第166話 白い雫の先

 「森の奥にホーリーで白くなった跡が続いてる。」

 僕はアンナに言う。

 アンナには、多くの森の気配の中では、その小さな魔力が無い場所は見えないみたい。

 けど、僕の言葉に、うっすらと物理的に白くなった土を発見できたみたいだ。


 「あれは、今回の魔法の影響かい?」

 「うん。途中でなんか魔力が引っ張られた気がしたんだけど、これだったみたい。」

 「そうか。だったら消えちまう前に、行き先を確かめるかい?」


 ホーリーの影響で瘴気を帯びたものは白い砂状になる。

 もともと土だから、白くなってもそんなに目立たないし、風とか何かが通ったとかで、簡単に消えちゃう。

 なんでこんなところにポタポタと雫みたいにホーリーがかかった土があるかはわかんないけど、ひょっとしたらタールとかの瘴気がポタポタしてたんじゃないかな?

 どっちにしても、瘴気が来た道はあの雫の道だと思うんだ。

 今調べないと、いつ雫が消えちゃうか分かんない。

 そもそもが、これに向かってホーリーを放ったわけじゃなくて、たまたまひっぱられただけなんだし、いったい何に引っ張られたかも分かんないしね。

 アンナとそんな話をして、暗くなりそうだけど、とにかく雫の行き先を確かめようってことになったよ。


 ジャンさんに、ちょっと気になることができたからって、アンナが同行を断ってきた。暗い夜の森は昼間より危険だし、とか言われたみたいだけど、アンナは豪快に笑い飛ばし、それならついてくるっていう言葉にも、あんたの仕事をしろ、なんて言って追い返しちゃったよ。

 まぁ、まだホーリーは、うちの極秘事項だし、何を僕らが気にしてるか、ってのも内緒の中に入るもんね。

 半ば強引に同意を得たアンナと僕は、その雫を追ったんだ。



 その雫は想像以上に長く伸びていた。

 それで分かったけど、道なき道と思ったけど、一応獣道みたいな道になっていた。

 いや、元は道があった、というべきか。

 実際、小さな1頭建ての馬車ならギリギリ通る幅もあり、ぬかるみが乾いた跡のようなところには、轍の名残、みたいなのもあったんだ。



 雫自体は10分ぐらい先で徐々に薄らいで消えてきたけど、瘴気を垂らす物がここを通ったのは間違いないだろうね。

 僕はアンナと相談し、前方に向かってうっすらとホーリーをかけると、新たに雫が浮き出てくる。

 これを繰り返しつつ、先に行ったよ。



 どのくらい歩いたかな?

 ふと前を見ると、雫の行く先に、朽ちた木の塀が見えた。


 どうやら、打ち捨てられた集落のよう。

 魔獣にやられたか、それとも盗賊か。

 先ほど治療した集落と似た感じの小さな集落で、先ほどの集落と違って打ち捨てられたままになっている。

 数戸ある家は、あちこち破壊され朽ちているし、なんていうか、ゴーストタウン感はあっちの何倍もあった。


 ホーリーはそのうちの、おそらくは厩だったろう場所に大きく魔力の無い空間を作っていた。


 「ここで、瘴気の元はしばらく滞在していた、てことかねぇ。」


 厩の中に入るとアンナはいった。


 片隅に特に魔力が消えちゃって地面が白くなっている空間がある。


 と同時に、荷物棚だったのだろうか、壁近くに作られた棚の中央が激しく白化していた。

 そして、その棚の上には複数の壺が置かれ、いくつかはこけて壊れていたり、穴が開いている。


 その壺に、僕は思い当たる物があった。

 そう。

 あの、王都で見たタールが入っていた壺だ。

 大小あるし、どれも手作りのためかいびつな形だけど、多分同じ造りの物。

 そして、その壺の中がどれも一番ホーリーの影響が強く、また、前回同様、怪しい魔法陣が底に描かれてあったんだ。


 アンナと二人、それらを確認する。


 僕らは、この集落の、来た方向とは別の道へもさらに雫が伸びているのを、この厩を調査する前に気付いていた。


 「行くにしても、日をあらためてだね。」

 アンナは言う。

 「今日の所はここまでだ。思ったより時間がかかったしね。さてと、ボロボロとはいえ屋根のある場所もある。ましな家を借りて野営するよ。」

 「野営?」

 「ああ。ジャンじゃないけど、夜の森は危険だ。なんとかなるとは言ってもわざわざ危険を冒す必要も無いしね。それに、ダーのそれには色々入っているんだろ?野営も楽なもんさ。」

 ポシェットを指さしてアンナが笑ったよ。

 アンナにも、今回マジックバックを渡したけど、まだ中身はゼロだ。

 けど、僕のには山のように入ってるもん、確かにたまにはこんな森の中の野営も乙なもんです。


 僕は、言われてポシェットを覗く。まぁ、そういう感覚って感じ?


 ポシェットの空間は整理整頓がされてます。

 もちろん宙さんが偉いんだけどね。

 僕以外は自分が入れた物だけが取り出せる仕様だけど、僕がこの人のバッグに入れるって思えば、その人のバッグから取り出せます。

 でね、バッグってその性質上、自分の物と共通の物があるでしょ?その辺はみんなにフォルダを作って貰ってる。

 イメージで作るんだけどね、分けた場所に入れるイメージ。


 それと、お手紙。

 お手紙は別に用意してもらった空間に入れるようにお願いしたんだ。

 うん、宙さんに。

 他の荷物と紛れちゃ困るし、○○を入れたから取ってください、とか、僕経由で荷物を誰々に渡してください、とかもメモの方が間違わなくて良いでしょ?


 で、です。

 ポシェットを覗くとお手紙が2通あるのが分かったよ。

 開いてみると、1つはママ。1つはゴーダンだった。

 ママはね、シチュー入れたから食べてね、だって。

 早速野営の準備に追加です。


 ゴーダンからは、領都に戻れっていう指令でした。

 あっちでもホーリーできる用意ができたって。


 「だったら、領都に戻ってあっちの家で寝たら良いよ。」

 アンナが、そんなことを言ったよ。

 まぁ、僕だけならバッグからバッグ(一部部屋の備品)へと移れるんだけどね。

 だけど、こんな森の朽ちた集落にアンナを一人置いてけません。僕はこれでも紳士のつもりなんだからね。


 「いいの。今日はここでアンナといっしょにママのシチューでご飯して、アンナと星を見ながら寝るんだ!領都には明日の朝、ダンシュタに戻ってから行くよ。」

 「私といっしょがいいって言ってくれるのは嬉しいけどねぇ。まぁ、あんたがいいならいいさ。けど、帰るのは明日朝一だよ。わざわざダンシュタに戻る意味もないしね。」

 「でも、森の中を一人じゃ危ないよ?」

 「バカをお言いでないよ。私を誰だと思っているのさ。」

 「えっと・・・灼熱の砦のアンナさん?」

 「こらっ。そういう昔の話はいらないって言ってるだろ。でもまぁなんだ。二つ名持ちの冒険者にこんな森は散歩道でしかないよ。あんたに心配されるほど落ちぶれちゃいないさ。」

 「でも・・・」

 「でもじゃない。いいかい。明日朝、あんたは領都へ行く。あたしはダンシュタへ行く。これは決定だ。いいね。」

 「うん。」


 やれやれ。

 どうやらそういうことになったようです。 

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