第200話 超巨大ネココ

 キィィィィィン


 ギロリ


 海からせり出してきたでっかい切り株みたいな物から感じられる、聴覚域を超えた音と、存在しない視線が僕らを震え上がらせる。


 赤い波が崩れ落ちたことと、がせり上がってきたことで、そこそこ離れたところにいる僕らの船も、キリキリと翻弄されて、誰かが僕を抱きしめてくれる。


 僕は、誰に抱っこされているかわかんないままに、そのでっかい切り株、簡単にこの船が閉じ込められそうなぐらいでっかい切り株から注がれる視線に、身体も思考もがんじがらめになっちゃってる。


 切り株っていうか、落雷にあった木の残り、みたいな?

 それともクレーターのようにえぐれた大地?


 それは、僕らに・・・僕、に?・・・視線をよこしたまま、なんていうか、片手間に食事する、みたいな無機質な感情で存在している、そうただ存在している、って僕は感じたんだ。


 それに睨まれたまま、僕もそれを凝視する。

 やっぱり結界みたいな物をまとっているみたいだ。

 結界はジグザグした切り株周りの、さらにちょっぴり外まで囲っていて、ジグザグの中に・・・・赤い水を吸っている?

 パネミスの血と魔石で赤くなった水は、波が崩れてその辺りにたゆたったんだけど、広がりかけたその赤い水が、ゆっくりと渦巻いて、その切り株もどきのへこんだ中心へと集められていくのが見えたんだ。



 「ネココか?」


 誰かが言った。


 え?ネココ?


 僕もだけど、みんなもその声にまさか、って思って見つめたよ。


 ネココ。

 植物だか動物だかわかんない海に生える海藻っぽい物。

 海藻、って言っても食べられないんだけどね。

 ネココは海辺に住む人にはかなり身近なもので、でも子供のおもちゃぐらいの認識です。

 あとは、海の掃除屋?


 えっとね、海岸近くで見るのは、僕のこぶしぐらいあればまあまあ大きい方。

 沖に行けば人の頭ぐらいまでの大きさのはあるんだけどね。


 僕のイメージは王冠、かな?

 円柱の上下にひらひらがついているんだ。

 で、下のひらひらは円柱の底全体にある感じで、上のひらひらは円柱の外周が伸びたみたいになってる。普段は下のひらひらは見えないから、王冠っぽい海藻って感じ。

 うん。大きさを無視したらちょうど目の前の切り株もどきみたいに。


 ネココは普段は下のひらひらが海底に埋まっていて、ほぼほぼ草です。

 で、海中に漂っていたり海底に沈んでいる微生物(といってもこの世界の人はそうは認識してないけどね。)や死骸の崩れた身なんかを食べる。っていうか吸収する・・・らしい。

 あとは上のひらひらに魅せられてやってきた魚なんかを、ひらひらの内側=円柱の上の空間に閉じ込めて弱らせる。

 この上のひらひらの中=円柱の上部分は、うっすらと水流があって、弱った魚なんかはひらひらから脱出できないようになるんだ。ひょっとしたら毒っぽい物なんかも出てるのかもね、ってモーリス先生は言ってたけどね。

 このうっすらとした水流はネココの外側にもちょっぴり影響する。

 で、水流の中心である円柱の上部、っていうかひらひらの底は細かいメッシュ状になっている。ここに死骸とかあと排泄物なんかも吸い込まれ、いつのまにか吸収されるんだって。つまりはネココのご飯、だね。


 こういったゴミと一緒に水流に集められるのは魔石です。

 生きとし生けるものすべては魔石は持っている。

 もちろん海の小さな生物たちもね。

 砂粒みたいな魔石が、メッシュ状になったネココの中心に集められ、キラキラ輝く砂みたいになるんだ。

 どうやらこの魔石の中の魔力を吸い上げることもしているようで、ネココの中にある魔石はいつの間にか魔力が消えているんだけどね。魔力が切れた魔石は簡単に崩壊するから、そのまま海の中に消えちゃうんだろう。


 それと、ネココは時に移動する。

 方法は、根の部分?が、スッと海底から抜けるんだ。

 そうして海流に流されて、良い感じのところでまた海底に沈み、根を海底に張る。

 海流にただただ流されるだけじゃ無くて、上と下のひらひらが動いて泳いでいる、って言う人もいるんだ。

 こうした移動するところなんかは、やっぱり動物、なのかなぁ?なんて思うけど、ほんとよくわかんない。それにそんなことを気にするのは僕とモーリス先生ぐらいだ、なんて、ゴーダンに笑われたことがあるんだよね。ハハハハ。


 さっき子供のおもちゃって言ったのは、こんなキラキラした砂=魔石の収集をして遊ぶってのと、ずっと水流があるから指を突っ込んでその感触を楽しんだり、髪とか小さなゴミを近づけて吸い込まれるのを見て楽しむ、っていう遊びが、小さな子では定番の遊びなんだよね。僕もよくやったけど・・・



 ネココは、沖にあるほどでかくなる。

 ある程度沖に出て、人の頭大になった大きなネココには、それ相応のサイズの魔石が眠っている。ほとんどは魔力がネココに吸われちゃうけど、ちゃんと残っている魔石もそれなりにとれるから、漁師修行中の子供なんかは、沖に出て潜って魔石集めでお小遣いをかせぐ、なんてこともやっているみたいだね。魔力がある魔石は小さくても魔導具の燃料になるから買ってもらえるんだ。

 魔物を倒す力の無い人にとっては、これはなかなかの獲物なのです。


 てな感じで、ネココって言えば、海辺ならどこにでも生えている、子供の遊び道具の草にして、ちょっとしたお小遣い稼ぎの場、ぐらいのイメージ、なんだけどね。

 ミモザとかで生まれて船乗りになったような人にとっては、僕以上に世話になった草?なのかもね。

 だから、こんなでっかいのでもネココなんじゃないの?って思ったんだろう。

 そして、海に出ているような船に乗っている人たちだからこそ、僕も含めて、目の前の巨大ながネココ・・・超巨大も巨大、そんなネココに見えてくるのだから不思議です。



 でも、これがネココだとしたら、頷けることはいっぱいです。

 結界みたいなのが強力になってるのかもしれない。

 水流があんな渦になっているのかもしれない。

 強い水流だからこそ、あれだけの魚と魔石を集めることができているのかもしれない。


 だからって、普通だったら巨大っていうのは人の頭大ってのがネココだ。

 まさか、船を丸呑みできるサイズまででかくなるものなの?

 いくら未知の海域だっていっても、規格外すぎない?


 こんな僕の疑問は、みんな同じように抱いているようで、半信半疑にネココだ、いや違うだろ、ってささやきあっている。



 こんな戸惑いの視線でが魚の残骸を集め、どうやらものすごい勢いで吸収するところを見ていたんだけれど・・・



 ギロリ


 さらなる強い視線でこちらを見た。

 目がないから見た、っていうのも変な感じなんだけど、見られた、睨まれた、って感じたんだ。

 

 そして・・・・


 ある程度収集して満足したのか・・・


 上のひらひら部分・・・というには分厚い板みたいになってるけど、それがちょっと中心に向かって寄ってきた。

 まるでイソギンチャクのガクみたいだな、って僕は前世の知識からぼんやり考えたよ。

 そんなことを考えている間に、超巨大ネココみたいなそいつは、身じろぎをした。と思ったら、考えられないスピードでこっちへ向かって泳ぎだしたんだ。


 このままじゃ、ぶつかる!


 超突進するそいつの前に僕は抱っこをされたまま手を突き出した。


 「ファイアーウォール!!」


 僕は無心に巨大な炎の壁をイメージする。

 アンナの壁を参考に。

 あれよりももっと分厚く、本当の壁みたいに。


 やったことはなかったけど、炎の壁はアンナのを見たこともあったし、イメージがしやすかったみたい。

 海の上ってことでも安心感があったのかも。延焼の恐れがないからね。

 思いっきり力を込めて、ネココと船の中間に力を注ぐ。


 思い違わず、海上に輝く炎の壁が出現した。


 


 

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