第178話 命を賭して・・・
「転移って魔力量的に不可能なんじゃないの?」
僕は、ミランダたちからの報告に首をかしげたよ。
王都からやってきたみんなと情報共有するにあたって、ガイガムが小屋に来たって話が出たんだけど、そういえば・・・って言いながらミランダたちが言ったんだ。
「ガイガムが転移魔法で逃げ出した。」
ってね。
みんなが王都から出てくるちょっと前の話。
ガイガムってば、そのときは王宮に付属する近衛騎士用の施設内にある牢屋にいたそうです。
ほら、一応捕まった罪状が王族に対する不敬罪だったそうで。
まぁ、僕も名目上は王族だし、そんな僕に奴隷だとか詐欺だの魅了使っただのわめいて、しかも物理攻撃、だからね、学校から近衛騎士の方へと身柄は早いうちに移されたようです。
そうはいってもガイガムへの取り調べって、半分以上は、南部始まりの禁制品がらみでの件だったみたいで、南部がらみはパクサ兄様がリーダーのチームメインで調べてたってのもあるらしい。
パクサ兄様があんまりいろんな捜査に口を出すのは、いろんな意味で気を遣うってのもあったとかなかったとか・・・
えっとね、近衛っていうのは王族が持ってる騎士団です。正確には陛下が、だけどね。
で、そのお仕事は王族の護衛もあるけど、領をまたぐ犯罪だったり、貴族どうしのいざこざだったり、あと王都関連の守護もあるかな。まぁいろいろ種類があるって話です。
それでね、ややこしいけど、騎士と憲兵は似てるようで違うけど、違うようで似てる。
騎士はね、貴族個人と主従契約してるんだ。仕えるって感じかな?
一方憲兵は、王の許可を得て領が雇う雇用契約。まあサラリーマン?公務員?
そうそう。傭兵はまた違うよね。
騎士が正規雇用としたら傭兵は非正規雇用って感じ?
まぁ、なにが言いたいかって言うと、パクサ兄様は「騎士団」で働いていて、王都で騎士団って言えば、近衛騎士、なんだよね。
ただここで微妙なのは兄様は王族で、近衛騎士を使う立場なんです。
なのに働いてるって、妙だよね。
でも騎士団に入って働いてるのは事実。
これはね、近衛騎士に関しては広義と狭義があるって認識なんです。
一応、広義で言えば近衛騎士であって、主人は国王陛下、なんです。
国王陛下は自分と家族を守るための騎士と、自分の領地の治安を維持するための騎士を抱えているんだね。で、その治安維持のための騎士を通称「騎士団」って言ってる。正式名称は部署ごとにいろいろあるけど、大雑把には騎士団でいいみたい。
一方で、王族守護の方は「近衛(狭義)」です。
これらは同じ組織であるけど、全く違う組織でもある。
主は陛下で、近衛のトップは宰相、騎士団は将軍、なんだよね。
だからパクサ兄様は宰相の近衛(狭義)じゃなくて、将軍の騎士団の方に所属してるってことになるかな?
といっても、成人したてで特に所属が決まる前に「南部の」、ていうか、はじめは「学生の行方不明事件の」捜査を主導する、ってことからはじまっちゃったから、特殊な立ち位置になっちゃったのも、また迷走してる原因ではあるんだろうね。
迷走。
そう迷走です。
だって、強引に南部へ向かってるんだもん。
えっとね、ガイガムが転移で脱出したって言ってたでしょ?
それって、とある人たちを王族侮辱罪で、(狭義の)近衛詰め所の牢、つまりはさっき言ってたガイガムが捕まっている王宮のそばの詰め所にある牢屋にぶち込んだってことから始まるんだそうです。
2人組の男が、ガイガムと同じような主張、つまりは僕が奴隷で魅了の力があって、王族はそれに騙されて養子に取ったうすのろ揃いだ、なんて酒場で盛り上がっていたんだそうです。それもたまたま、パクサ兄様が友達と飲んでいる席のすぐ近くで!
パクサ兄様は、ガイガムのそんな主張をいやってほど聞かされていたのもあるし、僕のことを、自分で言うのも恥ずかしいけど、かわいがってくれてるからね。かなりカチンときて彼らを問いただした上で、さらに暴言を吐くその人たちを拘束して投獄したんだって。もちろん近衛の施設にね。
そしてそれはその日のうちに起こったらしい。
夜。
牢の中にはガイガムとその2人がいた。
普通の罪状で捕まった人が入る牢屋じゃないからね。もともと使われることは少ないんだよね。てこともあって、男女それぞれに大部屋が1つあるだけです。
で、夜の見回り時に見つかったのは、二人の死骸と壁に描かれた怪しげな魔法陣。
翌朝、ドクが呼ばれ、魔法陣が転移の魔法陣で、二人は魔力枯渇の上生命力まで魔力変換したようだ、ということが分かったんだって。
「あれは、ザドヴァの魔導隊が使っていたやつじゃのう。ペンダントも持っておったし。」
ドクがそう言ったんだ。
以前、ザドヴァっていう隣の国では、リヴァルドっていうドクにも匹敵するんでは?なんて言われていた魔導師のトップの人がいて、国を牛耳ってたんだ。
で、彼は研究機関を作り、優秀な魔導師になれる子を集めては英才教育を施して魔力量を上げつつ、人間の危険回避の本能を弱めた上で生命力まで魔力に変換するような研究をしていたんだ。より強い魔法を、より強い魔導師、ううん違うな、自分の思い通りになる強力な
その、より強い魔法の1つとして、転移の魔法があったんだ。
転移自体はダンジョンなんていう特殊な場所で発見されている。
それと同じように、ダンジョン外でも転移できないか、というのは、昔から研究されていた。
ただ起動に必要な魔力量の確保を考えると無理だね、っていうのが常識で、だからこそ転移の魔法は存在しない、とされていたんだけどね。
でもザドヴァの魔導師たちはそれをやっちゃったんだ。優秀な魔導師の命を使う、なんていう非道なやり方でね。
僕らは、以前、そんな非道な転移の魔法を使った奴らと敵対し、その研究機関を潰したり、代表者も捕まった。ていうか、クーデターで政権が覆って、新政権の代表者たちに確保されたんだよね。そして転移の魔法も封印された、と、思いたい。
ただ・・・・
一度できた技術ってのは、完全には消すことはできない、んだろうね。
ガイガムが消えた牢屋の壁には、そのとき用いられた魔法陣と近似のものだったらしいです。
そして、死んでいた2人の人たち。
彼らの胸にかかったペンダントはあのとき使われていたものの改良型。
自分の生命力も魔力に変換し吸い出すもの。
さらには、それを一定の波形に変換して壁の魔法陣と同化する機能も追加されていたようです。
彼らは魔法陣を描き、ペンダントを使って自分の魔力と生命を捧げ、転移の魔法を発動させた。
ガイガム、という少年を脱出させるためだけに。
どういう経路か、ここの隠れ家にガイガムを送り届けるためだけに費やされた、少なくとも2人の命。
ドクを中心に淡々と述べられるそれらの事実・・・
と、そのとき、僕の体が大きな体に包まれた。
僕を軽く抱き上げ自分の膝の上に置く大きな手。
僕の背中は大きな胸板の中に埋まり、片手で腹を抱えるのは、・・・ゴーダンだ。
そのまま僕をもたれかけさせて、もう一方の手で頭を抱えるように抱く。
そのまま僕をあやすように体を揺する。
何をやってるの?
そう思った僕は、初めて気づく。
自分が、怒りのために魔力を垂れ流していることを。
そんな僕を、不安そうにまたは心配そうに見つめるいくつもの瞳を。
フー。
僕は大きく息をついた。
人の命を軽く操る奴は許せない。
だからって、僕がみんなを圧迫していいわけじゃないのに・・・
ゴーダンが僕の魔力を遮ってくれたようで、こっそりと詰めていた息を吐くみんながいる。
何をやってるんだ、僕は。
ちょっと、っていうか、大分落ち込む。
と、そんな中・・・
ゴーダンに抱かれる僕の目の前に、ちょっと青い顔になっているバンミがやってきた。
しゃがんで目線を合わせたバンミは、正面からゆっくりと僕に手を伸ばす。
殴られる?なんて思って、ギュッと目を閉じたけど、その衝撃はふわっとしていて・・・
優しくゆっくりと僕の髪をなでるバンミに、僕は目を開けて首をかしげた。
「見てきたけどな、一人は知った奴だったよ。行き場も・・なかったんだろうな。」
死んだ2人の、ということかな?
バンミは現場に行ったのか・・・
「ありがとな、ダー。おまえがいなかったら、俺もああなっていたかもしれない。」
ああそうだ。
あの研究機関にバンミは長く捕われていたんだよね。
僕なんかよりずっと、命を奪われる危険の中にいて、でも今は僕のそばにいて・・・
僕は感極まって、バンミの首に抱きついちゃったんだ。
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