第197話 襲われた人たちのお願い

 「おーい、あんたら!すまんが来てくれ!!」


 襲撃されていた船から声がした。

 たぶん風の魔法に乗せて届かせてるっぽい。

 おじさんの声だけど、なんていうかちょっと切羽詰まってて・・・・


 アーチャや他の乗組員から、なんていうか商会の息子としてじゃなく、冒険者として動きたいように動け、みたいな目を向けられて、申し訳なく思いつつも、僕は、その襲われていた船団のところへと舵を切ってもらったんだ。



 「やっぱりあなたは・・・いや、あんたは宵の明星のダーさ・・・いやくんですね。」


 顔が見えて、声が届くまで行くと、ゴーダンと同じ年くらいに見える冒険者の男の人が、僕を見て言ってきたよ。

 でも、僕には見覚えのない人だったけどね。


 「えっと・・・」

 「あ、俺は、俺たちはミモザ所属の。俺はリーダーのジライガという。いやいいます。」

 ああ、ミモザか。

 僕とアーチャは顔を見合わせた。


 実はミモザって、昔代官が悪さやって、いったん王家預かりになり、今は名前だけは僕が代官ってことになっている場所なんだ。

 我が国の海の玄関で、陽気な漁師と商人の町です。

 ちなみに代官代理で、ずっと統治はバフマのママ=セジさんがやってくれている。

 そこそこ大きな町だから、冒険者ギルドも商業ギルドもあるし、僕たちもよくお世話になってるよ。

 海での狩りはこの町・・・か、その近くの隠れ家?から行うからね。



 そんなわけで、ミモザの冒険者は、っていうか、町の人たちは僕のことを知っている人が多いです。

 ゴーダン率いる宵の明星の冒険者で魔導師。かつ、ナッタジ商会会頭の息子。しかもなぜだが王子になってる、ってことをね。フフフ。実は書類上は僕が代官だってことは以外と知られていないけれど、ミモザに泊まるときは代官屋敷を拠点にしていることは知られているみたいです。


 ミモザの何が良いって、僕のことをこんな風に知ってくれてるのに、基本として町の人は接してくれていること。

 子供達はもちろん、屋台のおっちゃんおばちゃんなんかも、漁船の乗組員なんかもね。

 冒険者たちだって、僕のことはゴーダンの見習いって扱ってくれる。ほとんどはね。そうじゃない人はそもそも王子とか知らないから、当然冒険者として見てくるしね。


 てことで、ミモザの冒険者なら、見習いのダーとして見ている、って感じかな?

 ただし、冒険者然としている宵の明星のメンバーはアーチャと僕だけだし、商船にはナッタジのマークが入ってる。外国ってことも含めて、僕をどう扱うか、面識が無ければ難しいのかもね。


 「普通にダーでいいです。敬語とかもいらないし。むしろ僕、見習いだし。」

 「見習いって、ハハハ・・・あれだけのことを軽々やられると、なぁ。」

 「まだ正式登録できないからね。年齢的に。」

 「それは、まぁ、そうだが。いや、そうだな。ダー、そして宵の明星の諸君、今回は助かった。」

 「宵の明星のアーチャです。ちょっと急ぎで北上中なんですが?」

 「ああ、引き留めて申し訳ない。礼もそうだが、その・・・世話になっおいて申し訳ないんだが、・・・」


 ジライガさん、なんか言いづらそうにしているよ。

 お金のこと、かな?

 本来、助けられたならお礼を払うのは筋なんだけど。でもお金がない、ってことなんだろうか?


 「金は払う。だから、頼む。力を貸して欲しい。」


 えっと・・・・


 お金じゃ無くて?


 「見ての通り、船が動かない。なんとか浮いている船2艘に生存者が分乗しているが、推力が無いんだ。」

 「あれ?でも風魔法使えるよね?」

 声を届かすのは風魔法だ。

 この船にも帆はあるし、よく見れば下層にはオールがありそう・・・って下は潰れちゃって閉めてるのか・・・

 この手の船は、人力でも動くように、船の底からたくさんの櫂=オールが出せるようになっていて、風や魔石がなくても問題無いんだろうけど、ダットンが船の下に敷き詰めるように陣取っていたから壊れちゃったみたいだね。とっくにオールはなくなってるようです。他の推力も船底にあっただろうから、今は帆だのみってことみたいだね。

 それに僕の魔法で船底にはとどめを刺しちゃったのもあるみたい。

 浸水があるようで、うまく処置できなかった船から、2艘に分乗してきたようです。


 「はぁ。声を風で届けるのと、船を動かせるのと、風魔法の質は違う、・・・なんていうのは、坊主には分からない、か。」

 ジライガさんがそんな風に言って、後ろのメンバー=魔導師っぽい男の人と顔を見合わせて、肩をすくめたよ。


 「私じゃ、落下した人のクッションを作るのがせいぜいですよ。」

 あー・・・

 魔導師っていっても、普通はそんなもんでした・・・

 「そんな顔しなくても、ダー君の常識が無い、っていうのはみんな知ってるから大丈夫だよ。」

 くすりと笑う魔導師の人。

 でも、それも失礼だよねぇ。

 まぁ、トレネーとかミモザのギルドじゃ、僕がどんな魔法を使ったか、なんて酒の肴になってるって知ってるけどさ。

 あーあ、またネタを提供したかもしれない。


 「悪かった。そのとにかく、うちの魔導師じゃちょっと厳しいから、できれば曳航をして欲しいんだ。それと・・・ああ・・・銀の、は、いないのか・・・」

 ?

 宵の明星で「銀の」なんて言われるのは、多分ママだろうけど・・・

 「その・・・ダーも治癒、は、できる・・んだよな?」

 「ママほどじゃないけど・・・」


 治癒ができる人ってのは本当に少ないんだ。

 だからママはとっても有名で、でも、ママのことを知っている人は名前とか隠すし、ましてやナッタジ商会の会頭との関係なんて、言わない。

 この人もそれに則ってくれてるみたいです。


 「頼む!!」

 

 僕の言葉を受けて、水平の嵐であろう面々と、他の冒険者っぽくない人たちも、パラパラと頭を下げたんだ。


 「えっと・・・」


 「実は、護衛対象が刺された。俺たちの失態だ。まさか、メイドが・・・」


 それって、さっきの人魚みたいな魚の獣人?

 護衛対象のメイドだった?


 「・・・海へ飛び込んだ人が、若い男の人を刺した、でいい?」


 「!あの距離で見えていたのか?」

 「あなただって僕が見えていたんでしょ?」

 「いや。子供が魔法を使ったからもしや、と思っただけだ。それに髪が輝いたしな?そんなのはダーしかいないだろ?」

 「え?輝いた?」

 「その色とりどりの光が、強く光って見えたからな。夜の空、まんまだったぞ。」


 えーーー。

 それは初耳です。

 僕はアーチャを見たよ。


 「え?知らなかった?強力な魔法を放つときはけっこう色とりどりにキラキラしてるよ?」


 ・・・・・


 まさかの情報にびっくりだよ。


 ま、今は置いておこう。みんなにこの件は要確認です。


 「・・・えっと・・・刺された人を治すってことだよね?・・・アーチャ?」


 一応、いいと思うけど、治癒魔法は本当に貴重だからあんまり人前で使っちゃダメって言われてるからアーチャに確認です。

 アーチャが頷いて、僕を抱っこすると、ぴょーんって船を移ったよ。

 ちょっと皆さんびっくりしていた。


 でも、慌てて、ジライガさんたちが僕を案内するように甲板の中央へと誘導していく。様子を見ていた人は、パーって広がって道を作ってくれたよ。



 刺された人は、背後から1突き。

 皮のベストからも血がじんわり流れている。

 多分お医者さんっぽい人が、布で血を止めようとずっと押さえていたみたい。

 この世界、そこそこ効く薬はあっても速効効く薬はないし、治癒魔法は基本自己治癒力を高めるものなんだ。

 速効で傷口が埋まる、なんてのは、ほとんど見たことがない。ママと僕の魔法以外にはね。


 お医者っぽい人が背中を押さえていたみたいだけど、血は止まっていない。

 アーチャは、押さえている人に変わってもらい、水平の嵐の皆さんに僕の周りを背中を向けるように囲ってもらったよ。他の人はできるだけ離れてもらう。

 アーチャがうつ伏せの男の人を座った足の上に抱きかかえて、その傍らに僕がしゃがみ込む。それを僕たちを背後にして、冒険者が囲っている、って感じかな?


 僕がしゃがんで、アーチャの反対から背中の傷をのぞき込むと、アーチャは押さえている布をそっと剥がしてくれた。

 ベスト、その下の厚手のシャツ、さらに下着、を貫通して、背中にぱっくりと短剣の傷があった。

 僕は、その傷を覆うように手をかざし、イメージする。


 「ヒール。」


 あまりに急ぎすぎてたくさんの魔力を込めると失敗するのは分かっている。

 相手は魔導師ですらない一般人。しかも僕との信頼関係が無いから余計に慎重に。


 それでも、加速化された自然治癒力によって、見る間に血管が筋肉が脂肪が皮膚が、再生されていく。


 見ている僕の手をアーチャが優しく包んだよ。

 僕としては緩い感じで注いでいた魔力を、アーチャが自分の方へ誘導したみたい。

 これで終わり、ってことだよね?


 フー・・・


 僕はちょっぴり大きな息をついた。

 だって、かなりそおーっと注いだからね。緊張したぁ。


 傷口は、ちょっと赤くなっていて、少し熱を持っているみたい。

 でもちゃんと閉じているみたいで、良かった良かった。

 けど、血を失っているのは戻らないから、そこは注意が必要です。

 すでに致死量の血を失っていたら傷だけ治っても仕方が無い。


 なんて話をどうやらアーチャがもうやってるね。


 他にもなんか言ってるみたいだけど、さすがに僕も疲れてて内容までは入ってこないよ。

 だって、ダットン戦の後に、苦手な魔力コントロールを使ったヒールだもんね。

 ちょっぴりぐったり気味の僕をアーチャは抱き上げ、なんか言っている船の人たちを無視して、うちの船へとジャンプしたよ。


 船の人からお礼がどうの、と大声で言われているのを尻目に、アーチャが呪文を唱えます。


 ビューン


 ああ、良い風だ。


 アーチャが放った岸に向かう風が、船団の帆を揺らして、みるみるうちに僕らから遠ざかる。

 むしろ僕らの船、反動で沖へ向かってない?


 僕の疑問を無視して、なんだか、みんなパラパラと定位置に戻っていきます。


 ヨーソロー


 僕らの海路はまだもうちょっと続きます。

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