第225話 ライライさん、帰ってよ

 「ちょっとなんなのよあんたたち!関係ない者は立ち去りなさい!」

 「関係ないのはあんただ。とっとと去ってくれないか?」

 ライライさんの言葉に、いつもよりワントーン低い声でアーチャが言ったよ。

 放置しすぎて、完全にお怒りモードかも。


 さすがのライライさんも一瞬怯んだけど、お付きの人たち?が、剣に手を掛けたのを見て、フフンって感じで胸を張り直したのは、さすが、って言うべきか。

 でも、そんな彼らの様子を見て、森の咆哮の面々が、戦闘態勢になっちゃったんだけどね。

 いやぁ、そんなお宿の自室の前でピリピリされても、困っちゃうよ?


 「えっと、ライライさん、やめてくれないかな?僕の事を捕縛でもするつもり?」

 「え?まさか、そんなこと・・・。捕縛だなんて。」

 「だって、朝から見張り立てるわ、宿まで乗り込んでくるわ、喧嘩売ってるよね?これで僕を連れてくとか言うんなら、捕縛と同じだよね?」


 、だなんて強い言葉をあえて使ったのは、状況を把握してほしいから。

 だって、どう見ても自分が悪いことをしているなんて思ってないみたいだし、むしろ、良いことをしている、と、信じてる?そんな感情がひしひしと伝わってきます。

 これって、たぶん、念話、っていうかテレパシー的な力が強い僕じゃなくても、ダダ漏れてると思うんだ。だからみんなあんまり無碍にできないっていうか・・・まぁ、元老院の一族ってのもあるんだろうけどね。



 「いえ、違います。わたくしがアレク王子の保護をしなきゃならなくて、それで身の安全を守るために護衛、っていうか、見張りを立てていただけで・・・」

 僕の使ったワードは、ちょっとオロオロさせちゃったかな?

 でもまだ言ってるよ、って感じだよね?

 

 「護衛、って、まさか彼らのこと?」

 僕は太陽の槍を指して言ったよ。

 て、ライライさんてば、首を傾げてる。

 まさか個別認識できてない?


 「ちょっとあんた。俺たちにダー・・・様のこと見張ってろって、依頼したじゃないか。ギルドも通さずに。」

と、太陽の槍リーダーのラザン。

 さすがにあんただれ?はないよね。


 「あ、あぁ、あなたたちね。ええ言ったわね。この役立たずが。」

 「はぁ?ダー様はいないって報告しただろうが!」

 「だからわたくしがこんな怪しげな宿まで出向いてるんでしょう?」

 「怪しげな宿?」

 ラザンとライライさんが言い合ってる中、不穏なワードに思わず僕も、そして森の咆哮の人たちも、思わず口に出したよ。

 だって、上級冒険者向け高級お宿だよ、ここ。


 「だって、このお宿、無頼者しか泊まってないと聞きましたわ。」


 ハハハ。そういう認識ね。

 冒険者=無頼者。つまりはごろつき。

 えっとね、上級冒険者は、貴族並みの待遇なんだけどなぁ。実際、自国に取り込むために位を渡す国だって少なくない。

 僕の事もあるけど、うちのメインメンバーってほとんど爵位もらってるよ?僕の事がなくても、打診はそれこそ僕か生まれる前からあったって聞くし。

 そういう、いわば世間の常識ってのは、あんまり知らないんだろうな、って思うけど。

 でも、ライライさん、今の発言、人によっては切り捨て御免案件だよね。


 なんだかなぁ、って気持ちでこっそりため息をついて、僕は言った。


 「だったら僕はその無頼者ですね。無頼者とお嬢様が接しても碌な事はない。分かったら引き上げてくれないですか?」

 「な!・・・違います、アレク王子。あなたがいるような場所ではないってことで・・・」

 「ここは、冒険者に人気の宿で、言うなら高級宿です。僕らはパーティの方針でこれだけのお宿に泊めてもらってるけど、いつかは、って夢見るような立派な宿なんですよ。無頼者が泊まれるような宿じゃない。」

 「ですが、冒険者などは所詮宿無し、無頼者の集まりなのでしょう?力が強いだけの上級冒険者からしたら、あなた様はおいしそうなカモなんですよ?」

 「僕が、カモ?」

 「ええ。容姿、頭脳だけでなく、その出自も考えれば当然のことでしょう?」

 「はぁ。・・・あのですね、僕は赤ちゃんの時から冒険者です。冒険者に育てられて、立派な冒険者になるために生きてる。冒険者が無頼者なら僕は生粋の無頼者だ。そんな僕をカモにする?誰も、そんなこと思わないですよ?だって、そもそも仲間なんだから。」

 「それは・・・それは騙されてるんです。何も知らないあなたを騙して利用してるんです。あなたのパーティだってきっとそうだわ。」



 キラーン


 ハッ、と息をのむ声がした。


 僕は、抱かれていたラックルボウさんの腕から飛び出し、腰に履いた剣を鞘から抜いて、その切っ先をライライさんの喉元に突きつけていた。

 キラン、と切っ先が煌めく。



 思わず、抑えきれない感情があふれて


 パリン


 僕の魔力を抑えているドク特製のペンダントが割れる音がした。


 「ダー!!」


 僕の髪も服も、まるで下から突風が吹き荒れるように激しく踊る。

 が、それと同時に背中からガシッと抱きつく、僕にとっては大きな身体。


 ウッ、と僕をホールドする者から小さなうめき声がこぼれる。

 なのに・・・


 「ダー、大丈夫だから。落ち着いて。スーハー。ほら深呼吸。大丈夫。ダー。大切な人はみんな分かってるから。スーハースーハー。ほら僕と一緒に、スーハースーハー。良い子だ。良い子だから。」


 ぽたり。


 上から雫がぽたりと僕の手首に落ちる。


 あかい?


 赤い・・・・血?


 へ?


 僕は何を?


 スーハー


 包み込む声に合わせて、深呼吸?

 ハァハァハァ・・・・

 できないよ?

 どうしたの、僕?


 ぽたり


 また赤い雫が落ちる。


 「大丈夫。大丈夫だから。良い子だ。僕の声を聞いて。」


 同じトーンで優しくかけられる声。

 よく知る安心する声。


 フッ、と、頭がさえる。


 え?


 アーチャ?


 僕の周りに分厚い結界。

 得意の風をインにインにと吹き荒れさせて、僕の魔力と相殺させて・・・

 て、僕の魔力?


 僕は吹き荒れる僕の魔力に、驚いた。


 赤い雫はアーチャのもの?

 あ・・・あ・・・・あ・・・・

 僕が、・・・・傷つけている・・・?


 スーと背筋が凍るよう。


 慌てて、魔力を・・・って、ペンダントがない!


 「オッケー、大丈夫。僕の魔力を感じて。ダーの魔力に触れさせて。」


 優しくアーチャの魔力が入ってくる。

 僕の魔力をなだめるように包み込んで・・・・

 徐々に、徐々に、吹き荒れる魔力は収束する。



 ハァハァハァ・・・


 肩で息をしながらも、僕の頭を撫でるアーチャ。


 「大丈夫だから。」

 僕の顔をしっかり見て、にっこり笑うアーチャ。


 ああ、だから、どうして僕は・・・・


 スー、と頬を涙が伝う。


 そんな僕らを遠巻きに見る人々・・・・あ、忘れてたよ。


 そんな顔でみられることを・・・


 心配そうな顔をしているのは森の咆哮。

 びっくりしたけど、心配が勝つ、って感じで見てる。


 だけど。


 太陽の槍。


 3人で互いに抱き合い、おびえた目で僕を見てる。


 ライライさん。

 腰を抜かしたのだろう。

 これは剣を突きつけた時点で、かもしれないけど。

 なんとか動けたのだろう護衛の人たちが一応は抱き寄せて、でも、みんな化け物を見る目つきで僕を見ているよ。


 だって、しようがいないだろ?

 僕の大切な者を悪く言うなんて。

 嫌いだ。

 そんなことを言う奴は嫌いだ。


 僕は、きっと冷たい目をしてるんだろうなぁ。

 あれだけ威勢が良かったライライさんも、ブルブルと震えて、護衛の人の後ろからそおっと見てくるよ。

 ハハハ。

 いったいどうやってこの僕を、こんな僕を、護衛するって?


 「なぁ。あんた言ったよね?僕の護衛に彼らを雇った?で、僕は彼らに護衛されるの?いや言い方をかえるよ。太陽の槍は僕の護衛なんてできるの?」


 チラッて太陽の槍を見ると、ブルブルしながら、首を横に振ってるよ。


 「だよね。模擬戦でも瞬殺だったよね。魔法も使ってないのに。」

 ハハハ、こんな風に意地悪な言い方をしても、反応すらしてくれないんだ。


 「で、ライライさん。何のご用だって?僕の保護?」

 「そ・・・そうよ。私は家名に掛けてアレク様をお守りするため・・・」


 うわぁ、まだ言うんだ。

 でも、きっと、本当におうちの人に言われてきたんだろうね。

 学校を卒業してすぐだ。初めての任務だったりしたのかな?

 失敗はしたくない、それが、この強引なつきまとい、なのかもしれない。

 でもね、僕だって選ぶ権利はあるんだよ?


 「あんたの家名なんか知らないよ。そりゃ、パッデの件じゃ世話になったかもしれないけど、そのお礼はすんでるでしょ?僕らの間に貸し借りはないはずだ。それに、もし僕が王子としての行動をしているとして、たかが元老院の子息程度がその行動をどうこうできると思う?ちなみに、僕は我が国を代表してあんたの国と話をする権限を与えられてるんだけど?」

 「へ?」

 「あんたが、どういう風に家の人からきいてるか知らないけどね、少なくとも今は、外交問題になってるはずなんだ、僕らの依頼ってさ。つまり、素人のあんたに口出しする権利はないってわけ。これ以上つきまとうなら、国に働きかけてお断りしなくちゃってなるよ?」


 僕は、陛下からの辞令書=外交勅使任命の証が入った封筒を出して、そう言ったんだ。


 それでも、何かを言いかけたライライさんを、今度はお付きの人が阻止したよ。一応はお目付役でもあるのかな?

 思ったより大事だ、って、ちょっと驚いたみたい。

 丁寧に僕らに謝って、ライライさんを引きずるように連れて帰ってくれました。


 ドン


 そうして、ライライさんご一行がいなくなったと思ったら、背後から大きな音が。


 「アーチャ!」


 振り返ると、アーチャが足下から崩れ落ちるように倒れていて・・・


 「ヒール、ヒール、ヒール!!」


 僕は必死にヒールをかけた。


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