第226話 アーチャが倒れた
アーチャが倒れた。
僕の魔力があふれ、それが人を傷つけないようにって、結界を張って・・・
抑えきれない魔力が、アーチャを・・・傷つけた。
「ヒール、ヒール!!」
どのくらいやってたんだろう。
トンと、僕の肩に優しい大きな手が置かれて、ふと我に返る。
あらん限りの声でヒールを唱えていた僕の喉はヒリヒリとしている、なんて、ぼんやり思いながら、うつろに見上げる。
ハンスさんが、僕の横に目線を合わせるようにしゃがみ込んで、僕を心配そうに見ていた。
「ダー君、ダー君!」
どうやらずっと呼んでくれてたみたいで・・・・
「ダー君!」
ガバッと、ハンスさんの反対側から僕を抱き込んだのはラックルボウさんか。
「良かったぁ。グスン。」
ラックルボウさんが涙声で言う。
「まったくもう。ほらほら顔がぐちゃぐちゃだぞ。」
セグレが乱暴に僕の顔を、きれいとは言えないタオルでぐりぐりと拭いてきた。
どうやら僕の顔は、涙とか鼻水とか唾とか、もういろんな何かでぐちゃぐちゃで、でもそんなことにも気づかずに必死でヒールを唱え続けていたみたいだ。
『ダーちゃま。』
他の人には見えない姿で、エアが僕の頭にしがみついている。あ、キラリンも・・・
『ふうー、ダーよ。やっと通じたようだな。』
頭の中に、静かなグレンの声が響いた。
『グレン?』
『ああ。驚いたぞ、すべてを壊すかと焦ったわ。アーチャがいなければ、人の町は消えていたぞ。』
からかうような声。
『そうだ。アーチャ!』
『慌てるな。もう怪我は治っている。魔力がほとんどなくなっているようだがな。』
『魔力・・・』
確かに、改めてアーチャを見ると、ところどころ服に血はついているけど、もう傷口はなくなってるみたい。
でも、僕の魔力を抑えるために全力を出してくれたんだろう、エルフで魔力量もかなり多めのアーチャが、ほとんど魔力を失っていて、そのために気絶しているようだった。
僕にも何度か覚えがある。
魔力を失いすぎると、意識が飛んで、ひどいときには何日も意識が目覚めないんだ・・・・
どうしよう。
「アーチャ・・・・」
僕はみんなにしがみつかれたまま、そっとアーチャに手を伸ばす。
森の咆哮のみんなは、そうっと僕を離してくれた。
「ダー君。アーチャの傷はもうないわ。あなた、こんなにすごい治癒魔法まで使えたのね。」
「黙っててごめんなさい。」
「もう、何を言ってるのよ。冒険者は自分の力は隠すものよ。治癒魔法なんて珍しいんだから、絶対バレちゃだめよ。おい、そこの馬鹿ども。聞いてるわね。このことは口外禁止よ。」
遠目にこちらを伺う太陽の槍にラックルボウさんが怖い声で言うと、うんうんと、高速で頭を縦に振る3人。
「アーチャは俺がベッドに運ぼう。案内してくれるかい?」
ハンスさんが、そんな太陽の槍を見てくすりと笑うと、僕の頭を軽く撫でて言った。
「あ、うん。ありがとう。でもちょっと待って。」
僕はそう言うと、床に寝たアーチャに正面から抱きついて、おでこをこつんとくっつけた。
ゆっくり、やさしく・・・・
僕はそうっと、魔力をアーチャへ渡していく。
冒険の時は、みんなに魔力をあげることも多い僕。
調整が上手じゃないから、みんな勝手に僕に触れて、魔力を持っていくことが多いんだけど、僕から渡すことだってできるし、ちゃんと練習はしてるんだ。
ドクとママ、アーチャとバンミになら、かなり上手に渡すことができる。
うん。魔力の多い人限定で、他の人はちょっぴり危険だったりするんだけど・・・
アーチャは大丈夫・・・のはず。
気を失っている状態では初めてだけど。大抵はそういうときは、バンミが補助をしてくれてたから、一人で、って意味では初めてに限りなく近いかも。
ゆっくりゆっくり少しずつ、そうっと・・・・
僕は息もゆったりとしたのを吐きながら魔力を送る。
「!・・ダー君・・・まさか、魔力を分けてるの?」
ラックルボウさんの驚いた声。
普通はこんなことはしないんだって。
自分の魔力は自分を動かすのに必要なエネルギーでもあるから、それを人に渡すなんて非常識、なんて、知り合いの小うるさい魔導師のお姉さんがよく怒ってたなぁ、なんて、思う余裕も出てきたかも。ちなみにそんなこと言いながら、「ちょっともらうわよ」なんて戦闘時に平気で僕の魔力を持っていくのもそのお姉さんなんだけどね。
ハハハ。
ラックルボウさんの驚く様子に思わず苦笑する。
と、我に返ったようにラックルボウさんが僕の背に手をかけて引き離そうとした。
もう大丈夫。
アーチャを見てそう思った僕は引き離されるままにラックルボウさんに確保されちゃったけどね。
「ちょっと、ダー君。あなた何をしているの?魔力の譲渡なんて、そんな危険なこと!」
僕を自分の正面に向けて、叱るように言うラックルボウさんの言葉に、みんなびっくりしたようで・・・
うん。
ラックルボウさんぐらいの魔力を見る力がないと、ただ単にアーチャに甘えている僕、の図に見えていたんだろうね。
「魔力の譲渡?」
「はぁ?どういうこと?」
誰が言ったのかわかんないけど、そんなささやきが聞こえた。
「ラックルボウさん、心配させてごめんなさい。もう大丈夫だから。・・・その、僕もアーチャも・・・えっとね、僕はものすごく魔力の量が多いから、こうやってメンバーのみんなに魔力を分けたりしてるんだ。うん。いつものことだから。その、慣れてる?そんな感じなんだ。」
あー、みんな、戸惑ってるね。
これが普通じゃない、ってのは確かだけど、すっごく珍しいって事でもないんだよ。魔力の通り道を通す時の応用だ、ってドクは言ってたし。
ただ、自分の魔力が多くないと、逆に渡した方が気絶しかねない。だから実際にやる人はほぼいないらしいんだ。
ちなみに、某国の魔法研究所なんかは、魔力タンクとして魔導師の補佐みたいな感じで人を用意し、この方法を使って譲渡させてた、なんてこともあったようです。
「あの、ハンスさん?アーチャのこと運んでもらえますか?その、僕でも運べるけど、ハンスさんの方がいいかなって・・・」
重力魔法を使えばどうってことはないし、腕力で言えば僕でも十分に運べるけどね。
ただ、重力魔法はここで披露したくないし、抱っことかおんぶだと、アーチャを引きずっちゃいそう。
「もちろん。さ、案内して。」
ハンスさんはそう言うと、軽々とアーチャをお姫様抱っこして、ベッドに運んでくれたよ。
寝室から戻ったら、さすがにみんなフリーズ状態からは脱していて、ハンスさんに声をかけられるまま、森の咆哮も太陽の槍も、のそのそと帰っていったんだ。
「アーチャ・・・」
暗くなった部屋で、僕はアーチャのベッドの横に椅子を運び、じっと見ている。
僕のせいでアーチャが・・・
頬を無意識に涙が伝う。
泣いてちゃだめにのに・・・
だって、アーチャは僕が悲しまないようにって頑張ったんだ。
だから、ごめん、じゃなくて、ありがとうって起きたら言わなくちゃ。
僕が誰かを傷つけて、そのことで落ち込まなくてもいいようにって、アーチャは頑張った。
すっごく頑張った。
僕はダメダメだったけど、アーチャはすごいんだ。
そんなアーチャも含めて、僕の大切な仲間を、冒険者を馬鹿にするライライさんはやっぱり嫌いだ。
嫌い、って、簡単に決めつけたらダメなんだけど、でもやっぱり嫌いだ。
ママがね、嫌いって言ってプーンてあっち向くのはもったいないって言うんだ。
そりゃ、盗賊とか、敵とか、こっちに武器を向ける人は別だけどね。
でも、お話ししよう、って言ってくる人は、嫌いでも苦手でも、ちょっとおはなし聞いてみよう、って。それも大きな冒険で、知らない何かが見えるかも、って。
ママは、だからいつもみんなにニコニコだ。
僕もママみたいにニコニコでいたいのになぁ。
ピカーン
そんなことを考えていたら、ベルトが光った。
ママからの念話?
僕は慌ててつなぐ。
『ダー、元気?』
ハハ、お昼に会ったばっかりなのに、元気?だって。
まるで元気じゃないでしょ?って言われてるみたいだ。
『ママ・・・・』
『うん。』
『アーチャが・・・・アーチャが、僕の・・・グスン、ヒック・・・』
あれ、おかしいな。
泣かないはず、なのに・・・・
僕はもうお兄ちゃんなんだから・・・
『うん。アーチャは良い子で頑張ったのかな?』
『・・うん。僕を助けて・・・』
『そっか。じゃあ、ありがと、だね。』
『・・・うん。』
『アーチャは寝てるの?だったら起きたとき、ダーはニコッだよ?』
『うん、分かってる。』
『うん。ダーも良い子。ママはうれしっ。ウフッ。』
『ママ・・・』
『あ、そうだ。今日お話しするのはね、商業ギルドからのお願い、なんだけどね。』
『商業ギルド?』
『うん。クッデ村にはまだ商業ギルドの支部はないんだって。で、村長さんが代理で受付とかだけはしてるらしいんだけどね、今回はトゼのギルドからのお使いを、ダーのお友達が受けたんだって。』
『お使い?』
『うん。なんかね、トゼのギルドからトレネーのギルドに正式にダーとお話ししたいって依頼が出てるんだって。ミゲル商会から。』
『え?ミゲル商会?』
『うん。会頭が今クッデにいるから、是非ダーに会いたいって。お礼とか謝罪とかしたいんだって。本当は商業ギルドを通して、場所とかも決めるんだけど、クッデではギルドがないから、って。お使いがうまくいってないみたいだから、直接ママからダーに言って欲しいって、さっき連絡があったの。』
『ミゲル商会・・・それって、レッデゼッサと・・・』
『そうね。ダーの好きにしても良いけど、一度お話しはした方がいいかも、ってママは思うの。』
『・・・うん、分かった。』
『ダー。お仕事、頑張ってね。ママもそっちいくから。』
『え?ママも?』
『うん。新しいお船、楽しみね。』
『うん!!』
そうして、ちょっとした雑談をした後、念話を終えたんだ。
終えたときには、僕はすっかり元気になっていて、なんだか、ママにはかなわないなぁって、そんな風に思いながら、僕は、アーチャのベッドに潜り込んだ。
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