第201話 ネココと魚の獣人と・・・

 ファイアーウォール!!

 僕の簡単な呪文とともに立ち上がる大きな炎の壁は、海上、ううん、その下までもしっかりと立ち上がり、超巨大ネココをその外側の結界ごと包み込む。

 風の魔法だろうネココから発せられる鋭い刃も、この炎の前にはまさに焼け石に水?

ん?

石でもないし水でもないけどね、へへへ。


 炎の壁の厚さは僕の腕ぐらいはあろうかという分厚いモノ。

 その炎がネココの中心に向かって上から閉じていく。

 まるででっかい真っ赤なタマネギみたい。


 って、こんな風に平気そうに言ってるけど、正直、久しぶりに魔力の底が感じられるかも。

 自分が消耗しているのが分かるよ。

 そりゃそうか。

 ダットンからの、けが人治癒からの、コレ、だもんね。ってる方が不思議かも。


 てことでそろそろまじやばい?

 ネココは・・・


 『ネココとやらは死んだようだぞ。ほれ、水流が止まって魔石の吸収もなくなっておる。それよりダーよ。あれは、大漁か?』


 ちょっぴりもうろうとしかけの僕に念話をしてきたのはグレン。

 それで、周りを気遣う余裕もちょっと出て、僕は荒い息をしながら周囲を見回したんだ。

 というか見回そうとした。


 でもね、ぎゅっと抱っこされてたことを思い出したよ。

 ギュッとしている人は、でも僕やネココじゃなくてちょっと上半身をひねって別のところを見ているみたい、ってパッデじゃん。

 心ここにあらずで、ギュッとする力も最初より無意識に強くなっている。

 でもパッデで良かったかも。

 力の強い人だったら僕、絞められて気絶、とかありえるもん。海の男達は力が強いからね。



 でも何を見ているんだろう。

 他の人の視線も同じ、ネココとは逆の方を見ているよ。


 ・・・・


 なんだあれ?


 グレンが「大漁」なんて言ったのが分かりました。

 海面にぷかぷかおなかを浮かべたたくさんの魚さんたち。

 じゃない?

 人?

 ・・・・

 って、人魚?!


 海面にぷかぷかお腹を見せてたくさんの人魚さんたち、男も女も若い人も年寄りの人も・・・一面に死んだ魚のように・・・って、死んでるの?

 まさか、さっきの魔法で延焼、とか?

 どうしよう・・・・


 僕がうろたえていると、抱っこをしていたパッデが僕に気づいたみたい。背中から抱きついていた形だったんだけど、僕をぐるりと回して、普通に抱き上げたよ。そして、改めて正面からギュッとして、片手で頭を優しく撫でる。「大丈夫だよ。」なんて言いながらね。


 そのまんま、いつの間にか横に立っていたアーチャと一緒に、ネココと反対側、たくさんの人魚がぷかぷかとしている方へと歩いて行った。


 「おお!精霊の愛し子よ。我らが救世主よ!!」


 僕がパッデの腕の中から、人魚さん達の方をのぞき込むと、前の方の人魚さんがそんな風に言ったんだ。

 なんだ?

 僕がびっくりすると、引き続いて他の人なのかな、みんなで唱和する。


 「「「 「おお!精霊の愛し子よ。我らが救世主よ!!」 」」」


 えっと・・・どういえこと?


 そしたら、多分最初の人らしき声が言ったよ。

 「恐れ多くも精霊の愛し子にご尊顔を拝する名誉をいただきたく!」

 ええー?


 いつの間にか、船のみんなの顔が僕を見ているけど・・・え?僕?

 ていうか精霊の愛し子って何さ!!


 「ダー。何か言ってあげたら?」

 アーチャが言う。

 そんなこと言ったって、ねぇ。


 気まずい沈黙。

 特に海の中からは、ものすごい不安とか、おびえとか、そんな感情があふれていて、魚が大漁に死んでいるみたいな光景とともに、かなり

 ふー・・・


 「えっと、魚の獣人さん?」

 なんて言って良いかわかんなくてそんな風に呼びかける。

 すると、「おーー。」って地を這うような、っていうのは海上だからちょっぴりおかしい表現だけど、そんな合唱がしたんだ。と、同時になんていうか喜び?みたいな感情が人魚さんたちからあふれてきたよ。


 「おー。御声も素晴らしく。してご尊顔を拝してもかまわないでしょうか。」

 「えっと・・・そんなたいしたもんじゃないですし、それにこれはどういう状況なのかな?ちょっとわかんないですけど。」

 そう言うと、一番前の真ん中辺にいた人がお腹を上にした状態から立ち泳ぎっぽく上半身だけ海上に出したような姿勢、つまりは僕らが立ったのと同じような状態になったよ。


 それは、たぶん彼らの中の代表なのだろう。ハの字のカイゼルひげに、長いストレートなあごひげを生やしたおじいさんだった。

 僕と一瞬顔が合ったけど、すぐに「ハハァ。」ってかしこまるように頭を垂れたんだ。


 「驚かせてすみませぬ。これは腹を見せての絶対服従を表す我らが最上級の礼にありますれば、精霊の愛し子様においては是非我らが忠誠を受け取っていただきたく。」


 えーーーー


 そりゃ、へそ天とかあるけど?

 て、これって一族上げての服従のポーズってこと?

 僕、そんだけ怖がらせちゃった?

 って、そりゃ怖いか・・・・


 「あの。怖がらせちゃってごめんなさい。僕たちは別にあなた方を害そうとしたんじゃなくて、魔物に襲われてやむなく、なんで。」

 「いやいや、謝る必要はございません、精霊の愛し子様。我らは恐れているのではなく、ただただ本当に現れた予言の子に、心震わせておるのです。」

 「予言の子?」

 「我らの大予言者がかつてあなた様を予言しましたのです。我らの救世主が、精霊の愛し子が現れる、と。{海に悪意満ちるとき、無垢なる幼子の姿でもって救世主は現れる。海中でも消えぬ炎をもって、精霊とともに。}これが、我らが拝する預言でございます。」

 「・・・えっと、僕はそんなんじゃ。」

 「しかし、両肩におられるのは精霊でございましょう。それも異なる種ではありませんか?」


 人魚のおじいさんに言われて、ぼくの両肩付近にキラリンとエアが浮いているのに気づいたよ。ていうかこれらは精霊で無くて妖精なんだけど・・・


 「この子達が見えるの?」

 妖精が普通の状態で見える人は少ないんだ。もちろん自分たちで姿を見せる気になれば誰にでも見せることはできるみたいだけどね。ただし、はっきり見せれば見せるほど魔力がいるから、普通は見せない。彼ら、疲れることは極力やらないからね。

 今は、力を抜いているから、僕にははっきり見えるけど、あとはアーチャとかがぼんやりと存在を感じる程度なんじゃないかな?


 「我らは精霊とは親しんでおりますからな。」

 「ふーん。よくわかんないけど、二人が見える、ってことなんですね。でも、この二人は妖精で精霊じゃないよ。」

 「分かっております。妖精は精霊の分体であり、眷属です。精霊に愛された者で無ければ妖精が従ったりはしますまい。」

 それはそうだろうけど・・・

 それに昔はともかく今は精霊達は、あんまり人間とふれあいたくないみたいだし、僕はそういう意味では、精霊さん達に愛してもらってる自覚はある、けど・・・


 ないなぁ。

 救世主は、ない。


 「まぁ、それはいいとして、あの・・・周りの人たちなんだけど・・・」


 そうなんだ。

 おじいさん以外まだぷかぷかお腹を上にしてじっと浮いているんだもん。

 さすがに不気味です。


 「姿勢を正させていただいても?」

 「もちろんです。ていうか、その姿勢やめて!」

 「御意。」


 おじいさんの言葉とともに、みなさん立ち泳ぎ姿勢になったよ。ホッ。


 「何はともあれ、我が集落へいらしてくださいませんか。ネココやそやつが収穫した魔物どもも解体等必要でありましょう。我らが処理いたしますれば、その間、我が集落にておくつろぎください。」

 「えっと・・・」

 僕はアーチャを見る。

 海の中だし、ネココの回収とか無理と思ってたんだけど。

 ちなみにネココの死を確信した後は、とっくに炎は消してるよ。


 「冒険者として、回収できるならば魔物の回収は必須だよ。それに、気になることもあるし、お邪魔しよっか。」

 アーチャがそんな風に言ったよ。

 

 そうして、僕らは魚の獣人さん達=人魚の集落へとお邪魔することになったんだ。

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