第137話 王都散策(10)

 徒歩でも、たった10分か15分。

 僕らは、ゴージャスな商店が並ぶ地域から、ちょっぴり下町にやってきた。

 上流街では、シューバを止められても、人間が座るような場所はない。

 けど、ここまでくれば、屋台もあるし、人が座る場所もある。

 そして、人間がいっぱいだ。

 上流街だと、ほとんどが馬車とかで移動だから、歩いている人は少ない。

 歩くなら、ここら辺がきれいだし、人も多いって僕は思う。

 まぁ、僕らはそんな上流街を徒歩で移動していたんだけれどね。

 ちなみに歩く人は少ないだけでゼロじゃない。まぁ、並んじゃってるレストランに来るような人なら特にね。



 けど、やっぱり歩くように作られたのは、こういう庶民が中心の界隈だ。

 広場に噴水、毎日がお祭りのよう。

 ニーも、みんなとわちゃわちゃやっていたら、元気になって、ここらを本当の意味で散策しよう、ってなったんだ。

 今日のお仕事は終わり。

 トッチィが言うには、調査・立ち入りの人数がいっぱいになっちゃったから、これ以上は今日はいらない、って、いつの間にかクジに指示していたみたいです。


 てことで、ずっと知っているのにまったく知らない王都の散策。


 国中どころか世界中から人が集まるから、歩く人を見るだけでも楽しいよ。

 服装だって、ちょっとずつ各領で特徴あるしね、それを見てるだけでも飽きないんだ。

 

 この辺りは中層って言うのかな、とりあえず買い物ができるだけの余裕がある人が集まるから、店売りは、それなりに品物を並べている。

 オーダーメイドの店もあるけど、ほとんどが既製品かお古だし、食べ物だって、めずらしくないものしか販売していない。

 逆にそれが雑多な空気を創り出して、ワクワクする街並みになっているんだけどね。



 僕らは、店をひやかしたり、おそろいのブレスレットを買ったり、買い食いもしたりして、午後からは楽しい時間を過ごしたんだけど・



 ガラガラガラガラ・・・

 ピシンピシン!!!


 もう少しで夕焼けになりそう、っていう頃。僕たちもどこかで乗合馬車に乗ってそろそろ帰ろうか、なんて話し始めたときだった。


 車輪の木と道路の石が激しくぶつかる音に、シューバを鞭打つ音、そしてシューバの悲鳴にも似た啼き声が、突如聞こえてきたんだ。


 時々、道行く人が引かれそうになって悲鳴を上げてたり怒声を聞かせたりしている。


 どうやら町の外から猛スピードで奥へと向かう馬車が、1台2台・・・計7台?

 いずれも無言で、鞭をふるう御者がひたすら通行人を無視して走ってる。


 「なんだよ、あれは。」

 町中を疾走するシューバにみんな怖い顔をしているけど、僕にはもう一つ怖いって思うことがあって・・・・


 「どうした?」

 クジが僕に気付いて、そう言う。

 耳には入っているんだけど、僕は返事が出来なかった。


 あれは・・・


 つい最近もあれを感じたんだ。

 僕の意識は、馬車・・・の中のに注がれる。

 あれは・・・・


 「ダー!!」


 そのとき、フワッて感じたと思ったら、続けざまに強い力で包まれるのを感じた。

 僕の中になじみのある魔力がドバッて入ってきて、それでも、僕の魔力も身体もすんなり受け止めているのを、どこか麻痺した頭で感じていた。


 痛いくらいに僕を包む腕と、その強引に内に入って来る魔力で、僕の意識が徐々にそれを行う人物へと向いていく。


 「バンミ?」


 「ああ、そうだ。バンミだ。良い子だ、ダー。落ち着いて。大丈夫。ゆっくりと魔力を沈めるんだ。俺に全部委ねて。そうだ。上手だ。深呼吸だ。そう。スーハー、スーハー。」


 バンミの言葉に合わせて僕は深呼吸をする。

 いつの間にか、息を止めていて、それがおさまったら過呼吸になっていたみたい。


 クジ、ナザ、ニーが、僕を抱くバンミを囲み、ニーは僕の背中を撫で、クジとナザは外を向いて、警戒している。


 「バンミ?」

 「ああ。バンミだ。」

 「さっきね・・・」

 「うん分かってる。とにかく戻るぞ。俺も補助するが、ダーもちゃんと魔力を押さえて。」

 「でも・・・」

 僕は、知ってる。

 あれは・・・・ここにあっちゃダメなやつだ。

 だって・・・

 「分かってる。博士があっちに行った。大丈夫。大丈夫だ。ダーが行くと、あれが暴れるかもしれないからな。」

 「でも、ホーリーなら!」

 「ここは王都だぞ。」

 「知ってるけど・・・」

 「とにかく、今はダメだ。」


 僕は、あの馬車から感じた、気持ち悪い魔力を、王都に、人がたくさんいるところに置いておくなんて危険すぎる、と思ったんだけど・・・


 そう。


 あの馬車からは、僕が瘴気って感じるあの気配を、北の大陸の樹海だとか、そこから湧き出る黒いタールのような魔物とか、それと同じ気配を感じ取っていた。


 たぶん、あそこには黒い魔物がいる。


 僕は、確信をもって、そう感じ取ったんだ。


 僕にはあれを滅する術がある。


 けど・・・


 聖や邪の感覚がないこの世界の人にとって、あれを伝えるのは難しい。

 僕の身近では、カイザーとかモーリス先生とか、地球での前世の記憶持ちがいて、僕の言うことは分かってくれるけど、彼らにはホーリーの魔法を使うすべがない。


 いや、モーリス先生が言って、カイザーが首肯したことだけど・・・


 ホーリー=聖の魔法を使えるのは聖職者で、神に与えられる力だから、自分には使えるはずがない、と心の奥底で否定してしまうんだそうだ。前世でキリスト教の信仰がその心に染み込んでいたからこそ、聖なる力が自分には使えないと無意識がブレーキをかける。

 だから仮に彼らが力を使える素地があったとしても、使えるようにはならないだろう、ってことみたい。無意識が禁忌認定しちゃうから、って。


 そういう意味では、僕は前世は日本人で、本当の意味での信仰なんて持ったことがないんだと思う。

 産まれた時は神道で、結婚式はキリスト教、死ぬときは仏教。

 それを疑問に思わない一般市民だったからこそ、そして、魔法はゲームやアニメといったジャパニーズカルチャーで感覚をつかんでいたからこそ、の何でもあであり、すべてを受け入れる素地が僕にはあった。これは、モーリス先生の受け売りだけどね。


 そう考えると、ホーリーは僕しか使わない、いや使えないわけで、僕がこんな都会でホーリーを使ったことはなく、ホーリーの使用で、僕が邪と感じているあの力はごっそりと消せるけど、下手をすると、いや、しなくても、周囲の他の魔力もなくなっちゃう、ってことは実証済みで・・・

 だから、こんな王都みたいなところで使っちゃうと、何が起きるか分かんない。そういうバンミは正しいんだろうけども・・・



 そんなことを考えていたらいつの間にか僕はナッタジ商会の、会議室に連れ込まれていて・・・


 そこには、ママをはじめとした、王都にいる宵の明星のメンバーが集まっていたんだ。ドクを除いて、ね。



 「ダー、これをマジックバックにできるかな?」


 僕らが帰ったとき、僕らはみんな緊張の面持ちで帰ってきたけど、ママは普通に帰ってきたみたいにそう言って、ニコニコと、肩掛け鞄とボストンバッグみたいなのを見せてきた。

 えっと・・・

 緊張感が一挙になくなって僕はずっこけそうになったけど、バンミのホールドだって緩んだから、慌てて腕から飛び降りて、ママの下へ走ったよ。

 えっと、宙さんのところと繋がる収納バッグなんだけど、なんとなく僕がマジックバックなんて言ってたら、みんなそれが気に入って、仲間内ではそう呼ぶようになったんだ。もちろんお外では内緒だけどね。


 ママの差し出したのは、町でも旅でも使えそうな、丈夫な革のバッグだった。もちろん禁制品じゃなく、この前購入した革を加工したんだろうね。

 肩掛け鞄が渋いピンクで布に見えるぐらいに薄くて柔らかそう。逆に、ボストンバッグは赤茶でテカってて、磨かれた木みたいだ。

 どっちも、いつの間に入れたのか、小さくナッタジ商会のマークが入っていて、なかなかにそれだけでも使いやすそうだなって感じのもの。



 でもね、ママ?それどころじゃないんだけどな。

 あの黒い魔物が、運び込まれたのは間違いないんだから。


 「あのね、これをママのにして、これを、うーんどうしよう、博士がいいかなぁ、あ、やっぱり先生、持っててね。」

 ママが肩掛け鞄を自分に、ボストンをモーリス先生に、と配ってしまう。

 「ダー、できるかな?」

 優しく言ってるけど、何をそんなに焦っているんだろう。

 僕にはママがとっても焦っているように見えたから、それ以上、ママの話を遮るのはやめて、念話で宙さんに声をかける。


 『宙さん?』

 『言わなくても分かってますよ。すぐに鞄を出入り口に固定します。これにはマスターの魔力を使います。OK or YES?』

 『いやいや、それどっちも肯定だよね?』

 『・・・ハー。マスターはまだまだですね。先代なら、「もちろん、答えは、はいだ。」とおっしゃったでしょう。』

 『・・・意味分かんないし・・・』

 『では、いただきます。』

 『ちょ、ちょっと!!』


 僕は思わず膝をついちゃったよ。

 とんでもない疲労感が襲いかかる。

 僕の魔力を、遠慮なく宙さんが持っていったのは分かったし、僕がよろけたのを見て、みんなびっくりして飛んできたのも感じたよ。

 ポシェットの時って、どうだったんだろう・・・

 記憶ないけど、絶対知らない間に使ったんだろうな、僕の魔力・・・・



 はぁはぁ・・・


 聞こえるのは、僕の息づかい?


 どっくんどっくん


 なんだか心臓が僕の身体を引き上げては落としているように感じる。


 『魔力充填完了。対象者の登録をします。血液をどうぞ。』

 『なんだよ、血液をどうぞ、って。』

 『使用者の血を1滴、鞄の中に垂らしてください。』

 『・・・・マジで?』

 『大マジ、です。』


 「ママと先生。自分の鞄の中に血を1滴、垂らすんだって。いやだよね?」

 と、僕は言ったんだけど・・・


 ママはためらいもなく、僕がしゃべっている間にナイフで指を切って垂らし、先生も、「分かりました。」と言って、中をのぞき込みながら、へーっとか言いつつ手首を切っちゃったよ。


 ポトン・・・


 血が鞄に吸い込まれる。


 ピカーンて、1瞬光ったと思ったら、僕は、多分自分のポシェットに吸い込まれたんだ。


 吸い込まれた瞬間、僕の頭の中にブロック分けの感覚っていうのかな、なんとなく区切られた空間があるって、理解出来ていた。

 これはとっても不思議な感覚なんだけど・・・

 なんていうかな、あたりまえに知ってる感覚っていうのかな、気がついたらこの空間の中が把握できた、っていう・・・気付いたら呼吸してるんだよね、ってレベルで、分かるようになっていたんだ。


 で、その空間に意識を持っていくと、拡大されてそこが認識できる。


 PCのエクスプローラーを開いて、フォルダーを見つける。あ、このフォルダーだってクリックして中のファイルを見る。そんな感じが一番近いかも知れない。

 僕の意識はマウスのポインターだ。

 これって思えばそれが手にできるって分かるんだ。で、逆に、ファイルからフォルダーへと意識を向けると、そこから出られるってのも分かる。フォルダーはなんとなくそれぞれの鞄の形でイメージされて、きっと、そこから僕は出ることができる。

 そんな確信が、僕にはあった。


 『マスター。論より証拠。グダグダ考えてないで、出てみたらいかがです?』

 『いやいや、宙さん?あんたがここへ引っ張り込んだんだよね。』

 『来れば分かったのでしょう?』

 『そうだけど・・・』

 『だったらいいではないですか。お母様の鞄から出てみたらどうですか?』

 『・・・わかったよ。』


 僕は、なんとなく納得できないけど、ママの鞄へと意識を持っていった。


 「わぁ、すごい!さすが私のぼうや。上手ね。」


 気がつくとママが、目の前にいて手を叩いて喜んでいたから、ま、いいか。実験は成功、ってことで。



 「問題ないのね。」

 ひとしきり拍手したママは、僕の背丈に合わせてしゃがむと、目を合わせて両手で頬を包み込み僕の目をのぞき込んだよ。

 「あのね、いったんゴーダンの所に行って、ダーの見たことの話をしてきてちょうだい。ダーが見たまま、感じたままをゴーダンに伝えてね。」

 「え?」

 「いつでもママの所に来れるでしょ?だから今は王都を出て欲しいの。ダーがいると博士は封印が難しいから。」

 「あの、黒いの?」

 僕の質問に、ママは頷いて、僕の頭を優しく撫でてくれたよ。

 「ご飯、鞄に入れて置くから、お仕事頑張ろうね?」


 ママにそう言われると、僕も弱いな。いつでもご飯をもらえるし、それに簡単に帰ってこれるから、ここは、言うことを聞いておく所だよね。

 本当は、ものすっごく、さっきの魔物が気になるけど・・・


 みんなの視線が僕に注がれる。


 はぁ。


 仕方がない。


 「行ってきます。」

 僕は、ちょっぴりため息をつきながら再びポシェットの空間に飛び込んだんだ。


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