第176話 小屋に来た人たち
「離れろ!」
そのとき、ゴーダンが鋭く言った。
条件反射的に、僕たちはその場を離れて、木陰へと飛び込む。
と、同時に魔法陣から独特の淡い光が出現したんだ。
僕らは、ギリギリ目視できるところまで下がりつつ、できる限り気配を消す。
が、そんな気配りはいらない、とばかりに、なんていうか荷馬車?手押し車?大人が6人乗ってぎゅうぎゅうな程度の荷台がついた、まぁ車、だね。
そこに6人ぎゅうぎゅうに座って、疲れた表情の男女が現れたんだ。
その車は、シューバか何かの引っ張る魔獣をつけられるような棒がついてるけど、あとは箱の横に車軸もなく車輪が1つずつ着いてて、棒と反対方向=後ろっ側には板すらない。
2本の長い棒に床と両横そして前側に板を立てて、横板に車を取り付けた、ってだけの車だね。たまぁに農耕用に使っているのを見たことがあるタイプのっぽい?
リアカーの簡易版を人じゃなくてシューバで引けれるようにでかくした、って感じかな?
ただ、現れた荷車には引く魔物はついてなかった。
で、どう考えても移転したっぽい、その荷車から降りてきた男女。
服装は冒険者っぽい?
でもみんな本当に疲れた感じで、中には目の下に隈ができてるし、もとはそれなりのお値段しそうな装備や服だって、ちょっとくたびれた感じ。
だいたい、転移、なんて魔法は伝説の魔法で、ダンジョンでもないこんなところでお目にかかれるものじゃないのは常識なのに、そんな魔法を使ってますっていうようなテンションじゃないし・・・
ただただ疲れた~って顔をしながら、後ろの人は板のないところからズリズリとずり落ちるように降り、そうでない人たちは低い板の上からゆっくりと、うん、ひらりとって言うにはちょっとばかりだる~って感じで飛び降り、次々と小屋の中に消えていったんだ。
しばらく様子をうかがっていると、ゴーダンとヨシュアがそれぞれ僕の肩に手を乗せてきたよ。
ヨシュアは念話って難しいみたいで、ママか僕相手以外は無理みたい。僕はもともと一番得意な魔法だし、ママとは、フフ、愛の力ってやつかな?
まぁ、ママは普通に念話もできるんだけどね。
僕の場合は知っている魔力を持っている人となら離れていてもお話しできるし、感情を読み取るだけなら、知らない人でも感知できるんだけどね。
ゴーダン曰く、普通は体を触らないとテレパシー的な能力は発揮されないものなんだって。離れちゃうと、念話って得意な人でも、なんとなくこの人の考えが分かる、とか、その程度らしいです。
で、よくわかんないんだけど、僕とはおしゃべりできても、僕が他の人と話している内容は分からないんだって。でも、僕に触れているとマルチ通話が可能になるみたいです。
ていっても、お互いの許可っていうの?触れている別の人に話が分かってもいいよって気持ちで触れないと、マルチ通話に参加できないっぽい。
これにはお互いの信頼関係もいるらしくて、あと、その能力に対しての信頼っていうの?そういうのもいるらしいんだ。
なんていうのかなぁ。
知り合いのパーティの魔導師の人はできなかった。
なんでも、固定観念って言うか、そんな魔法があるわけない、って思っちゃうとダメみたい。案外魔法について無知な方がそんなものかって、マルチ通話に参加できたりします。
僕の両肩にそれぞれ手を置いたゴーダンとヨシュアは、まぁそういうことです。
『転移を使えるレベルには見えんな。』
『そもそも、転移自体あり得ないよね?』
『何人か見覚えがあります。間違いないですね。レッデゼッサ子飼いの冒険者です。』
『ってことはトレネー所属か?』
『いえ、たしか2人はバルボイ所属です。あと最後に降りたのはたしか王都所属の冒険者かと。3人は初見ですが。』
『トレネーのは、なしってことか。どうりで知らねぇ顔ばかりだが。』
『バルボイ所属の二人、2番目に入っていった女と4番目の男ですが、彼らのパーティがレッデゼッサ会頭の専属ボディガードみたいなことをやっています。リーダーはここにはいませんが。』
『ふん。で、レベルは?』
『リーダーのビバルがCだったかと。あとは分かりませんが、同じようなレベルかと。』
『王都の方は?』
『すみません。見かけたことがある程度です。が、王都のレッデゼッサ商会の用心棒のようなことをしていたと思います。』
『じゃあ、あの人たちはみんなレッデゼッサの用心棒ってこと?』
『いや違うな。不明の3人のうち二人だが、ありゃあ素人だな。もう一人は用心棒か。』
僕の目からはみんな疲れて戦闘力なんてないような感じだったし、そもそも全員冒険者みたいな格好してるから、素人とかわかんなかったです。さすがにゴーダンは目がいい。って、ヨシュアも分かってたみたいだね。はぁ。プロの冒険者、道のりは遠そうです。
彼らが小屋に入ってしばらくした後、2人の男が出てきたよ。
どうやら魔法陣の上に放置していた荷車を裏に連れて行くみたい。
こっそりと遠目で見ながら2人の後を追ったよ。
小屋の裏側には、トイレ?
サイズ的にはトイレの個室みたいな感じだったけど、どうやら石造りの小屋っぽい?
ここは、なんていうか、森の奥地だし、さらに認識阻害の結界まで張ってあるんだけどね、どういう用心なのか、あのトイレっぽい石の小屋には、さらに厳重に結界が張ってあるよ。
その小屋の横に荷車を置いた2人は、無言のまま、木の小屋に戻っていったから、そおっと僕らは石の小屋へと忍び寄る。
すぐそばにある木の小屋からは、炊事の匂いが漂っていた。
そして、小屋のそこそこ厚い壁を越えて、誰かのいびきの音。
少なくとも、彼らは安心して、休憩モードなんだろう。
僕の感覚に引っかかる彼らの感情も、なんとなくほっとしたような、でも疲れたような。
少なくとも、誰も外に気を向ける人はいないようだね。
「下手に触るのは危険でしょう。」
遠巻きに石の小屋を調査していたヨシュアが言ったよ。
僕よりはずっと魔法陣に詳しいヨシュアだけど、これ見よがしにあちこち石の壁に描かれている魔法陣がどうやら、中のものを閉じ込めてるっぽいんだって。
封印とかそういう魔法陣に似てるって言ってるよ。
「とりあえずは様子見だな。」
ゴーダンが言う。
『様子見なら我らに任せよ。』
グレンが言ったよ。
どうやら転移の魔法陣が発動したらなんとなく分かるらしい。といっても、森の妖精たちが分かるからってことみたいだけど。
小屋から漏れる炊事の匂いに、僕のおなかもうるさいし、今日のところはランセルたちに任せて、洞窟のアジトに戻ろうか。
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