第143話 レストランの裏倉庫で
ゴーダンに呼ばれて飛び込んだレストランの裏倉庫。
そこには肉切り包丁を構えた血まみれの料理人と、喉をカッ切られ、ゴーダンに抱えられた男、そして、うっすらと黒い魔力を纏って、口や胸を赤黒い血で染めた、一匹のモーメーがいた。
それに一瞬ひるんだけど、アンナはゴーダンに言われると、踵を返して飛び出していった。
僕は唖然とその光景に固まるだけだ。
次第に、僕の目には、ううん、肉体の目ってわけじゃなくて、魔力を感じる目ってことだけど、そっちの目には、不思議な光景が映っていることに気付いたよ。
それは、モーメーだ。
それに、ゴーダンに抱かれてる人。
「ダー。大丈夫か。」
ゴーダンが静かに言う言葉に、僕の意識はちょっと覚醒する。
「うん。」
「わかるか、これ?」
「・・・うん。」
ゴーダンが言うのは、僕の捕らえているこの魔力だろう。
僕の目には、不可思議な光景が映る。
そう。
うっすらと黒い影。
北の大陸に樹海って呼ばれる場所がある。
その奥は魔物の領域。
溢れるばかりに濃密な魔力に満ちていて、黒く靄って見えるんだ。
たぶんいろんな種類の魔力が混ざり合って、僕には黒っぽく見えるんだと思う。ほら、絵の具だって色々色を混ぜちゃうと最終は黒くなるじゃない?あれと同じ理屈だろうってモーリス先生が推測していた。
もともとは多種多様な魔力だったとしても、ある程度混ざっちゃったモノは元の色に分かれるわけじゃない。それも絵の具の色を混ぜるのに似ている。
黒い魔力って、その色と、息苦しくなるようなゾクッとする感じから、僕には瘴気って感じちゃう。
はじめて出会ったときにその魔力をそう感じたから、僕には瘴気としか感じないけど、魔力にも存在にも聖邪の感覚がないこの世界の人には、ずっしりと濃密な魔力だって感じるだけみたい。
だいたい魔力に色を感じるのは、その人次第なんだって。
僕には火は赤、水は青・・・みたいに属性によってなんとなく色で感じちゃうけど、これはどうも前世からのイメージが強いみたい。
僕は当たり前みたいにそうやって感じてたけど、そもそも誰かが使う魔力の属性が分かる人は少ないし、分かる人の分かりかたって千差万別なんだそう。
あのね、前世日本人にとって赤と青があったら、女の子に赤、男の子に青を配りがちじゃない?性別で決めるのはどうも、っていう平等の考えは当然で男女とも逆の色が好きな子はいる、ってのは置いておいて、多くの人のステレオタイプな感覚だとそうじゃない?
でもね、モーリス先生いわく、中世ヨーロッパだと男の子が赤で女の子が青とか緑なんだって。
そんなこともあるし、色とイメージは時代や場所、文化で変わるんだそう。
僕の場合は、産まれてすぐに前世のことを思い出したって事もあり、精神のベースにはあの世界の価値観がデーンって残ってるらしい。
で、そんなこともあって、樹海の濃密な魔力が僕には瘴気と感じ、聖なる力で打ち消せる、って思っちゃったってことみたいです。
で、今・・・・
僕の目の前のモーメーは、その瘴気を帯びた魔力を発し、そして、命が閉じてしまってそれでもポタポタと男の人の首から流れる血からも、うっすらと瘴気が感じられているんだ。
その違和感ったらないよ。
モーメーに限らず、そして、ゴーダンに抱かれてる人に限らず、生きとし生けるものは魔力を帯びている。ううん。正確にはこの世に存在するものはすべて何らかの魔力を含んでいるんだ。
でもその魔力には濃淡はある。
場所にもよるし、種族にもよるし、個体にもよる。
人を含む動物には、体内に魔力を巡らせる道があって、この循環を体内外に動かすことによって魔法が使えたりする。ただ、外部に影響を与えるほどに強い魔力を持つものは、人間だったら魔導師なんて言われてて、希少だったりする。
前世でわかりやすく言うと電気かな?
動物だと脳があって、脳が電気信号を流すことで命令し身体の各所が動く、ってのは常識だ。けど、実際に今自分の脳が電気を使ってますって分かる人なんていないし、意識して電気を動かせるわけじゃない。
だけど、身体自体に電気を帯びて、冬場なんかそれが放電するってこともある。そう。パチッてする静電気。あれだって、種類は違うけど、体内に溜められた電気であって、これは外部に放出すると感じられるし、なんだったら、逃がす方法だってわかってたり、わざと静電気を発生させたりもできるじゃない?子供の頃やらなかった?下敷きとかで、髪の毛ゴシゴシやって、髪を逆立てるの。
電気じゃないけど魔力もそんな感じ。
生きてて自然と使う魔力もあれば、意識的に使う魔力もある。
とくに意識的に使う魔力っていうのは、ある程度魔力を持ってなきゃ難しい。外に溢れるほどの魔力がないとね。これを押しとどめて見えないようにコントロールするのも必要だけど、僕が苦手だったりするのはこれだね。
ちゃんとコントロールしないと魔力は溢れ出す。
そう、目の前のモーメーのように。
でも、モーメーっていうのは本来魔力は少ないんだ。
多くの魔物っていうか、生き物は外に魔力を溢れさせることができるほどの魔力は持っていない。それだけの魔力があれば何らかの魔法を使うはずなんだ。
モーメーは顔は怖いけど、大人しいし、家畜の定番にされるほど、魔力だって少ないんだ。特殊な場合を除いて家畜を世話するのは庶民だし、そういう仕事についているほとんどは魔導師ほどの魔力は当然持ってないから、魔力が多い動物の世話なんてできないんだ。
モーメーなんて、魔力の道を通す前の子供だってお世話ができる定番の魔物だもん。間違っても、魔力が溢れて見える、なんてことはないんだ。
ちなみに・・・
黒く見える障気のような魔力は、どうやら魔力として濃厚で、魔力を感じる力が低い人でも感じ取れるらしいんだ。
僕たちは北の大陸へも何度か足を運んで、樹海の魔力の研究っていうのかな、いろいろ調べてるし、研究者からもいろいろ聞いているから、間違いないよ。
普通の人でも、違和感を感じるぐらいの濃い魔力が黒い魔力で、当然のようにあれが見える僕やゴーダンだけじゃなくて、ブルブルと肉切り包丁を持って震えている料理人だって、感じているだろう。
それに、あの流れる血。
モーメーの口周りや胸の毛についている血はさすがにもう魔力を放っていないけど、それに見る見るその濃度が下がっているのは見えてるけど、ゴーダンが抱いている人が流す血からも、黒い魔力が湯気のように立っているのが見えている。
死ねば体内から魔力は急速に逃げていくし、よっぽどじゃなければ肉や革に魔力が残ることはないけど、そのよっぽどのことがあるものは高級素材として重宝される。消耗品なんかはいかにこれを残存させるか、なんて技術もあったりするらしい。
僕の違和感。
それはあの黒い魔力だ。
タールのように黒くねっとりとしているわけじゃないけど、その前段階のように黒い煙のような瘴気漂う濃い魔力。
それを、なぜかモーメーが発している。
そしてあきらかに魔力を持たないって言ってもいいレベルの人の血から溢れる黒い魔力。
ありえない。
そう、あり得ないハズなんだ。
ただ・・・
そっか。
そうだ。
僕は知っている。
あの黒い魔力がなぜ危ないのかって話と繋がること。
あの黒い魔力は強力であらゆる属性が混沌として、すべてを内包した、でも一つのものだってこと。
そして、長くそれにさらされると、悪影響が出るって事。
魔物は長く樹海に住むと、強力で凶暴な個体になる。
それはセスだけじゃなくって、北の大陸じゃ常識だ。
それは人間にだって該当し、強くなりたくて、樹海で過ごす者だっている。あまり、っていうか、全然推奨されてなくて、むしろ危険だからって禁止されていることだけど。
セスの強さは樹海で生きるからだ、なんてのも囁かれていたり。
実際、樹海で過ごすと魔力が強くなるらしい。
けど、性格が凶暴になったり、狂う人までいるから、禁忌でもあって、樹海に潜るのは魔力の強い人で、それも時間制限だって設けられているんだ。
少なくともセスたちの常識では、黒い魔力だけは、後天的に魔力の強化ができるって知られている。この大陸で知られているとは思わないけど、知っている人がいてもおかしくない。国交だってあるんだから。
でも、あれは樹海だから、だよね?
なんでダンシュタにいるモーメーにこんなことが起きる?
どう見ても一般人の彼に、あんなことが起きてるの?
僕は、頭の中に何で?がいっぱいで、じっと見て固まっていたようだ。
「ダー。ダー!大丈夫か?」
「う、うん。」
「これは、お前の言う瘴気だ、そうだな?」
「・・・たぶん。」
「だったら、ホーリーだ。」
「え?」
「ホーリーをかけてみろ。」
でも・・・
ホーリーはなぜか瘴気を消せる僕のオリジナル魔法だ。
いろいろ教えても、今のところ他の人にはできないんだ。
そして、これには謎がいっぱい。
ホーリーが効くのは基本的に瘴気なんだ。
それは瘴気を帯びたものから一切の魔力を消す。
言ったよね?
魔力はあらゆるものに満ちている、って。
だけどね、ホーリー。
これだけは違う。
瘴気とホーリーが出会うと魔力が消えるんだ。
魔力がないものってのは、この世界に基本的には存在しないから、なぞ現象が起こったりする。それがホーリーを使うのをためらう由縁なんだ。
えっとね、魔力がなくなったからって永遠になくなるわけじゃなくて、困ったことにその空っぽのところに魔力が吸い寄せられるんだ。その吸い寄せられ方も色々で・・・
それに瘴気に吸い寄せられるようにホーリーの魔力は流れるから、僕がなんとなくこの店全体に感じている黒い魔力に影響するだろうって思ってる。僕のコントロールがこの中だけできくわけがない。いやな自信だけど・・・
だから、僕はゴーダンの言葉にためらったよ。
ゴーダンだって、僕が知っていることは全部知っている。
なのに、ホーリーって言うの?
僕が見るゴーダンの目は、何かを決断していた。
だから、僕は大きく頷いて、極力魔力を絞り唱えたよ。
《 《 ホーリー 》 》
独特の静謐な白い魔力が辺りに無音の爆発をする。
白い世界
パリン!!
その時、ガラスが割れるような音を、僕は感じた。
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