第194話 海の魔物
『ダーよ。あれは良いのか?』
風がそこそこ良い感じに吹いているからって、僕は風担当から外れて、動力源に魔力を供給していたんだけど、そんなときに相変わらず船首で風を浴びているグレンから念話がきたよ。
どうしたの??
僕は聞いたら、頭の中にグレンが見てるだろう景色が映ったんだ。
って、おいおい、あれ、やばいんじゃないの?
僕はアーチャと一緒に甲板に慌てて走ったんだ。
グレンが見せた景色は、船団が魔物に襲われているらしい光景だった。
走りながら会う人に「船が襲われてるみたい!」って叫びながら通過。何人かがびっくりして追っかけてきたよ。
僕らが航行中の海域は、ナスカッテ国の沿岸は見えるけど、そこそこ離れた沖合。
近くにいた人に聞くと、ここはトゼの都をちょっと過ぎたあたりで、そこそこ漁場としても優れた場所なんだって。
実際、僕らの船が走っているよりもずっと陸に近いところで、貝や魚をとって生計を立ててる人がいっぱいいるんだって。トゼの町に並ぶ鮮魚はこういった船が支えているんだ。
甲板に上がると、グレンが僕に沿岸の方を視線で指したよ。
確かに変な動きをしている船、ってか、船団?何艘かがまるで嵐の中にいるみたいに揺れている。
今は風がそこそこ強いから、波が高いんだけど、それだけではない揺れです。
ただ僕の目では魔物に襲われている、っていうのはわかんないけどね。
そんな僕ら人間の様子を知ったグレンが僕に彼の見ている様子を見せてくれたよ。
ランセルは人間よりずっと視力が良い。
森の中ですら遠くを見渡せるんだ、何もない海なら余裕、って感じです。
僕の目には船が嵐に遭っているみたいにしか見えないかったけど、どうやら何かに体当たりされたり、巻き付かれたりしているみたいです。
一応、応戦はしてるのかな?
多分火魔法っぽいのが船の縁に向かって飛んでいたり、あとは鉈みたいなのでバンバンとぶったたいているのも見える。
ちょっと透明な触手みたいなのが船に絡みついてる?
あれって・・・
「ダットン?」
僕のつぶやきに、単眼鏡を覗いていたメンダンさんがうなずいた。
「そうみたいだな。にしても、なんであれだけいて苦戦しているんだ?・・・いや、違うか。ダットンが群れてる?」
ダットンっていうのは、なんていうのかな?でっかいクラゲとイカの中間みたいな海の魔物です。
わりとどこにでもいるんだけど、それでもそこそこサイズが大きいからあそこまで沿岸にいることは少ないかも。
ダットンって、冒険者にとってはかなりメジャーな魔物です。
水に強くて丈夫な皮を持つから、布としての需要が高いんだ。
普通は1匹ずつだし、攻略方法も確立しているから、狙う冒険者も多い。
特に海で依頼を受けるパーティなら、対ダットン対策はしているはず、って感じの魔物なんです。
僕らも船を持ってるし、ダットンの討伐依頼は何度か経験している。
宵の明星だったら、水面にさえ出てくれれば、全員1人で討伐できるんじゃないかな?素材のことを考えなければ、たけどね。
『ダーよ。じきに沈むぞ。』
僕がちょっと考えていたらグレンが言ったよ。
ダットンの攻撃手段は、あの長い触手だ。
触手を絡めてギュッと絞め殺すんだ。
船だって、触手に捕まったら絞められて壊されるか、そのまま海に引きずり込まれたりする。
討伐もよくされるけど、それはその危険性ってのも考えられてのことだってこともあるんだ。
ダットンって、速度自体は普段は早くない。
でも、その身体は透明で、海上から見つけるのは困難だし、触手が長いから本体は隠れて罠を張ってる場合もあるんだ。
捕まったらとにかく触手を本体と切り離して、全速力で逃げる、ってのが、戦わない場合の賢い対策です。
ただ、普通に泳ぐのはゆったりしてるんだけど、ダットンが追いかけるとか逃げるときに身体に水をいっぱい吸ってそれを吐き出すって方法で一瞬すごい加速する場合があるんだ。そんな風に追いかけられたら逃げ場はないかも。
ダットンも止まれないから、体当たりになっちゃって、普通の船はバラバラです。
ちなみに、「ダットンの体当たりにも負けねぇ」っていうのが、カイザーの自慢の言葉だよ。
「どうしますか、坊ちゃん。」
メンダンさんが、かしこまって言ったよ。
船の責任者は今回はメンダンさんだ。まぁ、船長だね。
だけど僕がオーナー代理みたいなもんだから、究極の選択の時は僕の意見が一番になる、って最初に言われてる。
正直、魔物に別の船が襲われているからって、助ける義務は無いんだよね。
逆に、自分の身内を危険にさらすのは、責任者としてはいただけない。
でもさ、目の前で危険にさらされている人がいたとして、助けられるのに助けないっていうのもなんか違う気がする。
僕はどうすべきなんだろう。
そもそもここは外国なんだよね。
下手したら越権行為とか言われちゃうかもしれない。こういうときはなんちゃって王子の地位も面倒なんです。
「アレクサンダー・ナッタジとして、ナッタジ商会の責任者として、みんなを危険にさらすことはできないよ。」
僕は言った。
メンダンさんやアーチャ、それに集まっていた商会のみんなが、真剣に耳を傾けてくれている。
「でも、冒険者ダーとして、助けられるなら助けたいって思うんだ。だからね・・・」
僕はアーチャを見た。にっこりとアーチャは笑ってくれる。
「アーチャ。アーチャの弓の届く限界まで船を近づけるよ。」
アーチャは不敵に笑った。
アーチャの弓はすごいんだ。
命中率もだけど、風の魔法を使えばその矢は強く遠く敵を貫くよ。
相手はダットンだ。
まさかの群れっぽいけど、ターゲットをこっちに変えられたって、奴らの攻撃が届く前に終えられると僕は
「素材は無視する。あっちの船からできるだけ引き離せば、魔法でなんとかするよ。」
僕がそう言い終わる前に、船は動き出したよ。
僕の気持ちを優先させちゃってごめんなさいだけど、何も言わずに動いてくれるみんなに感謝です。
船は最大速度で、陸に向かいます。
僕らの目にも映ってきたのは4艘の船と、その下にいったい何匹いるんだろうか、ダットンの群れ。
一部触手が船を巻き込んでいるからそれがダットンだって分かるけど、透明なジェル状のものに4艘の船が浮かんでいる、そんな風にしか見えないんだ。
海に慣れたうちの商戦団のメンバーでさえ首をかしげる、群れたダットン。
と、危ない!
一番やばかった船の船尾が沈み、船首が高く空へとそびえ立った。
投げ出されそうになった人に、僕は思わず目を塞ぐ。
びゅーん。
そんな風を切る音が聞こえたような気がして、その瞬間、ダットンとは違う触手のような物が、まだ無事な船から飛び出した。それはどうやに鞭のようで、海に投げ出される直前、その人の足首に巻き付き、一本釣りをしているみたいに、船へと引っ張り上げたんだ。
なんか、すっごい人がいる?
その様子に、僕の周りでも口をあんぐりしてる人がいっぱいです。
よくよく見ると、その鞭は、何回も危なそうな船と往復し、人間を釣り上げているよ。
そんな様子に目を奪われている僕の前で、バキバキって船が音をたてて砕けたんだ。
「ワオーーン!!!!」
そこへ、特大の遠吠えだ。
威圧がこもったその遠吠えはグレンのもの。
僕も近くでビクッてなっちゃったけど、それ以上に威圧をむけられたダットンたち。
海上でゆらゆらしていた触手が一瞬ピーンってなって硬直したよ。
うまいぞ、グレン!
ビューン
僕の左手から風を切る音。
アーチャの弓が音を立てた。
バシュッ
こんな遠距離からでも届くんだ。
高々と海の上に伸ばされた触手にしっかりと矢が刺さり、貫通したよ。
それを見たメンダンさんは、船をゆっくりとその場に止める。
うん、これなら向こうからの攻撃は届かない。
さぁ、あの船達を助けよう!
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