第151話 商人の審問
パリパリパリ
「リネイ!!!」
ズゥーン
ズタッ
ビュワーーン・・・
続けざまに僕の耳にそんな音がした。
といっても、肉体の耳で聞いたのは、パクサ兄様が叫ぶ声だけだけど。
肉体でない耳にまず、小さくパリパリと砕けるような音がして、そこから瘴気が飛び出すのを感じたんだ。
なんていうか、指2本分ぐらいの黒いかたまりが、壺らしきものからものすごい勢いで飛び出した。
それはどうやら、高い魔力を求めてリネイに向かって飛んだんだ。
僕も、それを感じて、心臓がビクンって跳ねたよ。
と同時に、兄様が「リネイ!」って叫んだんだけどね、その声よりも早くリネイが自分を咄嗟に魔力で覆ったみたい。ズゥーンってね。
黒いのは幸い、リネイを覆う魔力にぶつかって跳ね返された。
凄い勢いだったから、ほぼほぼ飛んできたのと同じ動線で跳ね返され、と、同時にビュワーンって、馬車を覆っていた結界が一瞬で縮んだんだ。
縮んだ結界は跳ね返されてる途中のタールのような物体を巻き込みながら壺のみを覆う濃厚な小さい結界になった。
うん。
ドクの仕業だね。
タールは壺の近くに押し戻されたけど、濃く小さくなった結界へ、ブンブンと体当たりしていて、結界の中の方は揺れている。
今まで7台もの馬車を覆っていた結界が壺を覆うぐらいまで小さくなったから、透明から白い半透明の力のかたまりって感じになっているし、内と外ではギュッ濃厚な魔力が圧縮されているから、中はともかく外側はぴくりとも揺らいでいないのはさすがだけど、あの広くつくっていた結界の魔力量をそのままにしてるみたいで、どれだけギュッと強い結界にしているのか、目に見える感じだよ。さっすが、ドクだね。
「ヒィッ!!」
「アワワ、助けてくれっ!!」
ドタバタって、こけた音がして、続いて大騒ぎする商人たちの声。
それまでは、なんとなくすかした感じで受け答えしていて、パクサ兄様が時折怒声をあげているって感じだったのに、急に騒ぎ出したよ。
「ラッセイ、アレク!!」
ドクが鋭く叫んだ。
ラッセイは大きく頷き、審問中の馬車へと飛び込み、僕も慌ててそのあとに続いたよ。
僕の後から、ドクもゆっくりついて来たんだけど・・・・
声と、魔力で探知していて感じていた中と、今、目の前にあるのはほぼほぼ同じ感じだった。
予想と違っていたのは、審問官の一番偉い人が、結界で固めているとはいえ、壺のすぐ側にいて、一人の騎士が一番高そうな服を着ている、おそらくは会頭をその近くまで襟首を掴んで引きずり出していたってことかな。
商人たちはことごとく腰を抜かしたのか、尻餅をついたり、四つん這いになっていて、なんとか逃げようとしていた。
それを騎士の人達が、押しとどめているって感じ。
まぁ、騎士の人達も戸惑いの色は隠せないし、ちょっとビクビクしてる人もいるけどね。
パクサ兄様は、防御を解いたっぽいリネイにハグされて、背中を撫でられていて、なんていうか、ちょっと茫然自失な感じ?
そりゃびっくりしたんだろうけどね。
急にタールが飛び出してきて、目の前のリネイを襲おうとしたんだから。
先に飛び込んだラッセイがチラッと様子を見て、リネイに何か目で合図を送ると、審問官さんの
審問官さんは、一瞬驚いた顔をしたけど、ニコッと笑って軽くラッセイに頭を下げると、すぐに会頭らしき人に目をやった。
「審問を続けます。」
「やめろ!貴様はバカなのか?それは、その化け物のかけらは、人を飲み込むんだぞ。見ろ、今にも飛び出そうとしているのが見えないのか!!」
息をゼイゼイしながら会頭が言う。
まぁ、確かにタールは結界にぶつかって、内っ側を揺らしているから、いつ壊れるかと冷や冷やもんかもね。
「あなたは、壺に入っていたあの黒い物体が何かを知っている、ということですね。」
「だから、そんな悠長なことをしている暇はないんだ。儂を今すぐここから出してくれ。何でも話す。それは、それだけはまずいんだ!!」
「あれが危ないものだ、とあなたは知っている、そういうことですか?」
「う・・・知らん。儂は知らん。」
「そうですか。では危なくないものとしてゆっくりお話しを伺いましょうか。」
にっこり、と笑う審問官。
「長丁場になるようですね。すみませんが椅子をお願いします。」
騎士に向かって言う。
「ちょっ、認める!なんでも言うから、まずはここから出せ。いや出してください!」
会頭が半泣きになって言ってるよ。
「何を認めるんです?」
「それだ。その黒いのだ!それはバルボイの南、未開拓地に現れる化け物の一部だ。強い魔力を帯びていて、生き物を飲み込み凶暴化させ、同じようにドロドロの化け物にするんだ。」
「それは危険なものなのですか?」
「危険なんてもんじゃない。すべてを飲み込んでドロドロにするんだぞ。人間だってな。」
「そんな危険なものを王都に持ち込んだんですか?」
「・・・危険が無いように結界を張っていたんだ。その壺はビレンゼの中でも優秀な魔導師に結界を張らせていたんだよ。だから危険はないはずだったんだ。それのそばに置いておくと、素材は強い魔力を帯びる。食い物も魔力を帯びて美味くなる。魔力付与の加工剤なんだ。」
「魔力付与、ですか。で、それは許可されたものでしょうか?危険物を町中に持ち込むには許可がいるはずですが?」
「それは・・・ない。秘伝なんだ。我々一部の商人だけが知る秘伝なんだ。申告なんてできるわけがないだろ?」
「はい、無許可、と。ところで、こちらの素材ですが、見たことありませんね。」
「・・・南部で捕れた新種の魔物だ。魔力を強く帯びていて、その・・・黒い加工剤との相性がいいんだ・・・」
「新種、ということは、これも無許可、と。」
淡々と偉い審問官さんは審問を続け、従者の人が書き取りをしている。
会頭らしき人は、段々と諦めムードで話していく。チラッチラッて、壺の方を見ながらね。
「ワージッポ博士。一つ質問ですが、これらの魔力の質、といいますか、魔力量の査定をここでできますか?陛下からお願いするようにと言づかっているのですが。」
「ライネラム殿が来られる前に書面にしてあるよ。いずれも強力な魔力を帯びている。モーメーも含めてな。」
「町中に持ち込みは?」
「無理じゃな。少なくとも王都の塀の中で許可されているレベルではない。工房へと個人的に運ぶならまだしも、不特定多数相手の商人が扱う物ではないな。」
「ありがとうございます。」
「そうじゃ、アレク。おまえさんもこれに対して、何かないかのう?」
「え?僕?」
最悪はいつでもホーリーが放てるようにって準備しつつ、ぼうっと審問官さん凄いなぁって見ていた僕は、急にドクに振られてびっくりしたよ。
「何か、ここにあるものに違和感、とかないかのう。黒い魔力、とか言っておったろ?」
「ああ、うん。ここの素材は濃淡あるけど、黒い魔力を帯びているんだ。」
「それは、王都の禁制品らしきものから感じたものと同じかのう?」
「あ、それは・・・」
ドクに言われて初めて気付いたよ。
王都で、何度かこっちを見られてるようなねっとりとした魔力を感じたし、僕が刺激して活性化したんだろう魔力はいっぱい感じた。
でもほとんどは、強い魔力ってだけで、ほとんど純粋な魔力だったし、うっすらと赤とか青、つまりは属性の魔力も感じたこともあったけど、それはあくまで強い純粋な魔力に属性が微かに乗っているってだけで、色をはっきりと感じるまでじゃなかった。
それどころか、黒い魔力なんて、そうだ、王都じゃ初めてだ。
初めて感じたのが暴走していく馬車に対してだった!
そして、それは、その馬車は、ここにある。
てことは、ここ以外に少なくとも王都では黒い魔力なんて感じてなかったよ!!
黒い魔力自体は、時折北の大陸の樹海なんかでは感じたこともあった。
特にタールが出現するときは、高頻度で感じた。
タールが薄まったのが黒い魔力か、逆に黒い魔力が濃縮したのがタールなんだろうって思うぐらい、その質は似てるって思うけど・・・
そうだ。
王都でタールを感じて動揺していた僕は、ダンシュタでタールじゃなく主に黒い魔力を感じたから、これらを自然と頭の中で一緒にしていた。けど、黒い魔力と出会ったのは、ダンシュタであって、王都ではない。ダンシュタにタールがあったかはわかんないけど。なんせ、ホーリーでいろいろ消しちゃったし・・・
いずれにしても・・・
禁制品事件で出会った強い魔力は、黒い魔力ですらない、僕はそのことに思い至ったんだ。
「王都にあった強い魔力は黒い魔力じゃなかった。王都で黒い魔力はここだけだよ。」
「ということじゃ、ライネラム殿。アレク王子が黒い魔力という質の魔力は、どうもその黒いかたまりと同じ種類の魔力のようでの。王子はそれを黒い魔力として認識できるんじゃ。王子が感じる以上、それらが同質だというのは間違いあるまい。儂には生憎そこまで見極める目がないが、普通の魔力と違和感はあるでのぉ。」
?
ドクも黒い魔力って言ってたのに、黒く見えてないの?
でもタールは黒いかたまりって言ってたのになぁ。
「恐れながら。私にもそれらの違和感は感じます。生憎黒い魔力とまでは視認できませんが異質な強力な魔力であることは証言させていただきます。」
リネイが、挙手をして言ったよ。
リネイも近衛騎士の優秀な魔導師として、力を持っている。
ドクとリネイの意見と、僕の話で、どうやら審問官さんは満足したようです。
「で、博士。ここの魔力を消去する、そう伺っていますが。」
「もうよろしいのかのぉ。」
「はい。こちらの仕事は終わりました。」
「よろしい。では、すべてを引き連れて、王都へと戻っていただこうかのう。ここに残るのは、儂とアレク王子だけじゃ。」
「御意。」
ちょっと途方に暮れてるっぽい騎士の人達を促して、審問官さんは馬車を降りていったよ。もちろん大慌てで降りようとしている商人たちも連れて、ね。
そんな様子を呆けたように見守っていたパクサ兄様。
「俺、いや私は残るぞ。」
かすれた声で力なくそう言う。
でも、リネイに支えられるように立つ兄様に言われても、ってちょっと困っちゃうよね。
片方をリネイが、逆の側面をラッセイが、抱えるようにして、パクサ兄様は降りて行った。
力なく何度も僕を振り返る兄様。
おぼつかない足で、二人に抱えられるみたいにして出ていく。
軽く抵抗をしているような、単に足が、頭が動いてくれていないだけのような・・・
僕とドクは、慌てて、またはこっちに残心しながら、離れていく数台の馬車を、黙って見送ったんだ。
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