第233話 瘴気まみれの男

 「う゛ぁ゛ー゛ー゛ー゛ー゛・・・」


 ガサガサガサガサ・・・


 ズシン


 声にならないうめき声とともに、人の形をした瘴気の塊が転げ出てきた。


 「おい、大丈夫か?」

 口々に、森の咆哮のみんながそこに群がり掛ける様子に、僕き思わず、

 「近寄らないで!!!」

って、叫んだよ。

 森の咆哮は僕の声を受けて、つんのめるように立ち止まる。

 いぶかしげな目で僕を見るけれど・・・


 「ダー。ヒトだ。男。少しエルフの混ざった人間。僕の目には、ラッセイぐらいの年の冒険者に見える。」

 口早にアーチャが言う。


 僕の目には、ヒト型の瘴気の塊に見えるは、多分、みんなの目にはアーチャの言うように見えているんだと思う。

 僕は、瘴気が黒い魔力として見える影響か、ある程度濃い魔力をまとっちゃったら、中身が見えなくなるときがあるんだ。

 これは黒い魔力=瘴気に限定って訳じゃないけど、黒くない魔力は、よっぽどじゃない限り纏っている中身が見えなくなることはないんだけど・・・

 あ、ちなみに中身って、ヒトだったり魔物だったりする。

 とはいえ、他の魔力なんて、ママが瀕死のけが人を治療するときとか、ドクが渾身の魔法を放つときとか、そのレベルでうっすら見えにくいな、程度なんだけどね。


 けど、瘴気の場合は中身がタール状になってなくても、なんて言うのかな、蚊とか細蠅がその中身全体を覆っている、みたいな感じに見えるときがあるんだ。

 とはいっても、経験値は低いです。だって、そうそう遭遇するもんじゃないし、タール状になっちゃったら、むしろ魔力が一体化してる感じで、空気中に散ったように見えるのがなくなっちゃうから。

 これを発見したのは、セスの人たちと樹海で黒い魔力だまりを発見した時なんだけど、たまたまそこに魔物がはまってたんだ。まだ魔物は黒いタール状になる前で、魔力だまりから黒い魔力がこの魔物を覆い始めていた。そのときに僕だけが魔力に覆われた向こうが見えないって分かったんだ。

 僕だけ、瘴気まみれに見えてて、黒い魔力が見えない人たちは、普通に中身が見えてたんだって。このことは、ちゃんと仲間にはして、情報共有してます。

 だから、このアーチャのこの発言が出たんだよね。



 ラッセイぐらいってことは、20代後半の男の人?

 こんなところで一人でいるの?

 冒険者としても、森の奥過ぎる、って感じみたい。

 現地の人としては、どんだけ強いんだ、なんて感想を持つ領域らしいし。

 とはいえ、グレンから送られてきた、この人の映像?グレンの視界から見たのを念話で送ってくれたんだけど、この人、そんなに強そうには見えないんだよね。

 冒険者としての服装が、あまり丈夫な物じゃない、っていうか、はっきり言って、やっと初心者は卒業したレベルの装備なんだもん。



 「ダー、瘴気を剥ぎ取れるかい?」

 改めて、森の咆哮を少し下がらせてからアーチャは言ったよ。

 「うん。」

 僕は頷いて、軽く手をその男の人に向ける。


 「ホーリー。」


 ホーリーの威力は最小限に。

 ついつい、左手で胸のペンダントを探って、ないことに、一瞬びびっちゃった、ってのは内緒だよ。

 意味はないのに、小さく魔法を使うときは、ドクが作ってくれた、魔力を抑えるペンダントを握っちゃってたことに、今改めて気づいちゃった。


 とはいえ・・・・


 柔らかい光は、僕の手のひらからゆっくりと広がって、瘴気を包み込む。

 白い光が反応するのは、瘴気のみ。

 人型をすっぽりと覆うと、より強く反応したのは、彼の胸元みたいで・・・・


 その胸元へと、ゆっくりとホーリーの光は収束するように集まって、一瞬強く光ったと思ったら、パラパラと空気に散らばった。



 「・・・成功?」


 一呼吸置いて、アーチャが言う。


 「うん。なんか胸元に集まったみたいだけど・・・」

 「だね。それにしても良かった、って言うべきか、白くなってないみたいだ。まだ進行してなかったみたいだね。」


 そうなんだ。

 ホーリーは黒い魔力を消しちゃう。っていうか、黒い魔力と相殺して、魔力のない状態にしちゃうみたいなんだ。

 この世のありとあらゆる物は魔力を帯びてるってのに、不思議なことに、全く魔力を持たないものに変換しちゃう。とはいえ、大地とかそういうのだと、徐々に周囲の魔力を吸って元に戻っていくことは分かっているんだけどね。この元に戻ろうとする力は周囲の魔力によるんだとは思うけど、広範囲に魔力のない土地を創っちゃったら、この元に戻る期間はうんと長くなりそうなんだ。

 はい。

 実例、あります・・・・



 この黒い魔力ってのは、人でも魔物でも、土でも鉱物でも、浸食して、物体に同化するって性質があるみたい。わかりやすいのが、タール状になった大地と、タールの魔物だね。

 で、同化しちゃったら、黒い魔力とともにホーリーで魔力のない物体、になっちゃうんだ。

 そうなると、もう物体は灰みたいになっちゃう。

 風で吹かれると飛んで消えちゃうんだ。


 けど、この男の人はそこまで同化してなかったみたい。っていうより、瘴気を消して分かったけど、まだ、瘴気に纏われただけみたい。

 だから、ホーリーの影響はなかったようで、ただ瘴気が消えた、ってだけみたいです。あー良かった。


 でも、なんで胸元に光が集まったんだろう。

 僕は、そう疑問に思いながら、彼の元へと歩く。

 瘴気が消えた、といっても、青息吐息って言うか、一応息はしてる、って感じで、全身傷だらけ。血もずいぶん流してそうだ。

 で、さっきまでかすれ声でうなっていたけど、ホーリーのせいか、ここまで来て倒れたせいか、うなり声は消えて、気を失っていた。



 僕が、フラフラと彼に近づくのに合わせ、アーチャも彼に寄る。

 僕が光の集まった胸元に注視する中、手早く脈を測ってる。

 僕が「どう?」って目を向けると、小さく首を振る。

 今にも息を引き取りそう、って見立てなんだろう。


 魔力もずいぶん小さくなってる。

 この人が強い魔導師なら、魔力を与えるけど、どう見ても装備は剣士系だよね。

 魔力なしで、とりあえずは、

 「ヒール。」

 小さく、僕は唱えたよ。


 ヒールだけだと、傷は治るけど、血は戻らないし、体力も魔力も戻らない。

 モーリス先生に聞いたんだけど、治癒の魔法を使う人はすごく少なくて、しかも、その大半は、治癒される人の自然治癒力を高めるだけのものなんだって。だから、本人の体力とか魔力を食うんだそう。


 けど、ママの魔法はママの魔力で治癒しちゃう。すっごく特殊な魔法なんだそう。なんていうか、ママの願いを魔力で実現させてる、て言ってたかな?よくわかんないけど、普通の治癒魔法とは別物なんだそう。

 で、それを参考にしたような僕のヒールはさらに特殊だそうで、なんたって、前世の記憶持ち。参考は各種ゲームとかだし・・・

 なんかね、ママの「痛いの痛いの飛んで行け」でOKなのを見て、ヒールも当然ゲームレベルで使えると信じ切れているから可能な技だ、って笑われたことが・・・


 ということで・・・


 何が言いたいかって言うと、僕のヒールは少なくとも本人の魔力も体力も使わない。だから、寝て戻れるだけの体力とかがあれば、なんとかなる・・・・かもしれないってことなんだ。


 とはいえ、荒い息をしてます。

 さっきは消え入りそうな息だったからまだ荒い息の方が良い、のかな?


 ちょっと見ていたら、ケホッて大きな息と血を吐いたその人が、むせたように咳き込んだ。


 バタバタバタバタ・・・


 その様子を受けて、少し離れたところで様子をうかがっていた森の咆哮が駆けつけてきたよ。


 「生きてる、のか?」

 と、ハンスさん。

 アーチャが首の後ろに片膝を差し込んで、少し頭を上げてあげたのを見て、聞いたみたい。うん。血が喉に入らないように頭を高くしたんだと思う。


 「ギリギリ、かな?」


 「ううううう・・・」


 男の人は小さくうなりながらハッと気がついたよう。

 がばっと起き上がろうとして、そのまま崩れた。


 「動くな。」

 鋭くハンスさんが言う。

 「おまえは誰だ。なんでこんなところにいる。それに誰に、いや、やられた?」

 ゼイゼイ息をする彼の頭をアーチャの膝から取り上げるようにして、ハンスさんは上体を抱くと、そんな風に問いかけた。そして、耳をそのまま彼の口へと持って行く。

 「はぁはぁ。あれはダメだ。人が触っていいもんじゃねぇ。ゼイゼイ・・・あいつらは・・・狂ってる。」

 絞り出すように男は言い、懐に震える手を入れた。

 あの光が収束したあたり。

 そこから、何かを握りこんで、こちらに見せようとプルプルと持ち上げようとする。

 が・・・


 パラパラ、サァー・・・


 白い何かがその手からこぼれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る