第118話 レーゼは天才

 良い天気だ。

 いつの間にか、空気はところどころ冷たくて、北の方に来たんだなぁ、って思う。

 てことはここは北半球?

 正直、ここが地球みたいに惑星かどうかもわかんないけど。


 そういや、以前モーリス先生が、ちゃんとした羅針盤があるわけじゃないから、寒い地域を「北」ていう単語で表しているだけかも知れないって言ってたっけ。だから、頭の中で、僕の常識に沿って、「北」を「北」っていう単語で翻訳してるけど、星的には「北」は「南」かもしれない、なんていう言葉遊び?したりしました。

 カイザーなんて、そもそも星ですらなくて、有限な円盤状の世界かもしれんぞ、なんて言ってます。

 まぁ、それを確かめに世界一周の船旅、なんてのが、いつかできればいいなぁ。



 そんな、元地球人的会話、なんてできるのも、なんだか不思議で面白い。モーリス先生が加わって、この手の話は増えたかな?

 カイザーはひいじいさん以外とそんな話をしなかったし、そもそもが前世込みの職人。物作りにしか興味がなく、ひいじいさんに言われるがまま道具を作ることで満足してたみたい。

 それに、ちょっぴり、っていうか、かなり前の時代の人。だもんで、ひいじいさんのいう「ゲーム」っぽい世界で遊ぶ、っていう感覚がわからないみたいです。

 そりゃ、第2次世界大戦中に死んだみたいだから、テレビゲームもなかったんだろうね。

 当時、遊び、っていっても、ギャンブル的なのしかないし、そもそも興味がなかったんだって。働いて、飲んで、寝る。それが生活のすべてだった、らしい。戦時中ならそれが普通だ、飲めるだけマシだ、だそうです。

 って、今も変わんないじゃん!



 モーリス先生は、20世紀生まれで21世紀没の人。

 脳外科っていう最先端のゴッドハンド。

 ハハハ。謙遜はしないみたいです。うん日本人的美徳はない、かな?

 できることはできるって言わなきゃ、不合理だって思うみたい。

 1つの成果を出さなきゃならないときに、謙遜して「できない」なんて言ってたら、たいしてできないのに「できる」って言う人に仕事が回って、結果的に失敗、なんてことになる可能性がある。

 謙遜しなきゃ、その人が成功させてたかもしれないのに、これが医者の世界なら人の命に関わっちゃう、てことらしいです。

 まぁ、基本的に、自分の能力をアピールする人ってのは、自分を大きく見せようとするもの。これから人を使う立場になる可能性が高い僕は、そのへんをちゃんと見れるようにならなきゃね、って言われちゃった。


 こんな、超すごかった前世のモーリス先生(っていっても、今はもっとすごいけどね)だけど、ジャパニーズカルチャーは大好き、だったそう。

 てことで、剣と魔法の世界だって思ったひいじいさんの感動は分かるつもり、だそうです。

 今ではひいじいさんフリークって言って良いほど。まさかの日本語勉強までやってるよ。

 なんてったって、ひいじいさんは大量の自筆ノートを日本語で残してるからね。

 原語で読む、なんて嬉しそうにヨシュアと解読してます。って言っても僕が読めるから、それをこっちの言葉に訳したりしてるんだけど、それを英語化してるみたい。

 なんでって聞いたら、そもそもの文化基盤がこっちとは違うから、こっちの言葉には正確に訳せないのもあるんだよね。それが英語へ、だったらスムーズに訳せるのも多いんだって。

 たとえば、麹。

 ひいじいさんは、いつか見つける、と、米を探し、それが見つかったら、醤油や味噌、なんてものを手に入れる気満々だった。

 で、図付の解説をノートに書いてたんだけどね。

 麹種、って言うのは、もともと米にくっつく菌、だそう。

 そもそも「菌」とか「発酵」とかは、いくら説明しても、こちらにはないからね。

 もちろん、お酒を造ったり、チーズやヨーグルト、なんてのもあるけど、それはそのシステムを理解して、じゃなく、単なる経験則からつくってるだけ、なんだ。

 醤油が作りたい、と言ったとして、「腐った豆の汁」じゃ、みんなヘンな顔をする、ってのは分かるかな?

 モーリス先生にだったら「ソイソース」が欲しい、で通じる。うん。すっごく通じる。話がはずむってもんです。



 そんな元地球人でいろいろ話すことはあるとはいえ・・・・

 うん。本当はモーリス先生を捕まえて、次元、とかの相談したかったんだけどね。

 二人とも今はゲンヘに夢中。

 ほとんど、学校に籠もりっぱなし、らしいです。


 てことで・・・


 マジックバックです。


 良い天気。

 ママと弟、あっ、僕のいない間に1歳の誕生日を迎えていたみたい。

 しかも!!!


 僕の弟は天才です。

 「ダーチャ!」

 僕の顔を見て、なんと、言葉を発しました!

 今言えるのは「ママ」と「ダーチャ」だけ。

 でも、1歳になったばっかりだよ。

 ママに「ママ」って手を伸ばし、僕に「ダーチャ」って手を伸ばす。

 みんな僕に「ダーチャ」って言いながらキャッキャッと手を伸ばしたときには、目をまん丸にしてたよ。

 商会の人とかは「ダー様」とか「ダーちゃま」なんて僕を呼ぶ人が多いから、それを見て覚えていたみたい。

 うん。

 僕、「ダーチャ」に改名しようかな?


 そんな天才のかわいいかわいいレーゼは僕の髪が大好きで、僕が抱っこしたらずっと髪をいじってます。

 僕が抱っこしてなくても、すぐに手を伸ばして髪を触ろうとしてきて、無茶苦茶かわいいんだ。

 そんな可愛い可愛いレーゼと、ニコニコご機嫌なママと、そして護衛役のミランダと僕、の4人で、今日は街へ繰り出します。

 といっても、馬車で、だけどね。

 てことで、もう一人リッチアーダの御者さんが手綱を握ってるよ。


 王都では、徒歩も多いけど、馬車も多いんだ。

 規模も大きいから、馬車で買い物の人も多いし、自分の馬車じゃなくても乗合馬車だって、充実してる。

 そうそう、リアカーっぽい手押し車を引っ張って買い物する人も多いよ。

 重い荷物を手で持つのは大変だから、手押し車は必須だったりします。

 でも、馬車も手押し車も、商店の中には入れないよ。

 こういうのを置く駐車場みたいなのもある。

 有料のところは見てくれる人がいるけど、そういうのは高いから、空き地に見張り要員っていうのかな、商店には入らず車の番をする人が大抵は一緒に来るんだ。


 まぁ、大きな買い物じゃなかったら、両手一杯に抱える、っていうのが庶民の普通ではあるんだけどね。

 てことで、駐車場っていっても、すっごく混雑するってことはないよ。


 逆にお金持ちは、商人に家に来て貰う。

 娯楽としてのショッピングってのはお金持ちの道楽としてあるけどね。

 そんな場合は、馬車で乗り付けて、ショッピングして、急がない物は後日宅配、だね。どうしても持って帰りたい、って物以外、宅配するのがステータス、みたいです。

 特別な置き場、に駐車していた御者付馬車は、だから、荷物追加なしに帰るってのが普通だけど、僕からしたら、なかなかに不思議な感じです。



 僕らの場合・・・


 考えてみたら、冒険時の買い出し、とか以外に、僕自身もあんまりショッピングとかしないんだよねぇ。

 露天とか、見て回るのがせいぜい、かな。

 普通の冒険者、とかだったら、武器や防具とかお店で見て回るんだろうけど、ほら、うちはカイザーがいるし・・・

 一般に携帯食って不味いから、うちの商会で作ったものを使う。なんだったら、冷凍保存の通常食だって、リュックにいっぱいあるし・・・


 服、とかも買ったことないかも。

 こっちには、既製服って概念はないからね。

 服っていえば、普通は中古を購入するか、仕立てて貰うか。

 仕立てて貰うにしても、布がいっぱい置いてあって、服の要望を言うとその場でデザインする感じ。襟とかポッケとか、部分部分で参考のを置いてる店もあるらしい。らしい、って言うのは僕はそういう店に行ったことがないからね。


 僕の服は、気付くと、いろんな場所に誰かが置いてくれてる。

 王子として、商会の息子として、見習い冒険者として・・・

 僕があんまり派手なのは好きじゃないから、それなりにおとなしめのを、誰かが用意してくれてるんだ。

 誰か、っていっても誰か分かんないんじゃなくて、いろんな人がくれるんだ、ってこと。

 ママとかミランダなんかは、僕にって、どこかに出かけては買ってきてくれるし、王都だったら、リッチアーダのみんなが、ちょいちょい調達してくるし。

 それどころか陛下はじめ王族の皆様も、なんでか用意しちゃうし・・・

 うん。いったいいつ着るんだろう、ってぐらいたくさんあるから、逆に困っちゃいます。

 ちなみにダンシュタの家では、ナッタジ村から日々届いてるみたい・・・



 だからね。

 今、服屋さんに入ってきて、壁一面に作られた棚に並ぶ、大量の布を見て、僕の目はまん丸です。

 ミランダに抱かれたレーゼの目もまん丸です。

 布なのに、これだけ囲まれるって、ちょっとした恐怖なんだ、って今知ったよ。

 これが本なら「すっごい図書館!」って感動できそうだけど、布、ってちょっと怖いね。


 天井高の店は、その壁に所狭しと布を配し、今にも動き出しそう。

 そういや、「布」って言ってるけど、ここにあるのは服になる素材、なんだよね。

 てことは、地球でもあった植物由来の糸を束ねた物やら動物由来の糸を束ねた物、だけじゃなくて、動物の革だって・・・

 当然地球でもそうだったように、ここにはそんなのが並んでいる。

 で、当然、それらは、こっちの世界だったら魔物、なんてのが常識であって・・・・

 魔力の残滓が複雑なこの空気を醸してる、のかも?




 キャハキャハ・・・


 そんなことをぼぅって考えてたら、僕の髪がツンツン引っ張られたよ。


 僕と同じように目をまん丸にしたレーゼだけど、とっくにびっくり、は脱却して、キャハキャハと楽しそうに僕の毛を引っ張ってます。

 うん。

 間違いなく、レーゼは僕より勇敢で天才だ!!

 レーゼのほっぺにチュッてすると、

 「ダーチャ!!」

 って僕に抱きついてきた。

 うん。

 間違いなく、レーゼは天才で、世界で一番可愛い存在です!!

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