第136話 王都散策(9)

 「はいはい、坊主達はストップだ。」


 僕たちが4人で階段を駆け下りた先に、見知った顔が立っていて、僕らの進行を防げたんだ。

 近衛の制服を着た彼は、トッツィ。弓使いで軽業が得意な、ひいじいさんの育てた子たちエッセル・チルドレンの1人。魔導師でもあるリネイと同じで騎士を目指し、いつの間にか二人で近衛まで出世してる人。

 なんだかんだで、北の大陸へ行ったときに同行したし、そもそもひいじいさんの育て子なら親戚みたいなもんです。

 てことで、近衛のくせに、僕らに坊主達、なんて言っちゃうんだもん。上司が知ったら卒倒するよ?まぁ、上司さんも知ってるからなんにも言わないけど・・・


 5年くらい前かな?はじめて会ったとき、僕らはチビッコ4人組、みたいな感じでいたから、いまだに僕らをまとめて呼ぶときは坊主達呼びするんだけどさ、トッチィはリネイと違って、グイグイくるタイプじゃなく、どっちかって言うと1歩引いて見ている感じ。世間話するよりは、何かを教えてくれるときとか注意するときに坊主達、って僕らを呼んで、じんわりお説教、な時が多かったから、僕らは急いでいたにもかかわらず、条件反射みたいに、思わず止まっちゃったよ。


 「え、えっと、トッチィ?」

 僕らなんかしたっけ?って頭の中を高速回転で検索しつつ、愛想笑いする僕は、だから悪くないと思うんだ。

 他の3人も似たようなもんで、自分たちが何かやらかしたのだろうか?と考えているのがなんとなくわかる。

 トッツィもそんな僕らの考えがお見通しなんだろうね、ちょっぴり苦笑いしながら、頭をかいた。


 「君たちがなんかやらかしたってわけじゃないさ。いや、そういうわけでもあるのか?まぁ、ここにいたのは叱るためじゃないから、そんな顔をするなって。」

 「えっと、・・・どういうこと?」

 「とりあえず、この店から一般人の退去命令が出た。当然例外はなし、君たちも、だ。」

 「えー。でも・・・」

 「むしろアレクはとっとと、この付近から遠ざかれってリネイからの伝言だ。ちなみに、これについては、パクサ様からも重ねて申しつかっている。」

 「あー、そういうこと。でも、想定外が起きてるんですよね?」

 僕とトッツィの話を聞いて、クジがそう言ったよ。

 何が想定内で何が想定外なんだろう?


 「あ、ひょっとして、下から溢れた魔力とか関係あります?」

 ニーが言った。

 そうだった。

 行くところ行くところ、なんとなく魔力が多く含まれてるなぁ、って僕らみたいな魔導師タイプの人間なら分かっても、普通の人は分かんない。一応、同行の3人は魔力の通り道も通しているし、ちょっとした魔法なら使えるけど、普通の人、っていうレベル。そんな3人にさえ感じた、さっきの魔力は、当然ほとんどの人にも感じられて、プチパニック状態っていうことは、上にいた段階でも分かっていたことだ。


 「まぁ、そういうことだ。これの対処なら騎士団で問題ないし、むしろアレクの魔力漏れが事態を悪化させる可能性があるんだ。てことで、なるべく早く離脱してもらうと助かる。っていうか、リネイが切れかけだから、姿を見せない方がいいと思うぞ。」


 その言葉を聞いて、ナザがちょっぴり青くなって、離脱しようと、僕の手首を引っ張った。クジも頷いて店から出ようと歩き出す。切れたリネイはかなりヤバイからね。

 けど、僕はもうちょっと聞きたくて、振り返ったら、ニーが動かずに、口に手を当てて、なんか涙目になってたんだ。

 「ニー?」

 僕のつぶやきに、二人も気付いて振り返った。


 「私・・・私のせいかも・・・」

 「ん?どうした?」

 トッツィが優しくニーに尋ねる。

 「リネイさん切れてるって、急激な魔力が現れたせいですよね。今日の依頼を超えて魔力が溢れたってことですよね?」

 ニーが言う。


 今日の依頼。

 僕らがやるのは指定の店を単に巡るだけのこと。

 でも、その目的は、ちゃんと処理されていない魔物の魔力を活性化させて、官憲に禁制品の発見をさせやすくすること。で、その方法として、ちょっぴり、うん、ほんのちょっぴりなんだけどね、僕の魔力が完全に抑えきれずに漏れているから、それを利用するんだって。

 漏れた魔力に未処理の魔力が反応する。絶対ってわけじゃなくて、その可能性が高そうだ、ってことなんだけどね、僕らはそれが起こればラッキー程度で王都散策を楽しむのが任務、だったんだ。

 ただ、今日の感じでは成功、だったよう。

 僕らが行くルートは、依頼者にも報告されているから、僕らの後ろから、捜査チームがチェックに入ってるハズなんだ。


 「今までは、確かにダーちゃまが原因かなって思う、私たちでも背中がザワザワするのはあったけど、さっきみたいにヴワッてなることはなかったの。あのザワザワってのは、依頼成功の合図みたいなもんだって、私、うまくいってるって浮かれてた。けど・・・」

 「ニーは何もしてないだろ?」

 トッツィは、本格的に泣き始めてしまったニーにおろおろしつつ、そう言った。

 ニーはいやいやをするみたいに、首を振っていて、僕も途方に暮れたんだ。


 「ひょっとして、注射か。」

 クジが言った。

 注射?

 「あのとき、一瞬ダーの魔力膨れたからな。」

 「あぁ、確かに。相変わらず弱っちぃな、って思ったけど。そっか、あれか。」

 クジの発言にナザも僕をディスりながら頷いてるよ。

 ていうか、魔力膨れた?

 「気付いてなかったか?すぐに引っ込んだし、パクサ様がすぐにダーを魔力で覆ったみたいだったけど・・・」

 うー。

 ナザに言われても全然覚えてない、です。


 「それだったら、ニーじゃなくてアレクのせいだろ?なんで注射したのか知らないけど、ニーが意味もなく注射なんてできないだろ?」

 トッチィの言うのももっともです。僕が悪い・・・んだろうな。だったら・・・

 「あ、そんな顔してもアレクは離れてもらうからな。とにかくそれが第一だ。ナザでもクジでもその王子様をここから運び出してくれ。それとニー。君は悪くない。悪いのは注射するように命じた者か、無駄に魔力を溢れさせた誰かだ。」

 「ちょっ・・!」

 僕は抗議しようとしたけど、手首を掴んでいたナザが僕を抱き上げ、クジはニーに走り寄って、その手を繋いだ。そして、有無を言わせずに、店から脱出して離れたんだ。



 しばらく離れて、屋台が建ち並ぶちょっぴり下町まで行ったところで、僕らはベンチに座っていた。

 ニーが落ち込んで、僕はちょっぴり怒っている。

 ニーは悪くない。それは確定だ。

 だからニーが落ち込む必要はない。

 ないんだけどね。

 だったら僕が悪い?

 そりゃ悪いかもだけど、あそこで注射なんてしなくても良かったと思うんだ。

 だったら、それをやれって言ったモーリス先生?

 ううん。

 食べたすぐの血液の検査は、もし中毒的なことなら必要だろうし、サンプルが僕しかないのも理解出来る。

 あそこで昼食は決まってて、第一の目標だったみたいだしね。

 だいたい、ちょっと魔力が溢れたぐらいで、あんなに魔物、いや魔物の素材?が活性化しちゃうのがおかしいんだよ。

 だったらあんな風に禁制品を扱う奴が、一等悪いに決まってる。

 だからニーは悪くないんだ。

 僕がそんな感じで言うと、ニーはありがとうって言って、ちょっとだけ笑顔になった。


 でもさ・・・


 僕は、クジもナザも悪いと思う。

 だってさ、僕らは依頼であそこにいたし、あの騒ぎのもとが僕の魔力だって言うんなら、お手伝いをするべきだ。それなのに強引に離脱させちゃうんだもん。

 特にナザ!なんで僕を抱っこだよ!!


 「ハハ、結局お前、それに一番腹立ててんじゃん。」

 ナザが鼻で笑った。

 「俺が抱っこして運んだのが気にくわないんだろ?小さい頃はできなかったもんな。今じゃ軽々だ。」


 1歳しか変わらないナザは、もともと大柄だったけど、今はバカでかい。大人と変わらないだけの背丈と、何よりタンク向けのガッチリした筋肉があって、体重だけだとひょろ長いクジより上だろう。成人してない、なんて、誰も思ってないだろうな。


 長い付き合いだけど、抱き上げられて移動、は初めてで、ちょっと、というか想像以上に僕は自分がショックを受けているって、今気付いたよ。

 年齢差から、小さい頃は、ニーやクジには抱っこされたことがあったけど、ナザにはない。座っていて膝に抱っこはされたことがあったけど、こんな風に移動したのは初めてで、自分が思っていた以上にショックだったみたいです。


 「ちょっと、ナザ!何ダーちゃまをいじめてるの。正座よ正座。正座しなさい!」

 「いや、こんなところでそれはないだろ!」

 「こんなところ?こんなところでダーちゃまを泣かしたのは誰?」

 「いや。だからって・・・」


 クスッと笑う声が頭上から振ってきて、僕はクジに頭をポンポンってされた。

 ニーが元気にナザを叱ってる。

 だったら、僕がちょっとばかり落ち込んで泣いちゃったって、有意義だったってことだよね。

 もうニーはいつものニーなんだから。


 僕はクジを見上げて、にっこりしたんだ。

 

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