第109話 遠くて近い?

 ランセルの巣がある森の、そのさらに奥。

 僕らは、赤いランセルのグレンに連れられ、異常な気配がある、その場所にやってきたんだ。

 その空間だけ、まるで、別大陸にある樹海と呼ばれる魔物の地と同じような空気、ていうか気配っていうか、匂いっていうか・・・なんにせよ、人を拒絶し魔物を強化する、そんな場所と同じ何かが揺らいでいたんだ。

 それだけじゃなくて、僕らの見てる前で、その空間にコールタールのような染みが大地に溢れてきた。

 緊迫感を持って、その染みを見ていた僕。


 そんな中、ガン、と、頭の中を殴りつけられるような衝撃と共に、その空間が爆発したように感じ・・・・


 『みっけ!』

 っていう言葉と共に、僕の胸に小さな人が、勢いよく飛びついてきたんだ。


 え?ってビックリしていると、2段3段と飛び込んでくる人型の、でも質量は感じないその子達・・・


 あれ?

 この子達って・・・


 「エア!」

 思わず、僕はエアを呼んだよ。

 てか、呼ぶ前に、エアは現れてて、僕に飛びついてきた子達と、グレンの背で手を取り合ってダンスしてるよ。


 『なぁに、ダーちゃま。』

 ダンスをやめずに、顔だけこっちを向いて、エアが言った。

 うん、そうだね。

 妖精たちはダンスが大好き。僕、知ってたよ。

 って、そうじゃないでしょ。

 

 僕はエアと手を取り合って踊っている3人(?)の子たちを見て、不思議に思う。

 だって、間違いなくこの子たち、エアの同族、だよね?

 エアと違って、日本の人が考えるようなヒラヒラの妖精さん、じゃないけど、どっちかっていうと、ノーム?なんて言いたくなるような、そんな子達だけど、さ。エアがああいう形なのは、僕の影響だから、いや、ノームっぽい姿もちょっと影響、受けてる?初めて見た時ももっと・・・

 ま、そんなことはどうでもいいや。

 なんで、この子達がここにいるの?


 『なんかね、精霊様が、樹海の揺らぎを感じて、見てきて、って言ったの。いっぱいで来たけど、他の子は消えちゃったんだって。』

 踊りながら、僕の疑問に答えるエア、だけど・・・


 なんだって?!


 エアの言葉は、うちの人たちにはみんな聞こえてるから、衝撃が走ったよ。

 「マジか・・・」

 そうつぶやいたのは、バンミかな?

 でも、みんな同じ気持ち。


 まさかね、なんて冗談で言ってたことが、今、目の前にあるようです。


 エアの言う精霊様って、華さんのことだ。

 華さんは、海の向こう、遠い北の大陸にいる。

 そして、その地にある魔素の異常な地域、と言っていい、樹海での揺らぎをたどって、この子たちはやってきたという。ただし、たくさんの犠牲付きで。


 「このゆがみが樹海と繋がっとる、というのは確定じゃのう。」

 ドクが言う。

 みんなギョッとした顔で、ドクを見たよ。

 みんなも、おそらくそうだろう、って思ってても、声に出して言われると、くるものがあるんだろう。もちろん僕も含めてね。

 それが、専門家でもあるドク、という大魔導師の言葉であったらなおさらだ。

 そんなわけはないけど、ドクの言葉によって、へと変わった気がしちゃったよ。



 この南部では、時折このコールタールみたいなのが現れて、魔物が凶暴化したり、また、見知らぬ黒い魔物が出る、というのは、よく知られていることのよう。

 で、この黒い魔物が出たら、とにかく少数の見張りを立てて、消滅するのを待つというのが対処法らしいです。

 なぜなら、魔法も物理も効かないけど、長い短いはあっても、確実に自己崩壊、ていうか、ある程度したらコールタールに飲み込まれるように一体化して消えちゃうから、らしい。

 この話を聞いたときは、そんなもんか、って思っただけだったんだけどね、ゴーダンたちはこの話を聞いて、そんなノウハウが出来るぐらいには、頻繁に生じている事象である、って警戒したようです。

 一応、セスの対応は、とにかく遠距離から攻撃して、場所を移動させないように戦うみたい。なんでも、魔物が通った跡は、魔素が異常になって動植物に影響を与えるだけでなく、樹海を広げる足場になる、って言われてるから、だそうです。

 とにかく、遠距離から弓とか魔法で連携して留めるから、時間はかかっても倒せてる、と思ってたみたい。もちろん崩壊するのは知ってるけど、攻撃で自然崩壊よりは確実に早く倒れるから、間違いなくやっつけてる、ってアーチャは言ってるよ。

 まぁ、僕の「ホーリー」は別格、だそうだけど、ね。



 みんな半分呆然として、半分現実逃避して、妖精のダンスを見ていたんだけど・・・


 「ん?」

 「あっ!」


 ほぼ同時にドクとアーチャが何かを感じたみたい。

 さすがに索敵能力高いです。ていうか、索敵、してたんだね。


 「アレクよ。その子達は仲間が消えた、と言うておったじゃろ。なんとか無事に戻せんか?アレクが通った精霊の道を使って帰すことができんかのぉ。」

 ドクが、そんな風に言ったよ。

 『そんなことしなくても精霊様の下にはすぐに行けるよ。』

 エアが言った。

 距離は関係なく、眷属っていうのかな、精霊にくっついてる妖精は、ともに存在出来る、みたいなこと言ってた。エアだって、よく精霊様のとこに戻る、なんて言ってるしね。


 「そうか。なら、すぐに戻るように言ってやってくれ。それと、アレクもあっちに行って、その向こう側の揺らぎを見てこれんか?こことの連動を知りたいしのぉ。ほれ。」

 ドクはそういうと、ドクの魔力で満ちた魔石をいくつか渡してきたよ。

 ドクの魔力が入った魔石は僕も持ってるけど、1つだけ。緊急通話用なんだ。

 ベルトに施された魔法陣を通すと、遠距離でも念話ができるすぐれもの。相手の魔力を帯びた魔石を持ってなきゃならないけどね。ちなみに僕の魔力を含んだのは、いっぱいあります。魔力が多いから、魔導具を動かす燃料として、あちこちに置いてるからね。みんな何個かずつ持ってるはず。


 「向こうに行ったら、念話を送るんじゃ。消えるタイミングを確認したい。」

 僕は、頷いた。

 リアルタイム通話で、この現象を確認するんだね。


 「時間がないぞ。パクサ殿下がそろそろ見えてくる頃じゃ。」


 え?

 ドクとアーチャが気にしていた気配って、兄様のことだったの?

 僕たちを置いて先に王都に戻る、ってことになってたようだけど?・・・

 そう話し合うのに、ドク達、遅れたんだよね?

 そんなことを思いながら、宙さんに連絡を取ろうと・・・


 「ちょっと待ってください。ダー。それはあなたしか行けないのよね?」

 今にもポシェット経由で行こうとしていたところで、ミランダが言ったよ。

 そりゃ、この空間、誰も入れないもんね。疑似宇宙空間だし。

 「あまりにも危険です。樹海の中ですよ。」

 「確かに。」

 ミランダにアーチャも同意する。

 この現象と、追いかけてくるパクサ兄様が気になってみんな忘れてたけど、樹海はとっても危険で一人で行くような場所じゃない。

 でも行けるのが僕だけなら、調査の価値、あると思う。


 『なんだ?ダーだけだと危険な場所なのか?なら我が同行しよう。』


 みんなで危険だ、いや大丈夫、なんて言い合いしてたら、グレンが言ったよ。


 『ダーが出てきたところからなら我は異界に行けるぞ。森の精霊の世話をしていたしな。』

 へ?

 森の精霊の空間も確かに精霊の空間だ。

 この前、帰ってきた時に僕の魔力をたっぷり渡してるし、そう言う意味では、宙さんの空間や華さんの空間と大して差はない。実際、あそこを通ってきたんだし・・・

 森の精霊のところから、直接華さんの空間に出れれば、グレンなら通れ抜けられるってことか。

 そういうことだよね、宙さん?

 『・・・・』

 返事がない。

 『聞いてるよね?』

 『・・・・』

 ちょっぴりむくれたような感情は送ってくるものの、やはり返事はない。

 『宙さん?』

 『はぁ~~。可能です。しかし推奨しません。』

 『なんで?』

 『・・・・私の出番がありません。』

 『・・・』


 ハハハ。大丈夫そう。

 森の精霊と華さんの許可があればできるはず。


 「グレンか。確かに頼りになるな。それに、ランセルの巣に向かうなら、丁度いい目くらましになる。」

 ゴーダンが言ったよ。

 目くらまし?

 「行け!グレン、ダーを頼んだ。危ないと思ったら気絶させてでも連れて帰ってくれ。」

 『そのつもりだ。』

 「ちょっ、なんだよ、それ。」

 「いいから、もう殿下が来るぞ!」

 『わかった!』

 言うなり、グレンが駆け出す。

 僕と、踊り続ける妖精たちを乗せたまま、ものすごい勢いで走り出したよ。



 「おい、アレク!どこへ行く!!待て!待てと言っている~~~!!!」


 パクサ兄様の叫ぶ声が、なんとなく懐かしい響きを持って飛び去っていった。

 たしかドップラー効果、って言うんだっけ?アハッ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る