第199話 未知の海域

 キラリンの輝く球体に導かれて、海原を沖へと走って行く。


 「なんていうか、坊ちゃんといると、飽きんな。」

 半分苦笑気味で言うメンダンさん。

 なんていうか・・・申し訳ないです・・・


 「ハッハッハッ。そんな申し訳なさそうな顔をしなくてもいいさ。こう見えてワクワクしてるんだからな。他の奴らもさ。」

 豪快に笑って、僕の髪をワシャワシャと撫でながら言う。

 その目線は「なっ、みんな!」って言うように同乗のみんなに巡らされていて、僕らの様子を暖かい目で見守っていたみんなも、そうだそうだっていう感じで、笑顔でうなずいてくれる。


 「ワクワク?」

 「そうだぞ。なんせ、こんな外海まで出た奴なんて、本業の漁師でもそういないからな。それが俺ら商人が、って思うと、こんな興奮することは、ねえさ。」


 海っていうのは、人間にとって恐ろしい未知の世界なんだって。

 この世界の船はまだまだ丈夫じゃない。

 そういうこともあって、船の航行って、基本的に陸地が見えるところで行うんだ。

 北の大陸と南の大陸。

 天気の良い日には互いが見えなくもない、らしい。まぁこれは眉唾だけどね。

 ただ、大陸の間には、知られた島とか岩があって、そういうのも含めた陸地、らしいです。

 何らかの形で道しるべになる物が必要、ってことだね。

 まあ、南北の大陸があることは知られているし、だからこそ大陸間の航行は、かろうじて人類が果たせる移動だ、ってわけ。


 ちなみに、どちらの大陸も端っこは人類未到の地です。

 正確には北の大陸はその東からぐるっと回って南側は知られている。

 でも、東の海岸線沿いに北へと行くと、海の魔物が邪魔をして危険だから航行できないんだ。同じ理由で陸からも北上は無理。

 知られている中で最北がクッデ村じゃないかな?内陸にはもうちょっと北にもあるかもだけど、僕は知らないです。


 で、南の岸を見ながら西に航路をとったとする。

 同様に魔物の跋扈する地域に当たるんだ。

 そのまま南に行くと、ザドヴァって国の北岸に達する。

 ザドヴァの最も西側は高い山々が連なっていて、この山の向こうは海も陸も未到の地。


 ちなみに、南の大陸はザドヴァの向こうはその通りだけど、その反対側はちょっともっと大変です。

 ザドヴァの東はもちろん我が国タクテリア聖王国。

 そして、ミモザを過ぎてちょっと行くと別の国だ。名をセメマンターレ国っていう。ミモザがちょっと半島みたいに突き出していて、そこから湾っぽい形でちょっとえぐれてるんだけどね、そのえぐれたところの東側、北へと伸びる大陸の途中から北側がセメマンターレ国なんだ。ちなみに国境はネイティ山っていう山を中心としたでっかい山脈です。


 で、セメマンターレ国ってのはそんなに大きくない。

 その東にはさらなる小国も並ぶんだ。

 ちなみにそんな小国の一つが僕の兄貴分で騎士でもあるラッセイの故郷だったりするんだけどね。


 ただ、この東側はどのくらい続くかわかんないんだって。

 ここにも魔物に遮られる海があるんだ。東にも北にも進めないとされている危険地帯がね。



 そういう意味で、ナスカッテ国の東にして、セメマンターレ国の北である、こんな未知なる海を僕らは今、無謀にも航行中、ってことになるんだって。

 こういう未知なる海には未知なる魔物やなんかがいるだろう、って、ドキドキなんだそうです。

 それに、そんな場所だからこそ、遭遇が伝説レベルの魚系の獣人、そんなのがいてもおかしくないって話らしい。


 そもそも海の男・・・、っていうのも変か、女の人もいるもんね、まぁ、船乗り達の間では、魚の獣人さん達がいるのは知られているし、実際、数は少なくても冒険者や商人という形で、いろんな国で働いている人もいるんだって。

 でも彼らがどこから来た、とか、故郷じゃどんな生活をしている、とかは、完全に謎なんだそうです。

 ただし、未知の海域にその国があるんじゃ無いか、っていうのは噂ではあるけれど常識になっているお話なんだって。


 そんな、隣人の国・・・まぁ、国になっているのかもわかんないけど、未知の集落に出会うのは、冒険者にとって、すっごくワクワクします。

 まぁ、海が瘴気にまみれてるかもしれなくて、その影響で彼らが困っているのかもしれないから、ワクワクとか言っちゃうのは不謹慎かもしれないけどね。



 「ダー。戦闘態勢。非戦闘員は避難お願いします!」


 海や魚の獣人さん達の話をメンダンさんやいろんな人に聞いていたら、アーチャが唐突に叫んだよ。

 すでに弓に矢をつがえて、戦闘態勢だ。


 僕はアーチャの矢の先を凝視する。

 お船の左っ側。

 なんだろう?赤い波?


 船の中で船員がワタワタと自分のいるべき場所に移動している中、僕はグレンと視覚を共有する。


 赤い波に見えているのは、どうやら大量の魚の血?

 波のように海水が持ち上がって、小さな魚の群れがその波にのまれている。そして、何か刃でもあるのか、魚が切断されていく。そのとき流れた血が波を赤く染めている?いや、それだけじゃないね。あれは魔石か?

 その魚が持っていた魔石が赤いんだ。それがキラキラと波を反射して、より真っ赤に見せているみたい。


 小さい魚、って言ってもこの距離だ。

 1匹1匹は多分僕の胴体ぐらいはありそうです。

 で、グレンの目でこの距離から見えるぐらいには魔石はでかいってことだよね。


 「パネミスか。」


 魚に詳しいジャネスさんが、単眼鏡を覗きながら言ったよ。


 「パネミス?」

 「ああ。魚のくせに水の中から火を吐く魔物です。回遊魚で時には沿岸にも現れて、船を焼くからやっかいなんですが、それはそれ。体内に油をためていて燃料としても優れてるんで、この辺りじゃいい獲物でもあります。」

 「なんかバラバラにされてるけど・・・」

 「魚型としては並の硬さ、ではあるんですがねぇ。あれだけスパスパ切れるほど柔じゃないです。そりゃ坊ちゃんのとこのパーティなら大丈夫でしょうが・・・」



 ビューン


 「あっ。」


 僕がジャネスさんからパネミスっていうあの魚の魔物の話を聞いている横で、距離が届く範囲に来たアーチャが弓を放った・・・んだけど・・・


 一瞬、みんなフリーズしたよ。

 僕も思わず目を見開いた。

 だってさ、アーチャは風の魔法もまとわせた、強い矢を放ったんだ。

 それに見合うだけの丈夫な矢をね。

 そりゃ、アーチャが届くギリギリのところで、距離は遠いから威力は落ちるよ。

 でもね、波にぶつかったかどうか、って辺りで、矢は跳ね返され、跳ね返りながら、バラバラと細切れになっていったんだ。



 「・・・ねぇ、パネミスって、あんな風に矢を切り刻めるの?」

 僕は聞いたよ。

 ジャネスさんは激しく首を振った。

 「いいや。あれは別の魔法だ。パネミスが使うのは火の魔法。水も風も使わない。」


 うん。

 僕の目から見ても、あれは火の魔法でできることじゃないね。

 切り刻むなら水か風。細かい土ならできる、のか?


 ただ、まずははじかれた。

 だから結界的な物もあるんじゃないかな?

 結界ではじいて、そのあと何かの魔法で切り刻んだ、って考えるのが正解だと思うんだけど・・・


 ビューン!


 アーチャ2射目。

 ・・・・

 結果は同じ。


 船を止めてじっと赤い波を見る。

 動いては・・・いないのか?


 放置すべき?


 波の中で相変わらずパネミスは切り刻まれているけれど、僕らの進行方向ではないんだし・・・

 魔物同士の戦いは、弱肉強食。ううん人間だってそう。自分より弱い魔物を狩るし、こっちが弱ければ捕食される。

 自然の営み、として、放置するのが正解、なんだ。

 そりゃ、こんな惨事を起こしているものの正体が気にはなるけどね。


 なんとなく、これは珍しい物を見た、でいいんじゃない?なんて空気が船を支配した、そのとき・・・


 パシャーン!!!


 大きな音を立てて、高く立ち上がっていた赤い波が突然崩れ去ったんだ。


 その余韻の波が円形に広がるのがはっきりと見える。

 余波が船に近づいてくる。

 船縁をしっかりつかんで衝撃に備えなきゃ。


 そんなことを思っている僕らの目の前で、


 ゴゴゴゴゴ・・・


 音を立てて節くれ立った木、みたいなのが海の中から生えてきた?!


 なんだあれ?


 波があったところを囲うように、岩のような木のような何かが生えてきた?


 キィィィィィン


 それに伴うように音にならない音が僕らを襲う。


 ギロリ


 その音の中から、見えない目玉が、僕らを向いた、ような気がしたんだ。

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