第185話 アーチャのもとへ

 「ここは?・・・っと、お久しぶり、そしておはよう、アーチャ!」

 僕はポシェットを通ってアーチャのバッグから外へ出たよ。

 宙さんのアドバイスで、ママのスープも持って出たんだ。


 「久しぶり、ダー。元気だった?」

 そういうアーチャはちょっとお疲れかな?


 ハハハ・・・


 乾いた声を上げて笑うアーチャ。

 どうやら、アーチャママにいろいろとされて、大変だったようです。って、ウィンミンさんは?

 「たとえ両親にだってダーの秘密は守るよ。」

 なんてウィンクしながら言うアーチャは男前だね。


 どうやら、もともとアーチャの実家のあるリッテンド集落でしばらくいたらしいけど、僕が来るからって、その外れにあるドクの隠れ家まで移動してたらしい。

 うん、そう。ここはドクの隠れ家っていうか、ナスカッテにいたときに使っていたおうちだね。一度冒険者をやめて引きこもって魔法の研究をしていた、その拠点、らしいです。


 ここの周りにはすっごい結界が張られてるの。

 ちなみに樹海にちょっとばかり入ったところにあるから、他の家は全くありません。引きこもるのにいい場所だった、というのはドクの談。

 場所柄&結界のおかげもあって、内緒のものもたくさん保管してあるらしく、ひいじいさんの書いた物もいくつかここにあったんだ。

 アーチャがここにいたってことは、ドクの指示なんだろうね。

 僕ら宵の明星はいつでも使っていいよって許可をもらってるし、結界を抜ける方法も教わってるんだよね。



 「転移だって?」

 僕が持ち込んだママのスープを温めて、一緒にフウフウしながら食べていると、アーチャが言ったよ。うん。ずいぶん寒いからスープが体にうれしいね。宙さん、ナイスです。


 「南部の端から端まで魔法陣使って転移してたみたいだよ。タールの魔物の魔力を使ったみたい。」


 ムーと難しい顔をするアーチャ。

 一応簡単な報告は受けていたみたいだけどね、実際見た僕からの報告は、いろいろと思うところがあるようです。


 「何らかの方法で樹海からあの黒い魔物を転移させたかもしれない、って聞いたんだけど。」

 「そうみたいだね。証拠、とまでは行かないけど、森の精なんかはそう思ってそう。」

 「精霊だろ?自分の森に異質な物が入り込めばそりゃ分かるだろうな。」

 「アーチャは、本当にそんなことがあると思う?」

 「実際、繋がってたのはダーが証明しただろ?少なくともそういうことが起こったってのは、事実だ。あ、そうそう。ダーが証明したあの顛末はセスでも共有したからね。セスじゃちょっとばかり大騒ぎだよ。南の大陸だけじゃなくて、いろいろ繋がってるんじゃないかって、ね。」

 思わず僕が乾いた笑いになっちゃった。

 知らない間に、僕が関わったことで騒ぎになってたらしい。といっても、直接僕が何かしたわけじゃないし、研究はあちらに任せちゃおう。



 「それとレッデゼッサ関連だけど、一応、今パッデたちが探ってる。」

 「え?パッデ?なんで?」


 パッデはわがナッタジ商会の有力スタッフです。

 もともとはザドヴァで行商をしていた人。縁あって今はうちの貿易部門でバリバリやってくれてます。

 「セスなら僕が分かるけど、人の場所ならパッデの方が強いからね。商人の情報力って馬鹿にならないだろ?それに相手も商人だ。顔も商会の主立った者については知ってるらしいし、パッデを中心に商会の人が、レッデゼッサがこっちで何かやっていなかったかって調べてるよ。ちなみにセスの方では樹海で変な魔法が使われた形跡がないかって調べてる。本当に転移なんてやっちゃうんだったら、それなりの痕跡は残るだろうしね。」


 なんか、大陸を渡ったところでもこの件はいろいろ動いているんだね。知らなかったよ。

 それにしても、アーチャも着いてそんなにならないはずなのに、よくそれだけ手配できてるよなぁ、って関心です。

 僕がそんなことを言うと、パッデもすごいから、だって。


 ちなみに、僕がこっちにこの前に来たときにアーチャはお母さんのウィンミンさんに呼びつけられて、いち早くこっちに向かう予定だったパッデも乗ってるうちの船で来たらしいです。


 なんかね、もともとうちの商船ってカイザーとひいじいさんの知識&ドクの魔法の知識で、他より頭1つどころか2つも3つも優れてたって自負してるけど、数年前に合流した元地球の凄腕お医者さまだったモーリス先生の知識が追加されて、さらに魔改造している、らしいです。

 モーリス先生はお医者様で造船とかの専門家じゃないけど、理系の人だから力学的な知識とかも豊富。化学や物理学は全般得意だったらしいです。もちろん生物学は専門家だし、苦手なのは地学ぐらい、だそう。

 てことで、飛躍的にその速度を上げたうちの船。

 僕がこの大陸を初めて訪れたときの自社比1.5倍は速度が出てる、らしいです・・・まあ安全を考えて1.2倍ぐらいでとどめているみたいだけど。1.5倍に耐えられる素材があればいいなぁ、って言ってるらしいです。

 これは彼らの話を聞いたパッデの話を聞いたアーチャから僕が聞いた話。

 うん。単なる噂話・・・だとは思えません、ハハ。




 「で、僕らはどうするの?」

 ある程度雑談混じりの互いの報告を終えて、僕はアーチャに聞いたよ。

 「一応、樹海に潜るつもり、だけどねぇ。」

 「何かあるの?」

 「戦力的なもん。いざとなったらダーのあの魔法があるけど、あれ使うとなると他の人と一緒ってわけにはいかないでしょ?」

 「あれ?セスは知ってるでしょ?」

 「一応うちの集落の人とか、幹部はね。でも全体に知らせているわけじゃないんだ。ほら、受け入れ問題、あるでしょ?」


 受け入れ問題、っていうのはこの国の独特の制度?っていうか、しきたりっていうか・・・・

 なんかね、この国でセスっいうのは特別な集団なんです。

 なんせ人と魔物の世界を結界で分けちゃった英雄に連なる者たちがセスだからね、尊敬もされてるし、とにかく他の民より強いし、ちょっとした自治権的なものまであったりする。

 けど、結界維持とかもあるし魔物の脅威から守るためってのもあるけど、ずっと森の中にとどまっているから、町に住む人からしたら、野蛮人とか田舎者とか、そんな評価もあったりする。

 尊敬と蔑視、恐れと侮り、それらが渾然一体として、さらにという民に、異彩を与えている。


 とはいえ、セスは強く賢い人が多いからね。

 そんな力を取り込みたいとも考えるし、敵対しないように楔を打ちたいってのもある。

 そこでできたのが、受け入れっていう制度。

 国の要請で、国の幹部候補生はセスで数年居住し働くことになっているんだ。

 セスで強く賢くなって国の中枢へと出世していく、そんなルートができている、らしい。


 同国民だしね、セスは多少排他的とはいえ、受け入れた人は同等に扱う。

 けど、その精神的根本までなかなか同じ、とはいえない。

 だから、本当に大事なことは彼らに秘密にする。

 そういう秘密はたくさんあって、その中でも僕のことはトップシークレットになっているんだ。

 僕が小さい頃、初めてここでホーリーを使って引き起こした事件と、そこから生み出された彼らの希望。

 それはセスだけの秘密であり、そのことが原因で僕はセスに民として認められちゃったんだけど・・・


 でも、そっか。

 同行者は誰でもいいってことにはならないか。

 それにセスは意外と多忙だ。

 重要だからって人を裂いてくれるかもしれないけど、そうなると他の仕事に支障を来しちゃうよね。

 うーん、どうしよう・・・



 アーチャと二人、うんうん考えていると、コツンコツン、と結界を外から軽くたたく音がしたよ。

 現実に音が鳴っているわけじゃないけど、そんな気配。

 僕もアーチャも魔力にはそこそこ敏感です。

 二人とも気づいて、互いに目を合わせたよ。


 これは、ノック、かな?


 そんな風にささやき合う。


 コツンコツン。


 またまた音がした。


 僕らは互いにうなずき合って、そうっと結界の外に行くことにしたんだ。

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