第214話 元トレシュクへ

 元トレシュク領は東に川が流れ、その川がトレネー領との両境になっていたんだ。

 西側は巨大な山脈があり、隣国ザドヴァとの国境となっている。この山脈は西側からぐるりと南に曲がり、北は海、という、ちょっとした陸の孤島っぽい地域だったんだ。


 うん、だった、なんだけどね。


 実は、ザドヴァとの国境である山脈は鉱床として優秀なんだって。

 当然、連なる南側の山脈も。

 元々トレシュクってのは特殊な領で、我が国にありながら、実質的な統治は商人達がやっていたんだ。

 一応国王から任命された領主もいて、形式上はその領主が統治していることになっているんだけど、実質は商人の自由都市っていうく自治区みたいな感じになっていて、有力な商人たちが合議でいろんなことを決めちゃう。そんな領だったんだ。


 で、いろいろあって、このトレシュクは将来的にナッタジ領に組み込まれる予定の王家直轄地になっちゃってます。

 で、代官の名に皇太子の第3王子が据えられている。ハハハハ。はい、僕です。


 領主とか代官がやらかした場合、一応領ってのは王様の代理で治めているってことになってるから、その領を取り上げて別の領主とかを派遣するか、いったん王家預かりになったりする。まぁ、トレシュクもそういう形でいろいろあって、関わった僕が代官に収まってるんだよね。


 まぁ、もともとここは自治区的な場所。

 商業ギルドの権限をそのままに、実質の領運営は僕の部下達、という名のプロにお任せなんだ。

 ちなみにここの元領主邸で働いてくれているのは、元々ここで働いてくれていて問題の無かった人、プラス、ザドヴァから派遣された魔導師の少年兵士たちです。

 えっとね、彼らはザドヴァで魔改造されたって言ってもいいのかな?そんな魔導師の子供達で、ここトレシュクを襲うように命じられた子達だったんだ。けど今では、一生懸命僕らの役に立とうと頑張ってくれてます。


 その中の一人、ナハト。

 彼は僕がザドヴァ潜入していたときの同室のリーダーだった人。

 ザドヴァ流の教育に完全に支配されて、上下関係とか行儀作法とか、むちゃくちゃ厳しい人。僕とかバンミとかは一番嫌いなタイプだったろうに、今では、ここトレシュクを仕切ってくれている優秀な人です。まぁ、僕に対して厳しいのは相変わらずだけどね。


 なんだかんだで、トレシュク常駐で一番信頼しているのがこのナハト。

 で、彼にもマジッグバッグを進呈してました。

 一応機密扱いのマジックバッグ。

 大量の物資を運ぶには普通は荷馬車が必要でしょ?

 てことで、彼がトレシュクにある武器工房へと空の荷馬車を連れて行く役目を負ってもらったんです。


 ちなみに武器工房、ていうか様々な工房が、トレシュクの山肌やら川沿いにたくさん作られています。

 これは本当にここ数年でできたもの。

 中心はザドヴァ側の山近くなんだけどね。特に武器系の鍛冶をやっている人たちは。

 この工房で働く人たちは、僕を頼ってきてくれた元ザドヴァの職人さん達。

 ザドヴァで政変があったときに、仲良くなったドワーフさんがメインで、そのとき僕の作ってほしいものとかを話していて、面白い、ってたくさんの職人さんがやってきたんだ。そのときもいろいろ問題があって、船が襲われたりとかしたんだけど、無事今では僕の大切な仲間になってくれてます。



 「おはよう、ナハト!」


 僕はナハトのバッグから飛び出したよ。

 挨拶は大事。

 って、あれ?


 ゴトゴトゴトゴト、真っ暗な幌の中?

 目が慣れると、空っぽの荷台にはマジックバッグと、ちょっとした荷物があるだけでした。

 前方に目をやると・・・あ、いた!

 ナハトは一人でこの馬車の御者をしていました。まぁ、当然かぁ。

 僕は幌から這い出して、ナハトの横に座ったよ。

 「おはよう!」


 ナハトとは久しぶり、かな?


 夏の養成所の遠征で初めて南部に行くときに、社交が必要ってことで先生役で来てもらった以来、かな?

 今は冬だから、ほぼ半年ぶりです。


 「はぁ。相変わらず落ち着きがないな。落ちないように静かに座ってな。」

 ・・・・

 まぁ、ナハトだしね、こんなもんでしょう。

 僕は肩をすくめつつ辺りを見回したよ。

 「えっと、ここはどこら辺り?」

 「もう、そろそろ着く。・・・ほら、見えてきただろ。」

 ナハトが言うように、山脈にへばりつくように立つ工房がチラホラ見えています。

 あ、数軒先の工房の前で誰か手を振ってるよ。

 ・・て、レックさん?

 ザドヴァの鍛冶師たちのリーダーだったザーバンさんの孫で、真っ先にこの国にやってきてくれた人の一人です。

 馬車はガタゴト、彼の前へとたどり着いたんだ。




 「やっぱりアレク坊はすごいね。度量といい、この鋳造ってのといい・・・」


 僕らを屋内に案内し、お茶を入れてくれたレックさん達職人さんは、ニコニコと迎え入れて、そんな風に褒めてくれました。

 僕が考えたわけじゃないから、ちょっぴり申し訳なくてお尻がむずむずします。


 えっとね、度量っていうのは測量のこと。その単位のことを彼らは言ってるんだ。

 今まで鍛冶とか物作りってね、計ってはいたけど、紐で長さを測ったり、腕○本分みたいな感じで、目分量だったり。単位っていう発想がなかったみたいなんだ。

 でも僕は家電的な物とかいろんな道具を作って売るに当たって、どこの工房で作っても同じ規格で作ってほしいと思って、単位になる金属棒を作ってもらったの。どの工房でも同じ規格で作ってもらうと、部品を別々の工房で作ったって組み立てることができる。それに規格が合うと他の物に転用できるからね。

 そうやって冷蔵庫みたいな家電とか、魔導具の魔法陣じゃない部分とか、簡単にオーダーができるようになって、職人さん達も喜んでくれてます。


 それと鋳造。

 ごくごく簡単になるけど、金属の物っていうのは、加工するときに板や棒を叩いて形を整えるのと、型に溶かした金属なんかを入れ込んでつくるのがあるんだ。

 この世界ではなぜか前者が主流で、型に入れて作る鋳造ってのはほとんど無かったみたい。まぁ、全然無いってことは無いんだろうけど、鍛冶っていう意味ではほぼなかったみたいなんだ。

 そもそも金属を溶かしたものってむちゃくちゃ温度が高いから、再利用できるような型を作るには特殊な技術がいるんだよね。実際前世でも金属用の型なんて、土で作って毎回壊すから、型を作るための型、なんてのがあったぐらい。


 まぁ、そのあたりは、ドクとカイザーの知識と技術で特殊加工した型の製造に成功した、とだけ言っておこう。

 この世界では魔力の関係で鉱物の地域差も激しいんだよね。

 溶ける温度とかも、かなり幅があるし、合金にしちゃうとなおさら、ってことで・・・


 で、合金の強度とか粘度とかを調べるには同じ形の物で検査すべしなんて言って、剣や槍、籠手や胸当てなんて型を作ったってことがあったんだよね。

 その合金試作用の型ってのが、この工房にあったりします。

 その実験に自分も入れろ~って言ってきた職人さん達の要望で置いてあったってわけ。

 今回は、そんな型で安価な金属を使って大量の武器防具を作ってもらうことになったんだって。

 なんせ10本20本単位で簡単にできちゃうからね、この型は大量生産にもってこいだったんだって。

 とはいっても、ナッタジ商会から売り出すからにはそれなりの物を出したいじゃない?

 型で作ったとはいっても、使った金属は安くとも強いし、型から出した後の研磨等は、職人さん達が腕を振るってくれたから、お値段以上の立派なものができてます。



 なぁんて、そんな話をしながらできた商品を次々と馬車へ運んでもらいます。とはいっても、みんな協力してくれたからあっという間だったけどね。

 僕とナハトはお礼を言って、さらなる制作をお願い。

 すぐに帰途に向かいます。


 僕は馬車の荷台に乗って、早速ポシェットの中へ商品を仕舞ってるよ。

 行きと同様、ナハトは御者だね。

 大量の荷物だけど、そこは魔法、ほんとに瞬きしている間に消えちゃいました。

 集落から見えない場所になった頃にはすっかりきれいになったよ。


 ほぼ僕が乗り込んだ辺りで、馬車は一旦とまります。

 さてさて、次の場所へ行かなくちゃ、ね。


 「こっちに来なさい。全く・・・せっかくのきれいな髪が台無しじゃないか。」

 御者台に僕を呼んだナハトが、工房でちょっとほこりまみれになった僕の髪を、胸元から取り出した櫛で梳き始めたよ。

 相変わらずめざとくて、うるさいなぁ・・・


 「これで良し、と。・・・・いいかい。ダー以外ができない仕事だってあるだろう。冒険者として活動したいってのも分かる。だが・・・怪我はしてもいいから、絶対無事で帰ってこい。無理はせず、ちゃんと見極めて帰ってくるんだ。待ってるのは一人や二人じゃないんだからな。・・・・忙しいんだろ、さっさと行け!」


 ゴトゴトゴトゴト


 再び馬車は動き出してナハトはもう僕を見ず、まっすぐ進行方向を向いている。


 「うん、絶対帰ってくるよ。・・・行ってきます。」


 僕は小さく言うと、ポシェットの中に身を潜めた。

 

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