第135話 王都散策(8)
「ひょっとして、テレか?」
パクサ兄様が言ったよ。
テレ?
バルボイじゃ、メジャーな魔物だ。
二足歩行をする一見蜥蜴?
ラノベ風に言ったらリザードマン?
けど、蜥蜴と違って鱗じゃなくて、どっちかっていうと蛙の皮膚みたいな感じ。食用蛙っぽい皮膚を持った二足歩行の蜥蜴?しっぽも使うから3足歩行?あ、でも移動するときはしっぽは引きずってたっけ?
顔はあんまり尖ってなくて、むしろ牛。平べったくないタイプの顔をした牛に近いかな?
テレは、湿気が多いところならどこでも現れる魔物なんだ。
砂漠っぽい乾いたところの水辺では、水に浸かってあまり動かない。
泥水とかも平気で飲むから、泥臭くて食用としてはダメ。
そう聞いてたけど、兄様が言うには、これは乾燥地帯の水辺にいるテレだからなんだって。
南部の討伐隊では、割と食べちゃうらしい。
で、兄様も、討伐隊の食事で食べたことがあって、それはちょっと筋っぽくて固めのモーメーっぽい味だったそう。
味自体はそんなだから悪くない。
モーメー自体が牛肉とも羊肉とも近いおいしいお肉だからね。
それに、家畜なんていうのは野生種よりも柔らかくて淡泊なのが多いから、テレだって野生だから固かったのかもしれない。
「テレは基本内臓と接していない部位しか食べちゃダメらしい。足やしっぽを中心に食べるんだ。あと、血抜きはしっかりして、その場で焼く、そうしないと、倒れる者が出る、そんな話だったが。」
兄様は、最初に一口食べたまま、みんなの解毒薬云々の話を聞いて、気味が悪いのか、ツンツンとつついているだけだ。気持ちは分かるけどね。
うちの兄姉たちに比べ、魔力は多いだろうけど、それでどうこうなっちゃったら、王子としていかがなもんか、ってことでしょ?
「パクサ兄様、食べないのですか?」
「うむ。味は悪くないが、そこまでして食べたいと思えるほどじゃないからなぁ。これで、変な病気になったら、父上や兄上どころか陛下にまで叱られそうだ。」
だよねぇ。
そもそも一人で抜け出して来ちゃってるし、本来お毒味役がOKしなきゃ、食べ物を口に入れるのはNGな人。
さすがに毒かも、なんて危惧される食べ物を食べて、なにか影響があったら、お国の一大事だ。
そんな話をしていたら、ニーがなにやら言いたそうにこちらをチラチラ見ているのに気付いたよ。
どうしたの?
ニーの席は隣じゃなかったこともあって、パクサ兄様に断りを入れてから、サササッて僕のところにやってきて、耳打ちしたよ。
「もし殿下が食べないのなら、持って帰りたいの。あ、私が食べるんじゃなくて、先生が調べるかな?って・・・」
ちょっと持って帰るのならニーのでも、って思ったら、ハハハ、もう空っぽだね。ていうか、パクサ兄様以外は完食してたよ。
ママのスープほどじゃないけど、かなりおいしいスープだし、これまで一生懸命歩いたり買い物したりしていたから、腹ぺこだったから仕方がない。
知ってれば僕のを残していたけど、もしそんなことを言ったら、ただでさえチビなのにって、兄姉たちから大説教大会間違いなかったろうし、まぁ、食べないなら兄様のをもらってかえるのが正解かな?
僕のポーチにいれちゃえば瞬間急冷で、モーリス先生の研究にも役立つだろう。
そう思って、兄様に聞いたら、簡単にOKもらえたんで、ポーチからスープ用のボールを出して、兄様のスープをちょっぴり入れる。
ていっても、兄様、ポーチのこと知らないから、ナザのリュックからボウルを出して、そこに入れたように見せたけどね。
こんなとき、座っているナザやクジの後ろで簡単に隠れられるから、小さくて便利だよ・・・グスン。
僕が入れるのを補助している風のニーが、
「それと・・・」
って、申し訳なさそうに言ったよ。
何?
「ダーちゃまの血が欲しいの。」
・・・・
は?
一瞬何言ってるんだ?って思ったけど、ニーは自分の鞄から、ドクと先生の共同作品でもある注射器を取りだしたんだ。
?
「血、って、・・・血?」
うわぁ・・・
何度も言う。
この世界では外科手術はない。
身体をナイフで切って、糸で縫って、なんてのは、悪魔の所行(と言っても、悪魔もないけど)。猟奇扱いなんだよね。
まぁ、前世だって、医者の行為は本来は傷害罪なんだそう。だけど、医療行為ってことで、免許を持っている人だけは特別に認められて、傷害罪から免除される、なんていう理屈だ、って聞いたことがある。
器具で血を抜く、なんていうのも、これと同じだ。
そもそも血は生命を司るってことで、神聖視されるし、怪しい魔法の媒体とか、危ない薬とか、そんなために殺して奪う、そういう対象だって認識。
器具で生きた人間の血を吸い取るなんて、猟奇の類いと思われても仕方がない。
が・・・
これがモーリス先生となると、違うんだろうな。ニーが言ってるけど、きっと要求しているのは先生だ。だって、ニーが勝手に注射器なんて持ち出すはずがないし、このタイミングで、僕の血を要求するはず無いもの。
発言の仕方が仕方だったから、一瞬ギョッてなったけど、僕だけ薬を飲まずにスープを飲むってことは、ここに来ることが決まったときには確定事項だったんだろうね。本人は知らなかったけど・・・
僕の血を調べれば、ひょっとしたらなんかの物質が見つかるかも、って話なのかな?そう思うけど、注射、やだなぁ。きっと前世でも目を背けて注射してたんじゃないかなって思うよ。
パクサ兄様は、不思議そうにニーの取りだした注射を見ていた。まぁ、他の二人はこれがなんだか知ってるから、ちょっぴりニヤニヤしてて、むかつくんだけど・・・
「ダメ?」
ニーが言う。
「うー・・・モーリス先生の指示、だよね?」
「もちろん。」
グスン。
注射、いやだよぉ。
しかも血を抜くやつだ。痛いだけでこっちの利はないし・・・いや、そりゃ、困った人の役に立つ研究のために必要、なのは分かってるんだけど。
このやりとりの意味が分からない不思議そうなパクサ兄様の目も、諦めてさっさとやれ、って目で見ているナザやクジの目も、どっちもささる。
はぁ。
僕は諦めて、袖をまくって、腕をニーに突き出した。まぁ、目をギュッと瞑って、反対向いてるのは許して欲しい。
清潔な布でアルコールを腕に塗る冷やっとした感触に、プルッとなる。
しばらくの間があって、チクッ!!!
はっきり覚えてるわけじゃないけど、前世の医療がしっかりした注射の針と、なんとなく思い出しながらドクが打ち出した針じゃ、全然痛さが違うと思う。
だから、ウッて声が出て、涙も流れたって、僕が弱いからじゃないと思うんだ。
一瞬、パクサ兄様が席から腰を浮かせて、こっちに来ようとした気配を感じたけど、自制心を働かせて、再び座り直したようだ。
代わりにクジが僕を抱き上げて、よしよしってしてくれた。アルコールの染みた布を押さえながらね。
トクン・・・
クジが椅子に腰をかけて、僕を膝に座らせ、抱きしめていたその時。
トクン!
その気配に、僕は、ピクンと背筋が跳ねた。
僕を抱いていたクジが、それに気付き、ガバッと立ちあがる。
僕をさらに強く抱きしめて、物問いたげに僕の顔を見た。
それを見たナザも咄嗟に立ちあがり臨戦態勢を取る。
なんだ?
なんとも言えないプレッシャーが僕を襲う。
巨大な・・・魔力?
階下の方から、建物を包むように、謎の魔力が突如として現れたんだ。
この段になって、どうやらパクサ兄様も魔力に気付いたよう。
「下か?!」
パクサ兄様は慌てて部屋を飛び出した。
クワッ!!!
さらに魔力が膨れあがり、どうやら、魔力が余り多くない人達にも感じだしたようで・・・
階下の人々にもざわめきが起こる。
なんだ?この魔力は?
まるで、巨大な魔物に対峙するかのよう。
町中だからこそ、ゾクッてして、一瞬固まっちゃったけど、冒険で外に出てるときならば、むしろ慣れ親しんだ感覚だ。
そう思い、僕を強く抱きしめるクジの腕を軽くタップして、降ろしてもらう。
3人を見ると、身体はとっくに戦闘態勢のよう。
僕らはお互いに頷いて、部屋を飛び出したんだ。
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