第140話 ダンシュタの調査を始めようとしたら

 タクテリア聖王国トレネー領ダンシュタ。僕の本拠地って言っていいところ。

 治世者養成校に通っていろいろお勉強したし、その前から保護者たちから教わってたからある程度把握していたけど、この国の土地の仕組みってのは、ちょっぴり複雑で、ちょっぴりわかりやすい。

 まず土地はすべて王様のモノ。

 王様が、自分で全部みるのは大変だからと、いくつかのブロックにわけて領とし、領主を置く。で、領によっては無茶苦茶広くて領主だけだと大変だからと、さらにその中をブロックわけして代官を置くんだ。これは領主の自由だけどね。

 王様が直轄地としてどこの領にも所属させない土地もあるし、同じように代官を置かず自分で領主が治める土地もある。前者の例が王都タクテリアーナであり、後者の例がトレネー領都トレネーなんだ。

 ただ、実質領主だとか代官は世襲が中心だし、一般市民はお代官様とご領主様の違いなんかはほとんどわかってないけどね。普通の人が見る貴族なんて、良くて代官。

なんだったら王様なんて空想上の生き物って思ってる人もいるかもね。


 ややこしいから強引に前世に当てはめると、王様=国、領=県、ダンシュタみたいな各地域=市、って言えるかも知れない。全然違うけど。あくまで規模でいうとね。何がどう違うかって言うと、一番分かりやすいものとしたら税金かな?

 この市にあたる組織=代官が徴税する。で、集めた税金から市が県に一部を納税。県がその中から国に納税する。

 納税額がいくらになるかってのは、逆に国から県、県から市、市から人民に指定する。ね、税金一つでも人民はお代官に納めてるって思うでしょ?


 で、このにあたるダンシュタみたいな町がお代官様の本拠地だけど、都市みたいに大きくない、それこそ村とすら言えない規模を含めて、たくさんの集落が周りにある。ナッタジ村みたいにね。

 それらを含めて大きくはダンシュタ、って呼称したりするんだ。そう言う意味では、お代官が責任を持つ領土全部の地区のことを言うともいえるね。

 そんなだから大きく言うとナッタジ村もダンシュタって言えるんだよね。



 ナッタジ村からすると、都市ダンシュタは大都会だ。

 石の塀に囲まれた街。石畳に石の家。商店だって立派だしね。

 ただ。領都トレネーからするとド田舎もド田舎だ。

 商店が並ぶ街道なんて言ってるけど、ちゃんとした店構えの商会なんて両手で数えられるほどだ。ここ数年で、我がナッタジ商会は、押しも押されもせぬダンシュタの一番の商店っていえるようになっているんだ。


 領都トレネーまで行くとさすがに商店街は複数あるし、貴族だって何家もあるし、ギルドの支部だってある。

 ちなみにダンシュタにはギルドの出張所はあります。ただ出張所では所属とかはできないんだ。あくまでトレネー支部の出先機関って形だね。

 ダンシュタにいる貴族は、別荘を除くと代官様だけだ。あ、僕らみたいななんちゃって貴族は除外するとね。

 ちなみに憲兵の中には爵位を持ってる人もいるみたいだし、そういう意味では貴族がいないってわけでもないけど、貴族として貴族の仕事をしておうちを持ってる人は代官だけっていう感じかな?



 トレネーでは、むしろ貴族はいっぱいいる。

 トレネーって、この国でも一番面積が広く、そのために代官が治めている土地も多い。だから貴族のお仕事=官僚的なのってそれなりにいっぱいあるから、貴族もいっぱいいるってことらしい。代官の補佐にも貴族がなったりするし、領都内でも死後市は山ほどあるからね。


 以上、ちゃんと僕も勉強してるでしょ?


 治世者養成校の座学はこんなのばかりで、嫌になっちゃうけど、よくよく考えたら、僕って名前だけはあちこちの代官なんだよなぁ・・・将来はそこの領主になるらしいし・・・あ、名前だけだけどね。僕のベースは冒険者だもんね。



 まぁ、それはいいとして、ダンシュタって言うのは、それはそれは片田舎の都市で、ダンシュタ一の商会って言ったって、競争はそう激しくないんだよね。

 ただ、おかげさまで、トレネー内でも一目置かれる商会になってきたどころか、それこそ王都でも、人の口に上るぐらいには有名になってきてる。

 で、うちの商品を手に入れようと、領内どころか国中から人が集まるようになってきてるみたいで、そんな客を相手に商売しようと、余所の地域の商人が結構な数入ってきてるらしい。

 そんな人達の中には、強引に今ある商店を嵌めて、店を奪ったり、新しく店を作るにしても、客や住人との共存なんて考えない、悪徳商人だってかなり入ってきてるんだ。

 実際、もうだいぶ前になるけど、ナッタジ商会のご近所様だったお店も外国から来た悪い人達に潰されちゃって、そこの息子のナン兄ちゃんがうちの商会に入ることになった、なんて事件もあったんだ。ちなみにナン兄ちゃんは、今はナッタジ商会トレネー領都支店の番頭をやってもらってるんだけどね。

 元ナン兄ちゃんの店だったところは、その後ももう何回も持ち主が変わってるみたいです。


 ただ、ダンシュタの場合、うちがあるからね。

 なんたって、世界的有名なゴーダン率いる冒険者パーティが、ほぼほぼ一心同体だ。それに、ダンシュタの代官だって、宵の明星とは浅からぬ中。良い意味でも悪い意味でもね。

 てことで、ダンシュタの町の治安には、僕ら宵の明星が全面的に協力してるから、そうそう無茶な話は少なかったんだけどね、今までは・・・


 ただ、やっぱり人が集まるから、トレネーの有名商会が乗り込んできたり、一旗揚げるぞっていう商人がやってきたり、人も商店も、ものすごい勢いで増えているんだって。

 でね、代官屋敷で今回話していたことにも関係するんだけど、ダンシュタの町でも、いくつかの新しい店ができていて、そのうちの複数の店で怪しい長蛇の列ができているんだって。

 そのほとんどが、モーメー関連の店らしい。

 モーメーのミルクとかチーズ、お肉を販売したり、それを使ったレストランとかね。

 ちなみにレストラン、なんてこじゃれたものができたのは、本当にここ最近のことで、僕が王都の養成所に行く前にはなかったよ。飲み屋とか食堂とか、そんなのは何件かはあったけど、お上品なお店はなかったかな?まぁ、子供の僕が知らなかっただけかもしんないけどね。


 もともとダンシュタで乳製品っていったら、ほぼほぼナッタジ商会だったんだ。

 で、乳製品はダンシュタの名産っていうか、一応ナッタジ印のミルクやチーズは、代官だけじゃなく、領主やら王族たちの御用達、ってことで有名になってます。

 ダンシュタ=乳製品ってイメージも少なからずあって、それに乗っかるためか、そういう意味でも知らない間にたくさんの乳製品やさんができていたようなんだ。

 まぁ、ここまでひどくなくてもって、あちこちで売られて粗悪品なんかも結構出ちゃったから、うちの製品だよって分かる商標を作った、なんて過去もあるんだけどね。



 で、今回の騒動。


 新しくできた複数の乳製品や肉屋に人が殺到し、商品の購入をめぐってトラブル続出。一度食べたらやみつきになっちゃって、すぐに欲しくなる。最初はそうでもなかったのに、よく売れるからか値段は高騰。それでも欲しくて、中には借金までして買っちゃう。

 レストランも同じで、奮発してお試しで一度行くと、何度だって、借金してだって、何時間並んだって、また食べたくなっちゃう。

 そんな事案が問題視されるようになっている、今日この頃。


 そう。

 どこかで聞いたお話しと一緒だね。

 むしろ、こっちの方がひどいみたい。

 しかも、この騒動が表面化したのって、ちょうど僕が王都に行った頃。

 怪しい店が乱立始めたのが、どうやら生徒失踪事件と時を同じくしていたらしい。



 なんていう情報を元に、代官屋敷をおいとました僕とゴーダン、アンナは、商店街を中心に街ブラしつつ、状況確認することにしたんだけど・・・


 「なんだこれ。」

 思わず僕は言ったよ。

 「やっぱり分かるよな。」

 と、ゴーダンが苦い顔。

 「町中とは思えないだろ?」

 アンナも眉をひそめてます。



 商店街は、まるで塀の内側とは思えないような、濃厚な魔力がどこからともなく漂ってきて、まるでたくさんの魔物に囲まれた時みたい。


 「今日は特にひどいな。ここ半年はずっとこんなかんじなんだ。禁制品でも持ち込んでいるのかと、憲兵も俺たちも探ってはいるんだが、特に変なものは見つけられていない。ただ、レッデゼッサの支部ができてて、そこは調べられてはいないがな。」

 「レッデゼッサ?」

 「ああ。あそこは元々防具の店だし、素材は極秘のものもあって、許可は受けてるからと、臨検を拒否しやがった。今のところ手は出せていないが、なんせ田舎のダンシュタだ。トレネーだの王都だのから商業ギルドのお墨付きをもらっていたら、こっちでは手が出せないんだよ。」 

 「だけど、ヨシュアたちの調べでは、荷が南部から直接入ってきてるのは間違いないんだ。どこでお墨付きなんてもらったかって話だね。しかも、問題のモーメーがらみもそんな荷と一緒にダンシュタに入っているってのがきな臭いったらありゃしない。」

 ゴーダンもアンナも、じれったそうにしているよ。


 でも、南部か。


 ここでもレッデゼッサと南部、なんて話しになるとは思わなかったよ。


 だけど、確か・・・


 「確か、バルボイでもモーメーは飼育されていたよね。遠目だけど牧場で飼われてるのを見た。」


 それにモーメーを他領に出荷してる、なんて話もどこかで聞いたんだ。


 南部から来る荷。

 そんなことを考え、話している僕らの前を、荒々しく馬車が通り過ぎる。

 ゴーダンが、僕の身体を自分の中に隠すようにしてくれた。

 けど・・・

 ん?


 そうだ。

 あの馬車。


 僕は思いだしたよ。


 王都で僕らの前を暴走していた馬車たち。

 あの黒い魔物と同じような魔素を振りまいていたあの危ない馬車群だ。


 今、ちょうど僕の前を通り過ぎ、噂の長蛇の列のレストランの裏手へと入って行ったその馬車を見て、僕はしっかりと思い出した。


 王都の暴走馬車と、今目の前を走っていた馬車は、造りも同じなら馬車に描かれたマークも同じだってことを。

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