第119話 服屋さんって・・・怖い

 「ダー、大丈夫?顔色悪いけど・・・」

 レーゼを抱っこしていたミランダが、髪を引っ張られて振り返った僕を見ると、しゃがみながら、そう言ったよ。

 あれ?僕、そんなひどい顔してる?

 思わず、自分の顔をぺたぺたしたら、レーゼも真似して「ダーチャ、ダーチャ」って言いながら、僕の顔をぺたぺたしてきた。かわいい・・・。

 じゃなくて、僕、顔色悪い?


 「もし疲れてるなら、おうちかえる?」

 「いやだなぁ、ミランダ。僕、そんなお子様じゃないよ。」

 「でも、昨日戻ったばっかりじゃない。やっぱり疲れてるのよ。」

 「いや、そうじゃないんだ。そうじゃなくて・・・」


 僕は心配そうなミランダの視線を切るように、僕らを囲むたくさんの布を見たよ。

 うん。やっぱり、なんかゾワゾワするんだ。

 「布?」

 「うん。なんていうか、ゾワゾワする。」

 「あー。いろんな魔力が残ってるのもあるからかな?私ではわかんないけど。」


 ギロッ


 そのとき、ひときわ睨まれてるような気配を感じて、背中がブルッてしたよ。

 思わず、振り返って、腰に手を伸ばしたけど、あ、今日はお出かけ着。腰に愛用の剣をつけていなかった。


 僕の様子を見て、すばやく立ちあがったミランダは、レーゼをギュッと抱きしめて、一瞬で戦闘モードになったよ。

 側にいた店員さんが「ヒィッ!」て息を呑んだんだ。


 「ダー。暴れちゃダメだよ。怖くないから良い子にしててね。」


 そのとき先に奥へと行って、店員の1人とお話ししていたママが、こっちへやってきてニコニコしながらそう言ったんだ。優しく僕の頭を撫でながら、ね。


 えっと・・・


 ママもこの感じは、感じてない、のかな?

 ミランダよりもママの方が敏感だし、なんていうか、僕の感覚は、森で野営をしているとききに、魔物が遠目にこっちを見て機会をうかがってるときに近い、そんな視線を感じるんだけど・・・

 ママも感じてないなら、いざという時は、僕がみんなを守らなきゃならない、そう思って、さらに緊張度を高めたんだけど、フッと身体が浮いて、ママに抱き上げられちゃった。

 背が小さいっていっても、もう10歳。

 ママも小柄だし、さすがに弟の前で抱っこ、ってなんかやだな。

 ちょっと抵抗しようとママを見たら、僕の頭をグッて抱きしめて、小さく「大丈夫だからね。」って耳元で囁いたんだ。優しい安心するような感情を流し込みながら。


 ママは、気付いてないんじゃなくて、気付いているけど大丈夫って思ってる、僕はすぐそう確信し、小さく頷いた。


 ママはなだめるようにまだ、僕を抱いたまま、背中の手を軽くトントンと撫でるように叩く。

 小さな子をあやしているようで、微笑ましい、なんていう気持ちが、店のあちこちから届いて、なんだか顔が熱くなったよ。

 トントン、って優しく叩く手が、いつの間にか2つ?

 小さな小さな手がママの真似をして、叩いている。

 レーゼ?

 僕はなんだか、恥ずかしすぎて、ママの胸から顔を上げられなくなっちゃったよ。



 「ナッタジ会頭様、奥に見本が用意できましたので、皆様でご一緒にどうぞ。」


 そのとき、ママの背後からそんな声がした。


 ママは返事をし、そのまま、その人に僕を抱いたままのママは付いていく。

 その後ろを、ちょっと警戒したままのミランダが、レーゼを抱いたままついてくる気配。

 お店の奥。

 そこには応接室みたいなのがあって、交渉用にか、ソファの前にはでっかいテーブルがあったよ。

 部屋につくと、ママは僕をソファに降ろし、自分もその横に座った。

 ミランダも席を勧められたんだけど、さっきの僕の緊張があったためか、レーゼを抱いてるからと、ママの後ろから商品を見るって言ったんだ。

 うん、商品。


 あのね、畳1畳ほどのでっかいテーブルの上には、たくさんの布が並べられていたんだ。


 この世界では布は機織りみたいに糸を縦横合わせて作るのもあれば、植物の皮や動物の革を剥いで、その種類に合わせた加工をして布状にする場合もある。

 植物も動物も魔素っていうのかな、魔力を持っていて、加工次第では特殊な性能を持ったりする。

 一番有名なのはダットンかな?いかとクラゲの間みたいな海洋生物で、水に強いからレインコートとか、濡れ物用の鞄になる、まぁ、前世でいうナイロンみたいな扱い。有名なのは安価で、普及してるから、かな?

 もっとも安価っていっても、それなりに高い。

 水対策は、むしろ荒く織った植物性の布に、油を含んだ樹液や体液を塗るのが多いかな?すぐにダメになるけど、それこそ子供が摘んでくる野草でも、それ用の油を含むものがあるから、ね。



 今、ここに並べられたのは、そんなダットンの革も当然あるし、他のもあるね。

 魔力を含んだ物も、いくつかある。

 でも、注意しなきゃ僕でも気付かないレベルだし、1つ1つはなんてことはない魔力、かな?

 魔力は魔石に溜まって作用するモノ。

 だけど死んだ物にもある程度は残存する。

 それに物によっては、住んでいた環境で身体自体が進化してて、もともとカタい素材もあれば、火に強い物、水に強い物、風を通さない物、魔力をよく通す物、逆に通さない物、・・・・

 ほんとに千差万別。さらには個体差あり。


 ちなみに今言ったのは、いわゆるナチュラル素材。

 で、これ以外に手を加えた物があるんだ。錬金済み素材、だね。

 あ、えっとね、錬金素材、と錬金済み素材ってのはちょっと意味が違う。ややこしい。

 錬金素材は錬金に使う素材だね。

 錬金済み素材はその名の通り錬金をした後の素材のこと。

 ナチュラル素材の布に、さらなる性質を加えた素材のことなんだ。

 基本的には複数の素材等を同化させたもの、かな。

 ちなみに一番簡単な錬金済み素材は、さっき言った、織った布に油を塗るやつね。あれも一応錬金済み素材の1つ。もともとの性質に何かを加えて別の性質を与えるのが錬金の初歩ってわけ。

 錬金の最高峰は、あるものに魔法陣を同化させるってことで、ドクの十八番おはこだね。ひとえに錬金って言っても、これだけピンキリなんだ。



 さて、応接室です。


 僕とママの前に広げられた布に、一つ一つ説明をしてくれる店員さん。

 ナチュラル素材のは、軽く流して、どうやら錬金済み素材の説明に力を入れているようです。

 「○○地方で捕れた××という魔物の内臓の皮を精製したものに、企業秘密の液で錬金し、どんな剣でも破れない丈夫な布となっております。」

 なぁんて説明を延々続けてるんだ。

 時折、ナイフで切れないことを実演したりして、ちょっと前世の実演販売を思い出しちゃった。


 ママは、それに対して、うんうん、頷きながら聞いているよ。

 今はドレスに最適な加工を施した布、なんていうキラキラ光る布とか、まぁいろいろ。

 って、布に込められた小さな魔物が魔力を通すと走り回ってきれいでしょ、って何それ?不気味なんだけど・・・

 ちなみにこれ、今一番社交界で話題のドレス用の布、らしいです・・・


 ママはいろいろ質問しつつ、数種類の布を選んだよ。どうやらそれらはリッチアーダのお屋敷へと運ばれるらしい。

 これらを使って鞄を作るっていうから、丈夫な物が中心で、あとは、染められるか、っていっぱい聞いてた。


 ちなみにここは服屋さん。

 でも、服屋さんってのは布しか置いてなくて、布を使って服をオーダーするのが主流。小売りとしてはね。

 だけど、布だけでも売ってくれる。

 元々は服を作るのは、各個人がするものなんだよね。作る専門の仕立屋さんっていう職業もあったりする。

 ただ、布だけより、ついでに作ってくれたらなぁ、っていうニーズが出てきて、だったらうちでやってあげましょうか?なんていう布屋さんが出てきた。

 まぁ布屋さんが仕立屋さんの仕事を取っちゃったって形になって、はじめはかなり嫌われたらしいけどね。

 今では服屋さんっていったら、布を置いていて仕立てまでしてくれるお店をさすようになったんだ。

 でもその本質ってば布屋さんだから、布だけでもちゃんと売ってくれる。むしろお客さんとしては布だけの人の方がお得意様としていいんだそうです。



 「このお商売の発祥はトレネーなんだよー。」

 帰り道、馬車で揺られながら、ママがそう教えてくれました。


 「かわいい防具を作ってあげたところから始まったんだって。それが今行ったお店なんだよ。変わった布が多いのがあのお店の特徴で、もともと防具屋さんだから錬金済み素材が多いんだって。本店はトレネーだから仲良くしましょうね、ってこの前、王都のギルドの会合でお話ししてくれたの。」

 「それで、今日はあのお店に行ったんだ?」

 「うん。それもあるしねー。ヨシュアにもあそこでダー連れてお買い物してきてね、って言われてたの。ホント、ヘンなお店よねぇ?」

 フフフ、とママは笑ったよ。


 笑ったけど、ママ、それ、僕、初耳なんだけど?

 ミランダを見ると、意味深にニコッて笑ったよ。


 えっと・・・


 「ねぇ、さっきのお店の名前、だけど・・・」

 「レッデゼッサ服飾店。レッデゼッサ商会のお店の一つよ。」

 レーゼをあやし始めたママの代わりに、ミランダが、そう答えてくれたんだ。

   

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