、巨大ジンバだったんだ。



 ジンバは強かった。

 対する冒険者は20名はいたみたい。

 けど、魔法も弓も効かず、腕の一振りですら数名が吹き飛ばされる。

 そもそも、依頼が奴に革袋の中身をぶちまけること。

 無駄に接近しなきゃならないから、特に遠距離攻撃特化の者には無理な話。


 不思議なことに、そんなあたりまえのことが、そのときの彼ら冒険者たちには分からなかったみたい。この人もそうだけど、とにかく革袋をぶつけなきゃ、って気持ちだけが先行して、冒険者たちは命と引き換えにその任務を成し遂げていく。

 この男の人も同じで、だけど、パーティメンバーの弓士、この仕事が終われば引退して結婚する予定だった彼女が、特攻して弾き飛ばされたのを見て、ガーンて頭を殴られたみたいに目が覚めた、らしい。うん目が覚めた。どうやら変な暗示?魔法?にかかってたみたい。


 で、目が覚めた彼は周りを見回して、絶句した。

 死屍累々の冒険者たち。大切な彼女も、どう見ても息をしていない・・・

 なのに・・・


 弾き飛ばされ、片手片足、いや、もっといろんなところを失っても、なお、革袋をぶちまけようと狂ったように特攻する彼ら。


 ジンバの様子も最初からおかしくて。

 とにかく暴れに暴れて、周りを見ている様子もない巨大ジンバ。


 攻める方も攻められる方も、とにかく狂ってる。

 彼にはそれが途方もなく恐ろしく、そんなとき、チラリと遠目に見えた、ガーネオらしき人物。彼が食い入るようにそんな地獄絵図を見ていたのが、さらに恐ろしく・・・・


 彼は、うわぁ・・・・、と、叫びつつ、転びつつ、その場を逃げ出したのだった。

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