第145話 僕のできること

 結界の中に入ろうと騒ぐ人達をガン無視して数分。


 「ダー、私だ。アンナだ。憲兵を連れてきたから開けとくれ。」

 聞き覚えのある声に僕はホッとして、僕らが入ってきた外側の扉の方の結界を消したよ。

 ダンシュタの憲兵さんは知り合いも多いし、信頼関係もある。

 僕が結界を張ってる段階で、中に人を入れるべきじゃないって判断して、アンナの要請の前に、非常線を張ってくれたようです。


 で、アンナと数名がバタバタって中に入ってきて、一瞬空気が固まった。


 彼らの目にまず映るのは、倒れたモーメーと、その前に横たわるような服?

 そして、今や四つん這いをこえて正座状態で床に突っ伏し、文字通り頭を抱えている、上と下から出た液体とか固形とか・・・まぁ、察して欲しいものの真ん中で、ブツブツと何かを言っているらしい料理人。しかも傍らには血まみれの肉切り包丁。

 さらにその先は、結界に阻まれて入れなくてわめいている、店の関係者らしき人々。


 こういうのが一目で見えたから、憲兵としていろいろな事件に遭遇してきた猛者たちも、一瞬固まったみたい。


 けど、アンナはそれを一瞥。少し眉をしかめると、ゆっくりと周りを見回したよ。


 「これはどういうことだい。そっちはなかったよね。」

 アンナが、新しく出てきた空間を見て言う。

 どうやら、その辺りで縛られた人の縄を外していたゴーダンに声をかけたようだ。


 そんなアンナの言葉に憲兵達の視線もゴーダンへと向く。

 人が縛られて転がされているのに気付いたのだろう、さすがに憲兵さん。慌てて救助に向かったよ。

 偉い人だろう誰かが、後ろの方に向かって担架をいっぱい持って来いって叫んでる。

 なんていうか、田舎町だけど、憲兵さんの動きが凄くって、自分の住んでるところの憲兵さんは素敵だなって、こんなときなのに嬉しくなっちゃった。

 そんな風に強引な感想を持っちゃってること自体、逃避だよね、ってのもわかってるんだけどね。


 そんなことを思ってたら、ふわり、って身体が持ち上がったよ。アンナが抱っこしたみたい。いつもより強く抱っこしたまま抱きしめられていて、ちょっと恥ずかしい。

 「大丈夫かい、ダー?よく頑張ったね。」

 そう言って抱きしめられて、僕は自分がブルブルと震えていたことに気付いたよ。

 なんで?


 そうこうしているうちに、店側の結界の向こうが、より騒がしくなった。

 どうやら店の方からも憲兵さんがやってきて、集まってた人を連れてったみたい。

 お店ごと憲兵さんの管理下に置かれたとかで、僕はアンナに抱かれたまま、ナッタジ商会に戻ることになったんだ。



 そのまま就寝しての、翌日。


 ゴーダンが憲兵と一緒にいろいろ調べて、代官にも報告に行き、帰ってきたのは翌夕刻で。

 いったん家に帰るかって話も出たんだけど、ホーリーの余波っていうか、ところどころで白い砂に変わったものがあったらしく、商店の集まるこの辺りは、色々ザワザワしていたから、もうちょっと様子見で商会に留まっていたんだよね。


 代官様のやることは、ビックリするぐらい早かったよ。


 はじめは、白い砂にされた商品がどれもこれも高級品だったらしくって、各商店から、盗賊が出た、なんて騒ぎ始めたんだそう。

 朝、商店に入ったら大事な商品がなくなっていて、白い砂がまかれていたって思ったようです。

 昨夜の大捕物?レストランで何か騒動があったらしい、ってぐらいは情報を掴んでいた各商店主は、その騒動に隠れて自分ちの商品が盗まれたって思ったようで、事件として憲兵に訴えたってのが、真相だったようだけどね。


 だけど、朝の段階では、白い砂は、黒い魔力を帯びていたいわゆる禁制品が僕の魔法で変質したものだって、お代官様とか憲兵さんたちに情報が回っていたから、被害者のところに乗り込んで、次々に逆に逮捕して回ったんだって。


 何がなんだかわからないまま拘束された商店主とか一部の従業員たちだけど、彼らは、とある商会の商品を言われたままに扱っていただけだ、なんて話したそうです。

 とある商会。

 そう。アルドラ商会だ。


 揃いも揃ってアルドラ商会の荷を扱い、しかも白い砂になったものは、全部かの商会から買ったものだって言うんだもん、確定だよね?


 当然憲兵もそう思って、アルドラ商会を探したようです。

 実際、昨日、僕たちはアルドラ商会の馬車を見たし、聞き込みで分かったことだけど、結界の向こうにいたモーメーたちは、まさにその馬車に乗せられていたらしい。

 けど、どうやらゴーダンが帰ってきた段階では、彼らの足跡は発見できなくて、探してはいるけど、多分もうダンシュタからは出ちゃっただろう、ってことなんだ。


 「てことで、王都に戻り、例の事件の調査関係者にこれを渡してくれ。」

 ゴーダンが、手紙?を差し出して言ったよ。

 なにが、「てことで」なの?「例の事件」ってなにさ?!


 その手紙は、そこそこ分厚くて、封筒は蝋で閉じられ、代官の家紋が押されていたよ。


 「今回の件は、王都の南部関係のと同じ根っこだろ。今回分かったことも含めいろいろそこに書いてある。詳細は向こうで聞け。俺はこれからトレネーに急ぐ。リュックを持っていくから、これで3都市移動が可能だろ?」

 そう言うと、急いでるのか、返事もきかずにゴーダンが出てっちゃったよ。

 なんだよー。


 目を白黒させつつ、ゴーダンに怒ってると、アンナが苦笑して言った。

 「まぁ、そう怒ってやらないで。ダーを便利使いするのはあいつも不本意なんだよ。けど、相手の連携が気になるってのは、前々から言ってたからね。他までは手が回らなくても、ダンシュタ、トレネー、タクテリアーナ、それらにダーが時を置かず移動できるのはありがたいのさ。大変だろうけど、手伝ってくれないかい?」


 昨日のうちに、僕がダンシュタの自分の部屋にリュックと同じ出入り口を作ったって話は、二人にはしたんだよね。

 リュックをトレネーに一刻でも早く運ぶために、ゴーダンは無理して移動するらしい。

 ゆっくりの商人なら10日、そこそこの冒険者が急いで5,6日はかかる。

 ゴーダンならその半分で強引に行くんじゃないか?ってアンナは笑ってるけど、それって寝ずにシューバか他の足の速い魔物を使うってことだよね?すっごく無茶な話だよ?


 「それでもね、無茶を通すのがてっぺんの冒険者ってもんさ。瘴気を都市に持ち込むなんてのは、そのぐらい無茶して止めなきゃならん事案なのさ。樹海に魔物を押し込める前の北の大陸、そんなのを招きかねないからね。」

 そのための情報の共有。

 瞬時に届くモールスなんてあっても、直に見た人間の言葉を目の前で聞く利と比較なんてできない、そう言うと、アンナは僕の頭を優しく撫でた。


 「本当は、ダーの役割を私もゴーダンも替わりたいんだけどね。こんな子供に任せることじゃないのは百も承知なのさ。悪いね、ダー。あんた以外にできないからねぇ。」


 僕が思ってたより、随分大きな話だったようです。

 どうやらダンシュタや王都だけじゃなくて、方々で似たように中毒らしい症状が出てるそう。

 トレネーではまだそういうのはないそうだけど、逆にそれが怪しいってヨシュアが探っているそうで・・・


 僕は、知らなかったとはいえ、何を文句言ってるのかって、自分が嫌になっちゃうよ。僕の大切な人達になんて顔をさせちゃってるの?

 目の前のアンナは、本当に申し訳なさそうに僕を見ている。

 そんな顔をさせたかったんじゃない。

 みんなでワイワイと笑っていたいだけ。

 人使い荒いなぁ、なんていう軽い気持ちでわがまま言っちゃった自分に怒鳴りたい気分だ。


 「えっと・・・僕は王都に戻ったら良いの?やったー!ママにシチュー作って貰うんだ!!」


 僕が無理矢理テンション上げて言ったって分かってるんだろうけど、アンナは呆れたような顔をして言ったよ。

 「いつまでもママ、ママじゃ、弟に呆れられるよ。」

 「へへ。じゃあ、言ってきます。」


 そう言うと、僕はポシェットに入ったんだ。

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