第229話 トカゲの尻尾切り
「売るのか?」
しばしの沈黙の後、アーチャが静かに言った。
「はて?」
「あんたはレッデゼッサを売るのかと聞いている。」
「いやいやそんなことは。・・・これは、我々の誠意、と受け取ってもらえるとうれしいですなぁ。」
「誠意?」
「はい。レッデゼッサ商会は我々と同じようにあの黒い魔物の使用法を確立したようでしてね。とはいえ不安定で危険な運用方法でしてな。その安全な運用を知るために、先達たる我が商会に接触したんですわ。」
向こうから接触したように言ってるけど、僕らが持っている情報とは少々違うね。レッデゼッサに雇われていた人を捕まえたときに、実験中のガーネオたちと遭遇してきたって話してたって。この人たちは、逮捕されて尋問されたことで答えてるし、そもそもそんな嘘をつく必要がないから、会頭さんの方が嘘を言ってるんだろうね。
そんなことを思っている中、会頭さんの話は続く。
「まぁ、新しい技術の開発はこちらも気になりますし、少々お付き合いを始めたんですが、何せ、危険が過ぎましてなぁ。協力関係の打ち切りを決定した次第ですわ。そんなわけで、共同の研究関連の資料は我々には不要でしてな。どうやら王子殿下はお国より使命を帯びている、と小耳に挟んだもので。それはお近づきの印、ということですわな。ハハハ。どうかお納めください。」
「そんなの・・・」
そんなのもらえるわけがない。裏が恐ろしすぎる。そう思って僕は断ろうと口を開いたんだけど、アーチャが被せるように言ったんだ。
「ありがたく、お預かりいたします。」
「えっ?」
「これはこれは。確かウィンミンさんのご子息でしたかな?」
「ええ。アーチャと言います。」
「そうでしたな。いやあウィンミンさんとは何度か逢ったことがあるんですよ。いつまでも美しいお人だ。」
「ありがとうございます。」
「その資料はよしなにお使いください。何、裏はございません。ただ、アレク殿下のお役に立つことは、セスに覚えが良くなるのでございましょう?そういう下心だと思っていただければ。」
「では、レッデゼッサを犯罪者としてタクテリアに連れ戻り、お取り潰しになってもかまわないのですね。」
「当然です。いやあ、そんな犯罪まがいのことをしてるなんて恐ろしいですなぁ。それならなおのこと協力せねばなりませんなぁ。追加でこれなどは?」
もう1枚紙を出す。
「地図・・・と、見取り図?いや、設計図か、建築の。」
「ご名答。それはこのクッデで、レッデゼッサの方々に依頼されて作った小屋の設計図ですわ。あとはその場所の地図になっとります。お役に立てれば良いんですがね。」
「ありがたく・・・」
その後は、ご機嫌な会頭さんと、お茶をしておしゃべりしたよ。
と言っても、主にアーチャと会頭さんだけどね。
だって、どう考えてもトカゲの尻尾切り。
レッデゼッサが捨てられた、売られた、ってことだよね。
でも、世のため人のためを前面に押し出す会頭さん。
僕じゃなんも言えないよ。グスン。
あ、けどこれだけは・・・・
海に物を捨てないで!
黒い魔物の産業廃棄物を海に捨てると、海の生き物や人も困っちゃうんだよ!
僕らに敵対しない、そんな言葉とともに、海に廃棄物を捨てない、ってことも約束してもらったんだ。僕らについてきたマウナさんがこれで納得してくれるかは、怪しいんだけど。てか、僕だったらそんなの信用できないな、そう思いながら帰ったんだ。
ちなみにそのマウナさんだけど、もともと魚系とはいえ、この地に接する海に住んでいたこともあって、緩くナスカッテ国の所属ではあるんだって。
少人数ながら評議会にも人を送っている種族って扱い。
で、海では圧倒的アドバンテージがあるから、冒険者として外の世界、つまりはナスカッテ国の地上に住む種族と接している事も少なくないんだ。そもそも交通の中心は海だしね。
てことで、僕らに協力するけど、宿代を僕らが出すことは許せないってことで、自分で宿をとってます。てか、僕らがわちゃわちゃギルドでやってる間に、たくさんのお友達を作ったみたいで、さすがに人の世界に入り込んで偵察任務をやるような人だな、って感じ。
で、僕らとは別口で宿をとって、情報収集なんかをしているとのこと。
聞いていた彼女の宿泊場所に、ミゲル商会会頭と別れた後、屋台でいろいろ買い食いしつつ向かいました。
ま、当然というか、彼女は不在だったので、お宿に伝言をお願いして、僕らを訪ねてもらうようにしたんだけどね。
「ダーは納得できないかもしれないけど、ミゲル商会はレッデゼッサに協力しただけで、悪いことはしていないんだ。」
宿へ戻って、ちょっぴり不機嫌な僕にアーチャは説明したよ。
レッデゼッサはガーネオの人体実験を含んだ研究にがっつり関与してる。人を用意したり魔物を用意したり、ね。
タクテリアで、黒い魔物を用いた素材を使って商売し、被害をもたらしたのも彼らだ。
だけど、ミゲル商会は黒い魔物の扱いについて情報を与えたり、また、手持ちの黒い魔物の素材を売ったりした、まぁ、一応認められた商売の範囲でしか関与していない。少なくとも、表面上はね。
ナスカッテ国の人間であるミゲル商会の人は黒い魔物の脅威もよーく知っている。
資料によると、ガーネオがやろうとしたのは人工的に黒い魔物を創るってことのようで、それによって強化素材たる黒い魔物の素材を確保しようとしたのがレッデゼッサだ。
ガイガムとしては、どうやら黒い魔物からとれる大量の魔力で、転移だったり大規模魔法だったりを、魔導具で行えるように研究したい、ってことのようだけどね。しかも最終、そんな魔導具を使った魔法で自分をおとしめた人たちを見返してやろう、てか復習してやろう?そんな思いが散見される資料だったよ。
復讐相手には、もしかしなくても、僕や仲間は含まれてるよね。はぁ~。
ま、そういう感じで、ミゲル商会は、犯罪に手を染めているとは言いがたい、そうアーチャは言うんだ。
それに、ミゲル商会はこの国では、1,2を争う商会で、そこがダメになっちゃうと、困る人も多い。冒険者だって、一般の人だって、たくさん恩恵を受けているんだって。まぁ、ちょっとした高級品店っぽいから、富裕層には特にね。
そんなこともあって、こんなレベルでミゲル商会を追求しても、みんなミゲル商会の味方しちゃう、ってアーチャは言うんだ。
それだったら、僕らの目的であるレッデゼッサやガーネオの捕獲を優先すべきで、今はそれにミゲル商会が協力を申し出てるんだから、こっちもそれを利用するのが正解なんだって。
はぁ。大人って・・・・
てことで、アーチャは仲良しをしていたんだそうです。
それにね、僕が一番怒っているのは、黒い魔物の廃棄物を海に捨てて、魚系の獣人さんたちを困らせたこと。
けど、この世界、まだまだ公害の概念がなくて、人里離れたところに危険物を廃棄するのは普通の発想なんだって。
たまたま獣人の住処を侵した、ってのは、許すべきじゃないけど、そこに人が住んでるって知らなければむしろ、仕方ないって感じなんだそう。
だから、知らないで捨てて迷惑掛けたのを謝罪し、補填もする、なんて言われたら、むしろ感謝しなきゃならないのが常識なんだって。あ、実際会頭さんはそんな提案をしてきたんだ。
うーん・・・・
そんな話をしつつ待っていたら、マウナさんもやってきたよ。
ミゲル商会との話し合いの行方を、特に彼らの住処に対する謝罪とか補填とかの話をしたら、なぜか大喜び。
僕がホーリーで海をきれいにしたから、被害はほぼなくなってるし、今後はもうそんなことはしないって保証がもらえれば大成功だと思ってたんだそうで、補填までしてくれるなら、自分がついてきた甲斐があった、そういうことだそうです。
それと、会頭さんは、魚の獣人さんには自分から謝って、賠償の話し合いとかもしたいと言ってたので、マウナさんのことは言ってなかったけど、本人が直接交渉する気満々だから、紹介状を書くことになったよ。
こういうのは、部外者の僕らが口を挟むより当人同士の方がいいだろうってアーチャも言うしね。何か問題が起こったときには、僕らが出てくから、マウナさんにはそう言って、お任せになりました。
てことで・・・・
もらった地図を頼りに、明日からは、僕も森の探索に参加します。
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