第133話 王都散策(6)

 「なんでパクサ兄様が?」

 「だから、アレクが予約したのを知ったからだ。まぁ、それはいいさ。待ちくたびれたんだ。さっさと座れよ。」

 なんだかニヤニヤしながら、そんな風に言うパクサ兄様。

 その視線を見て、ちょっぴりなるほどって思ったよ。


 僕らを案内した店員さん、後で聞いたらここを任されている店長さんらしいけどね、その人が一応もみ手で僕らを案内したものの、本当に王子一行が怪しいって思ってたみたい。パクサ兄様なら顔は知られているし、王宮で働く騎士の恰好をしてるしね。

 でも僕の場合、そこまで庶民に知られているかは怪しい。ここは大店だから、髪色とか、「宵闇の至宝」なんていう恥ずかしい二つ名ぐらいは知ってるかもしれないけど、顔まではねって感じ。

 お店としても半信半疑って感じだったんだろうね。本物かどうかって。

 ただ、嘘をつくなら、髪色ぐらいは偽装してもおかしくないし、信じて騙されても損はない。むしろ疑って本物だった場合に大変なことになるから、申告どおりに扱えばいいって感じかな。


 そこに本物の王子に間違いないパクサ兄様が現れた。

 偽物を受け入れるのは腹立たしいことには違いないだろうから、パクサ兄様にとっちめられちゃえって思って、ウキウキと僕らを案内したのに・・・って感じかな。

 うん。別に心を読まなくてもそう見えるね。

 兄様もそのことは承知で、悪い笑顔で、店長さんを見るんだから意地悪だ。


 クジも兄様の思惑に気付いたのか苦笑してる。けど、さすがに我らがお兄ちゃん、ってやつかな?パクサ兄様の早く座れ、って言葉に反応して、パクサ兄様の正面の席を、案外優雅に引いて僕をエスコートしたよ。

 店長さんがいる手前、王子がお忍びでいても問題ない従者ってのを演じたんだろうね。こういう気が利いてそつのない態度は、ほんとヨシュアに似てきたな、なんて思ったけど、クジはものすっごく努力してるのも知ってるよ。

 みんな全然僕の前ではそんなそぶりを見せないけど、ダンシュタの、特に元ナッタジ商会奴隷の人達は本当に僕のことを大切にしてくれて、役に立とうとしてくれるんだ。

 特にあそこで産まれた子達、残ってる子は本当にみんな自分らしく努力していて脱帽しちゃう。

 元々は、クジはゴーダンに憧れてて、ゴーダンに替わって僕の保護者として、守護者として側にいるのが夢だ、って言ってたんだけどね。今でも基本、その夢は変わらないらしい。けどね、人には得意不得意がある。

 クジは頭が良くって、ヨシュアの補佐的なこともできるようになったし、それなりに冒険者としても腕が立つようになった。成人してうちの正規メンバーになってるもんね。

 そんなクジだけど、その賢い頭で考えたら、僕を直接守るのはナザだって言い始めたんだよね、最近は。だけど、それはあくまで物理的に守るのはナザで、自分は頭で守るんだって。ヨシュアだったり、最近はリッチアーダの人達とよく話をしていて、あとは、この仕事に入る前だったか、しばらくヨートローに詰めてたそうです。


 えっとね、ヨートローは、僕の領地になる予定の一つで、今は王家直轄領扱いのトレシュクっていう領の領都なんだよね。で、その元領主の館は今は代官の館になってて、お隣の国のザドヴァから亡命したことになってる魔法使いの子供たち(もう成人した人もいるけど)の受け入れ先になっているんだ。

 ちなみにここにナハトは在籍してるって感じかな。


 でね、クジってば、そんなナハトなんかにも、貴族のこととか僕の側にいるのに必要な知識とかを仕入れるために半年近く滞在してたって、この前ナハトがこっちに来た時に聞いたんだ。

 まぁ、それを知ったのって、僕に貴族教育をするにあたって

 「クジは一度で覚えたぞ。」

 とか

 「クジならもっと優雅に行動する。」

 なんていう、お叱りの言葉に登場したからなんだけどね。


 そんなクジだから、本当の従者顔負けの所作で、椅子を引いて僕をエスコートしてくれたんだけど、それを見た店長さんは、完全に僕を本物って確信したみたい。

 ちょっとガクブルしながらも、

 「料理をご用意させていただきます。」

 なんて言いながら去っていく。

 その後ろ姿に聞こえるようにだろうね、兄様が、

 「クジ達も座って一緒に食べよう。私のせいで従者達が食べられなかったなんて弟に叱られたくないからな、ハハハハ。」

 なんて大声で言ってるよ。

 まぁ、従者が主と一緒に食べるのはおかしいからね。その牽制だとは思う。せっかくお忍びで従者と食べようと思ったのに、なんて僕がわがまま言うはずないじゃん。

 僕は、ちょっぴり睨みながら、

 「そういう兄様は、従者はどうしたんですか?」

 って言ったら、これだもんなぁ。

 「そんなもん巻いてきたに決まってるだろ。」

 ・・・ですよねぇ・・・ハァ。気の毒に・・・


 そんな感じで、兄様を加えて、このレストランでご飯を食べ始めた僕たち。

 もちろん人払いしたけど、それだけじゃ安心できないからって、兄様がこれ見よがしに、音が外に漏れないようにする結界を発生させたよ。

 あれは、ドクの作品だ。

 うちのミモザの魔改造された屋敷では、プレで設置されている奴の劣化版だね。

 でもこれで中の声は聞こえないんだろうけど・・・


 「で、どうだ、アレク?この料理は怪しいか?」

 「怪しいっていうか、おいしい?」

 はぁ、って兄様はため息。それに、うちのリアル兄姉達はクスクスって笑ってるよ。なんか笑いどころあったっけ?

 僕と兄様がみんなを見ると、さすがに笑いをおさめ、コホンってクジが咳払いをして言ったよ。


 「殿下、口を挟んで申し訳ありません。」

 「いや、ここはむしろこっちが部外者だ。無礼講でいつもどおりの会話をして欲しい。」

 「では失礼して。殿下は、ここに何故来られたのか、と伺っても?」

 「ああ。この店を、我々の依頼の調査対象にしたことを知ってね。」

 そういえば、南部がらみの後処理だから、兄様が関わっていて問題ないのか。ていうか、責任者は兄様?


 「なるほど。それでここが今日の巡回の予定地だと、待っておられたのですね。その、無礼を承知で言わせてもらえれば、少々危険に対して無防備では?」

 「ここの食べ物が常習性があるから、ということかな?」

 クジは頷く。

 さっき、ナザやニーが、ここの食べ物を食べると、どうしてもまた食べたくなって、我慢できなくなるらしい、なんて、騒いでいたっけ?ニーが聞いた人だけじゃなくって、すでに身代を持ち崩した、なんて話もちょこちょこ出てきてるらしいんだ。


 「弟が、その危険を冒そうとしているんだ。兄の私が後方で待て、と?」

 「むしろ、それが常識ですよね。あなた様は、元々の王族で、しかも王位継承権を持つ王子です。ダー、失礼、アレク王子は違う。そもそもが平民で王位継承権もない。危険云々では、あなた様の方が大切な御身です。」

 ハハハ、そりゃそうだ。僕なんて元々平民ですらないんだから。

 それに、王様にはたぶんプジョー兄様がなるけど、言い方は悪いけどそのスペアとしてパクサ兄様だって大切な御身ってやつだもんね。クジが言うのは正論だ。唇を尖らせているパクサ兄様がわがままなんだよなって思う。


 「弟をおもんばかって何が悪い!」

 「それは、私個人としてはありがたいと思います。なんせアレク王子はここにいる皆と、血の繋がった弟でありますので。」

 なんだか、挑戦的なクジ。何か怒ってる?めずらしいな、と僕は首を傾げた。

 一方、パクサ兄様はちょっと気まずそう。一応僕らの出生の秘密っていうのかな?父親のことは知っているから、なんて言っていいのか、迷ったんだろうね。

 そんなパクサ兄様の表情を見て、クジがフッと表情を緩めたよ。


 「ずるい言い方をして申し訳ありません。殿下がアレク王子を思ってくださるのはすごく嬉しい。ですが、本件に関しては、ダー、あえてそう呼ばせてもらいますが、ダーにとっては一切危険がない、と思っているんです。その、・・・この店の味は、魔物の処理の問題だと予測しておりましたので。」

 「どういうことだ?」

 「ダーの魔力が多いことは、当然ご存じでしょう?魔物の残存魔力が少々多くても、ダーが害されることはない、そう考えています。それにダーであれば、我々に問題が起こったとしても対処が可能でしょうし、うちにはダーの母親もおりますので・・・」

 クジはにこりって笑うけど、そんな話は、一切聞いてなかったよ?

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