第217話 ギルド長室にて

 コンコン、と部屋をノックしようとして、僕は一瞬戸惑ったよ。だって・・・


 ギルド長の部屋の前に立った僕。

 何気なく、部屋の中に意識を向ける。

 当然、人の気配・・・・ん??

 なんだろう、想定外にたくさんの気配と、なんていうか、嫌な予感?

 僕はそれを感じて、ノックをするグーの形にしたままの手で、ちょっぴり固まったんだ。

 なんか、部屋に入りたくないなぁ・・・


 そんなに長く固まっていた訳じゃ無いんだけどね、


 ガチャ


 ノブが回され、中から扉が開かれた。

 思わず見上げると、そこには僕を見下ろすラッセイの姿が・・・

 て、何の騒ぎ?

 思わず、ラッセイの格好を見て眉をしかめた僕。


 「早く入って。」


 そんな僕を見て、入室を促すラッセイに、思わず背を向けて逃げたくなったよ。

 絶対なんか嫌なことが起きそうな予感・・・


 とはいえ、さすがにそこはとどまりました。

 逃げ出したくてもそれは悪手だって直感的に分かったしね。

 はぁ。

 僕は、でっかいため息をつきながら、促されるまま部屋に入ったんだ。



 「ずいぶん扉の前で遊んでたみたいだな。」


 僕の姿を見たゴーダンが開口一番そう言ったよ。


 僕だって、ここにゴーダンとかラッセイとか、その他諸々今目の前にいる人たちがいることに、扉が開く前に気づいてたよ。なんていうか、魔力である程度知り合いは分かるんだよね。気配、って言ってるけど、それはほとんど魔力を感じているんだ。無意識にもね。


 で、なぜか、宵の明星のメンバーは僕のことを認識するのが得意なんだよね。

 魔力が多い人だけじゃ無くて、物理担当のラッセイとかヨシュアとかでも、なぜか僕がいるのがバレちゃう。

 ゴーダンレベルなら、意識してなくても、ギルド前でごちゃごちゃやっていたのをお見通しだったりするんだろうね。

 でも、別に遊んでたわけじゃ無いんだけどなぁ。まぁ、完全にからかい半分だったことは否定しないけど・・・


 僕は、いつもだったらちゃんといいわけするけど、今日は肩をすくめるだけですませたよ。だって・・・



 この部屋ってそこそこの大きさがあるんだよね。

 なのに、今はとっても狭く感じます。

 なぜなら・・・


 ギルド長とその秘書みたいなスタッフさん、そしてゴーダンがいるのは普通なんだけどさ、何であなたがいるんですか、プジョー兄様?

 僕はそう思いつつ、視線を兄様に向ける。

 そう。なぜかプジョー兄様と、その近衛の人が3名もいるんだもん。

 それだけじゃない。

 プジョー兄様が正装だ。近衛の人たちもお仕事用の正装。

 そして・・・


 さっきラッセイの姿に驚いたんだけどね、ラッセイも僕の近衛をやるときの正装してるんだ。ラッセイだけじゃ無くてなぜかミランダもいて、近衛の正装をしている。

 これってもしかしなくても、僕の、ていうか、第3王子アレクサンダーとしての公式の場にいくときの、二人の衣装だよね?

 どういうこと?


 ちなみにギルド長はちょっといつもよりカチッとした服で、ゴーダンはいつもの冒険者の装い。当然僕だって冒険者ダーとしてきてるから、冒険者の格好だよ?



 「アレク、久しぶりだね。元気だったかい?ご両親や弟君とのランチは楽しめたかな?」

 頭の中で、グルグル考えてると、兄様がそんな風に言ったよ。

 「は、はい。えっと、元気で楽しかったです。」

 ・・・

 なんか突然の質問にしどろもどろに答えちゃったよ。


 ピッキーン


 と、なぜか僕の答えに場が緊張した。

 

 アチャーってオーバーアクションのゴーダン。

 眉をしかめたラッセイとミランダ。

 あんぐり、な、表情のギルド長にギルドスタッフ、そして兄様の近衛達。

 そして、兄様は・・・


 ニヤリ


 そしてお目々キラリーン!


 え??


 何、何??


 僕、何かやらかした?


 オロオロする僕に、ゴーダンが真剣な目を向けて言ったんだ。

 「殿下は、ミミ達がダンシュタにいることをご存じだ。」


 ?


 ・・・


 へ?


 えっと・・・


 ここは王都のギルドです。当然王都にあるよね。


 ダンシュタから王都まで、普通の馬車なら3から5旬、前世風に言えば1月前後。

 僕とランセルの仲を王家の人は知っているから、僕らがその半分からもっと短く行き来できることは、当然知っている。

 けど、お昼ご飯をママ達と食べた僕が、ここにいるのは・・・さすがに・・・てことか?


 「ああ勘違いしないで。私は別に怒ってませんよ。冒険者が秘密を持つのは当然のこと。ただちょっと兄様としては悲しいかな?兄弟として親密なつもりだったので。」

 「あ、それは、その・・・」

 「アレクには、ダンシュタと王都を簡単に行き来できる手段がある、そうじゃないかな、とは常々思ってたんですよ。今回の事件、そうじゃないとおかしいことがたくさんありましたから。でも私は、アレクがそれを私に教えてくれるんじゃ無いかな?と期待していたんですけどねぇ。」

 「えと・・・それは・・・」

 僕は思わずゴーダンに助けを求めて顔を向けたよ。

 ゴーダンはでっかいため息をついて、首を横に振った。


 「殿下、子供相手にそういうのは、なしにしましょう。何分この子の能力はいろいろと特殊でね。本人にも完全に分かっているとは言いがたいんだ。それに、さっきも言ったでしょうが。公開したところで還元できる情報では無いから、情報を抑えているんだ、と。」

 「ええ。エッセル様譲りの特殊能力、でしたか?」

 「ああ。あの人の特別な袋については知ってるんだろう?」

 「噂は聞いています。陛下はともに旅をした折、譲ってもらおうとしてダメだったのですよね。」

 「ああ。あれはエッセルのじじいしか取り出せない袋だからな。今はその能力をひ孫であるこいつが継いでいる。だから、その派生の技術である転移もどきもこいつだけのもんだ。」

 「エッセル様だけのものと思われた能力が、ひ孫であるアレクにも引き継がれた。でしたら、何らかの形で汎用化できるのでは?」

 「あのなぁ。それは前にも言っただろ。うちの博士も無理だって言ってんだ。無理なもんは無理。」

 「あくまでもワージッポ博士の言葉、ですよね。」

 「何が言いてえ。」

 「いえ。博士を疑う気はありませんけどね。そんなことをしたら私が父や祖父にとがめられてしまいますよ。ただ彼だって人間。孫ともかわいがるアレクの秘密を守るなら、なんて考えちゃうんですよ。」


 ギロリ。


 普通の人なら、ゴーダンのこの威圧にひるむだろう。

 実際、自分に向けられたのでも無いのに、ギルドスタッフの顔が真っ青だ。

 でも兄様は涼しい顔で、微笑みつつ小首をかしげている。

 いっつも穏やかで、人の良さそうな兄様だけど、やっぱり王家の人間はちょっと違うんだろう、なんて、僕は人ごとのように思ってしまったよ。


 でもさすがに、この空気、やばいです。


 何でこんな喧嘩みたいになってるのか、その前の話は読めないけど、僕、なんとかしなくちゃ。

 あせる僕を他所に兄様は、再びにっこりと笑顔を深めて言ったよ。

 「が人にも可能な技術だ、というのは、レッデゼッサやらガーネオでしたか、彼らの所業で分かっているんですよね。アレクの技との共通性を見いだせば・・・」


 「それは無理だと思うよ。」


 力説する兄様の言葉を僕は被せて否定したよ。だってそうじゃない?

 ガーネオの技術は、無理矢理巨大な魔力を調達して、ある地点と別の地点を重ねる技術だもん。

 でも僕のは普通に存在する異空間を通るだけのもの。

 ただし通るのは本来精霊の空間だから・・・


 「どういうことですか?」

 言葉を遮った僕に、それでも優しげな瞳を向けて兄様は言ったよ。


 だから僕は、ちょうど僕のために湯気の立つ暖かいお茶を持ってきてくれたものの、この空気に固まったままのスタッフのお姉さんから、お礼を言ってお茶を受け取ったんだ。


 「これは、ひいじいさんのバッグと同じ物だよ。」

 僕はポシェットを見せた。

 そしてその中にそうっと、湯気の立つお茶の入ったカップを入れた。

 で、それをすぐに取り出す。

 カチンコチンに凍ったお茶入りのカップだ。


 驚いた顔の兄様たち。


 「僕以外の人がやるとこうなっちゃうんだ。」

 僕は目を見開く兄様にカップを渡しながらそう言ったんだ。

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