第149話 パクサ王子の焦燥

 「あ、パクサ兄様たちだ!」

 外の様子を見ていた僕は、やってきた馬車に気付いて、そう言ったんだ。

 本当は、僕たちの乗ってきた馬車のシューバたちが、誰か来たよ、って教えてくれたんだけどね、へへへ。

 念話みたいな形で家畜たちと意志の疎通ができるのは、僕の特技なんだ。えへっ。



 馬車は2台、けっこう大きめ。

 ゾロゾロと降りてきたのは、騎士の恰好をしている人だけじゃなくて、まさに文官な人たちが数名と、手かせをはめられた人達?


 「審問官とアルドラ商会の者たちだろう。」

 僕が首を傾げていたらラッセイがそう教えてくれた。

 手かせの人たちは、なんか、憔悴しきった感じの人たちと、ぶすっとした表情の人達と大きく二つに分かれて、前者はちょっと旅支度な感じ、後者は商人系。

 ラッセイは、その旅支度の人達は、生き残った、暴走馬車に乗ってた人達だ、って言ってるよ。


 騎士に小突かれたり引っ張られたりしながら、この隔離施設へ入ってくる人達。

 その先頭にパクサ兄様がいて、ここの責任者になってるリネイが兄様の所に駆けつけたよ。

 どうやら、近況の報告、って言うか、変わりないって報告と、ドクが来てるって報告みたいだね。

 パクサ兄様は、分かったって頷いて、こっちの方へ来たんだけど、僕を見て、一瞬驚いたみたいに立ち止まり、ちょっと怒った感じで、ツカツカって早歩きでやってきたんだ。


 「博士、お待たせしたようで申し訳ありません。ですが、なぜここにアレクサンダーがいるのでしょうか?」

 「儂の弟子として連れている、そう言っておったはずじゃが?」

 「非常識にも程があります。陛下の許しもあって、王宮の会議室まではまだ許容範囲でしょう。しかし、ここは安全どころか、いつ黒い魔物に浸食されてもおかしくない、そんな場所ですよ!」


 パクサ兄様は、この前南部に行ったときに、遠征してタールみたいになっちゃってた魔物も見たようです。

 その危険性もしっかり肌で感じ取り、また、これまでの被害とかも実際の経験者からたっぷり聞いていたようで、ここにその一部があるってことも、当然分かってる。

 それがあってのお話で、僕のことを心配してるんだよね?


 「これは異な事。儂が必要と思い弟子を連れている。陛下にも許可を得ての事じゃ。たかだか皇太子の息子でしかない貴公に意見される覚えはないのじゃがのう。」

 ドクが、さも不思議だ、みたいな感じで言うからパクサ兄様は顔を真っ赤にしているよ。

 まぁ、実際、王族だなんだっていっても、陛下の相談役でもあるドクの方が立場は上なんだよね。


 「確かに私はあなたに意見を言う立場にはありません。ですが、私的立場としていうならば、アレクは私の弟です。まだ成人前の身内を保護するのは肉親の役目と承知している。」

 「それこそ異な事じゃろ?アレクは見目は幼くとも、実戦は豊富。パクサ王子、そなたよりも、ずっとな。それにどう見えているかはともかく、この子は春には11よ。成人前であっても、10も過ぎれば働き手として、頭数に入れるのは当然じゃ。親が否定するならまだしも、保護者ですらない貴公に口を出す権利はなかろうて。ご存じかどうかは分かりませぬが、この子の実の親の親権は委譲されておりませぬし、代官として任じられております直轄領、あれらの後継は儂とゴーダンが任じられておる。公的にも保護者は儂らの方じゃてのう。」


 そうなんだよね。

 この世界じゃ、だいたい7歳ぐらいになれば、平民だといっぱしの働き手として、家業の手伝いをしたり、奉公に出される。実際はもっと小さい頃からお手伝いって形で働かされるけどね。

 それが10歳ぐらいになると、ほぼほぼ成人と同じくらいの仕事内容を与えられるんだ。商人だったら小さい契約だってまとめられるぐらいになる。

 もちろん扱いは見習いだけど、やってることは能力に合わせて大人と同じ、ってのも少なくない。


 貴族でもそれに近くって、10歳ぐらいになったら、親の仕事の手伝いに連れ回されたり、社交界デビューだって普通。子供だけのお茶会だけじゃなくて、ちゃんとした公式な夜会に出て顔を売るのも大体この頃からなんだ。

 これはあくまで普通なら、って感じで、いろんな形のパーティーがあるから、それこそ赤ちゃんでも連れ歩く貴族はいっぱいいる。あくまで、パーティーに出て、自ら挨拶したりされたりするようになるのが、だいたい10歳目処だって話だね。



 だから、ドクの話は納得なんだ。

 春には11歳になる僕なら、一人でもお仕事を任せられる年齢。

 実際、僕はずっと小さい頃から冒険者としても商人としても、それこそ代官としても、ちゃんと実績を上げてるつもりだよ?

 そういう意味では、ここ1年で騎士のお仕事をするようになったパクサ兄様よりずっと現場経験は豊富。まぁ、社交とかは完全に兄様が上だけどね。


 「しかし!アレクは、私の弟で、陛下も愛する王子だ。危険に合わせるような場所にこんな小さな子を連れ出すのは間違っている。」

 「パクサ王子、冷静になりなされ。先ほどもいったようにアレクは貴公より場慣れもしておるし、何よりもここには儂の弟子として、宵の明星のメンバーとして立ち会っている。この事件、依頼としてあらためて受けた、そのはずじゃが?」

 ドクがラッセイに目線で問う。

 「ええ。失踪事件の件は終了しましたが、先日、南部から持ち込まれた禁制品の調査をあらためて受けてます。それもあって、ダーたちが王都の商会を探り、騎士団による告発に繋がったはずです。」


 僕がウロウロしたら、魔力に刺激された形で禁制品レベルの魔力を持った素材が、あちこちで魔力をまき散らすようになっちゃった。それを利用する形で、その魔力を頼りに摘発を始めたってのが、今回のきっかけでもあるんだよね。

 でもね、さすがに暴走馬車事件は僕とは無関係だけど。

 ただ、根っこが同じだし、黒い魔力やそれの凝ったタールみたいな魔力について、この大陸で対処できるのは、正直僕ら宵の明星ぐらいだからっていうんで、ドクがとりあえず隔離したってのが、真相だったりする。


 「パクサ王子よ、そういうことじゃ。それにのう。この件についてじゃが最終処理を儂が陛下から請け負っておる。その処理は儂とアレク、二人で行うのは決定事項じゃ。少しでも早く、少しでも安全に事を済ますには、こんなところで油を売っとらんと、さっさと貴公の仕事を済ませてもらえんかのう?そっちの審問が終わらんことには、儂とアレクの仕事ができんからのう。」

 「は?どういうことですか?どうしてアレクが?当然、私が立ち会います。博士の助手がいるなら私がします。アレクの代わりに私が!!」

 「無理じゃの。」

 「!なんと申された?」

 「じゃから無理なのじゃ。」

 「私では役不足とでも!?」

 「まぁ、そういうことじゃな。」

 「クッ!馬鹿にするのも!」

 「やれやれ。馬鹿にするとかそう言う問題ではない。そもそも貴公では魔力量が不足なのじゃ。あの黒い魔力に対抗するには魔力が多いほど良い。本当は審問も貴公ではなく儂かアレクがすべきじゃと、儂は思っておる。」

 「なにを!」

 「落ち着きなさい。貴公がアレクを大事に思う気持ちは分かる。じゃが、貴公も王族の一員なら、必要な危険をためらうべきではないぞ。いいか、もう一度言う。儂らの仕事には膨大な魔力が必要だ。貴公には立ち会いすら認めるわけにはいかん。」

 「!!・・・私は、・・・私だってラッセイ殿と、魔力量は変わりません!ですから!」

 「そうじゃのう。じゃから、ラッセイも処理の時には離れるぞ。」

 「でしょ、だったら私も!・・・へっ?ラッセイ殿が?だって、あなたはアレクの近衛で・・・しかも誰よりもアレクが大事だと・・・」

 「恐れながらパクサ王子。自分はアレクサンダー王子が大切だからこそ、足を引っ張ることはしたくないのですよ。当然、大魔法の折には、自分は下がります。」

 「なん・・・で・・?」

 「この子を大切に思うと同時に、彼を信頼していますからね。」

 「・・・チィッ・・・ではせめてリネイなら!リネイ、団長として命じる。博士の言う処理の折、我が弟を守護せよ。」

 「・・・恐れながら、殿下。私もラッセイ殿と同じ意見です。博士が残れというなら当然残りますが、私もアレク殿下の足を引っ張るつもりはありません。」

 「何を言う。リネイは我が騎士団の中でも最高の魔導師じゃないか。足をひっぱるなどあり得ん!」

 「殿下。私は宵の明星とも知己であります。任務も共にこなしました。私とて聖王国の魔導師として己に自負もありますが、自分を過大評価するつもりはありません。このお二人からすれば、こと魔力量においては私など足下にも及びませんよ。まぁ、さすがにアレク王子より技巧には優れているつもりですけどね。フフフ。」

 最後はリネイが僕にウィンクして、そう微笑んだよ。

 どうせコントロールは、誰よりも下手ですよーだ!


 パクサ兄様と僕たちのやりとりを見て、放置された形になってる騎士とか審問官、手かせの人達が、目を白黒させたり顔を青くしたり、忙しい百面相をしながらも、黙ってる。

 ドクが、そんな人達を見て、また、リネイに言われた兄様を見て、はぁ、ってため息をついたよ。


 「とにかくじゃ。処理を行うのは儂とアレク。これは決定事項じゃ。その前に騎士団による審問を済ませるのじゃろ?であれば、早う終わられよ。こと、アレクの身を案ずるなら、なおさらじゃ。」


 納得がまだいかない、って顔をしつつも、パクサ兄様はそれに頷いた。

 踵を返し、馬車が集められている、もう一つの内側の結界の中へと入っていったよ。



 「悪かったな、アレクよ。当て馬のように扱ってすまなかった。パクサ王子はこのままでは自信が空回りしてしまいそうでのう。これも貴人として育つことの弊害じゃのう。彼は確かに凡人の中では優秀じゃが、あくまで能力は何をとっても上の中がせいぜいじゃ。ここらで自分の能力の限界を知っておかんと、お国のために役に立たなくなる、と皇太子が嘆いておったから、ちょっとばかりお節介を焼いてもうたわ。」

 ?

 僕が兄様よりずっと魔力量が多いのは、僕にとって単なる事実だったから、ドクがそんなこと思いながら兄様と話してるなんて思ってなかったよ。

 まぁ、ドクにしては、なんか意地悪なこと言うなぁとは思ってたけどね。


 まぁ、どっちにしても、早く瘴気を消さなきゃ、王都だって危険なんだ。

 こんなところで、自分の仕事を横に置いて、僕にかまけてちゃだめだって、僕も思う。


 僕?


 僕はやることをやるだけだ、って思ってます。

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