第108話 ランセルの休憩所
ほとんどパクサ兄様のおしゃべりで、馬車は進みます。
当然前後に数台の馬車が走ってるよ。
付いてきた騎士団は2台に分乗してるし、被害者達用の寝台車みたいに使ってる馬車もある。もちろん宵の明星のもあるし、他にも戦闘職じゃないお付きの人達みたいなのが乗ってるやつ。
南部へ向かうときは、従軍訓練で、いっても素人集団。しかも魔物狩りの経験もする必要があって、無茶苦茶時間がかかったけど、帰りはそこそこのスピードです。
なんせ騎士様たちがほとんどだからね。
パクサ兄様がいることで、ちょっぴりリッチな馬車が用意されてるようで、そもそもの馬車とかシューバなんかのスペックも違う。あ、戦闘職じゃない人の馬車とかも、御者をやってるのは、騎士所属の人だからね。
それに魔物は狩るより追い払う、を、主としてるんだ。
魔物だって、本能で強そうな集団は避けるし、仮に出てきても、速攻で片付けられるレベルの人達が、追い払っちゃう。狩っちゃうと、死骸処理だけでも進行が止まっちゃうから、急ぐときは追い払う、が、正解なんだって。
まぁ、そんなこんなで、とにかく行きより何倍も早いんだ。
気がつくと、ランセルの襲撃で足止め食った場所なんだもん。
ここでは、ちゃんと休憩します。
集団がまとまって休憩出来るような場所は、あんまりないからね。
それにしても、ここはこの短期間で、ものすごい安全地帯になっちゃってるよ。
どうやら、ランセルがこのあたりを縄張りにしていて、魔物をやっつけちゃってるみたいです。お陰で、安全度、爆上がり。しかもこのランセルは襲いかかってこない。まぁ、グレンたちの群れなんだけどね。勝手に守護兵はじめちゃったみたいなんだ。
なんかね、ここいらのランセルの討伐禁止が発令されてるみたい。
なんでも、辺境伯が、お触れを出したようです。
グレンとかの話は、会ったときにしたんだけど、そのとき決断したみたいだね。ここのランセルは僕の友達だから、討伐しちゃダメだってね。
ありがたいことです。今じゃランセルの休憩所なんて呼ばれてるらしい。
正確にはこの辺りは辺境伯の領じゃないけど、寄子みたいな領だそう。簡単に言えばこの辺りを与えられている領主が複数いて、その人は辺境伯の子分みたいな感じってこと。
もともと南へ南へと開拓を進めている当初は、しっかりした領都ってのはなくて、拠点を南へと移しながら国を広げていたんだ。
その最前線であり最南端は常に辺境伯の領として扱っていたけど、開拓しつつ治めるのは至難の業。
で、ここから北は治められないから王家にお任せ、ってどんどん振っていって、褒賞用の領地として扱ってきたんだって。
そんなだから、この辺りの小さな領地は、実質バルボイから分筆されたようなもの。辺境伯と近しい人も多いってわけ。
今の領都だって、いつ別の人に譲渡されるかわからないようです。
まぁ、そんなこんなで、ここはランセルに守られた安全地帯として、旅人たちに知られるようになってきたみたい。
旅人っていえば、ほとんどが商人か冒険者だからね、情報は早いようです。
早すぎだなぁ、と思うのは、小さなお店がいくつも出店してたりして、ちょっと驚きです。
こんな風にキラキラと・・・
ん?
キラキラ?
お店を冷やかしてて、気がついたら、目の前をキラキラがちかちかしてるよ。
って、ちかちかどころじゃないね。僕の頭の周りをグルグルいっぱいのキラキラが回っている!
ひょっとしなくても、森の妖精たち?
僕が気付いたのに勘付いたようで、僕の頭を中心に並行移動しながら、森の奥へと誘ってるみたい。来いって言ってるの?
僕とキラキラに気付いたアーチャが走ってきたから、
「森の精が来てって言ってるみたい。」
って、言ったんだ。
『ダー、一緒に来てくれ。殺せぬ死体が来るやもしれん。』
そのとき、僕の頭に響いたのはグレンの声。
グレンは、王都に行くにはちょっと・・・って感じだから、普段はここにいることにする、ってなったんだ。
僕と一緒にいる一番の目的は果たしたしね。
で、ここまでは一緒に来て、さっきバイバイしたところだったんだけど。
声のする方に目を向けると、むせるような緑の中に赤いグレンの毛が見えた。
このグレンの声は僕だけじゃなくて、仲間たちにも聞こえたようで、ゴーダンがみんなを集め、自分は兄様のところへ走ったみたい。
『ダー、早く!』
焦るようなグレンの声。
それでも他の人達を驚かせないように森に隠れているから、アーチャと顔を見合わせて、グレンの下へと駆けつけたんだ。
それを見て、ドクがいろいろと残った仲間に指示を出しているようで。
慌てて寄ってきたのは、ミランダ、ラッセイ、そしてバンミ。
背後では、パクサ兄様がゴーダンと言い合ってるみたいな声が聞こえる。
グレンは僕を背に乗せると、森の中へと走り出した。みんなが付いてこれるギリギリのスピードでね。
僕が背に乗せられたのは、どうやらスピードアップのためのようで・・・
どうせみんなに比べたら遅いです、グスン。
しばらく走っていると、ドクン、ってなんかの感覚が押し寄せたんだ。
これ・・・知ってる・・・。
「樹海の気配?」
アーチャがつぶやくのが聞こえた。
「バンミ、後続の案内を。」
それを聞いたラッセイがバンミに言う。
バンミは頷いて踵を返すと、もと来た道を走り出した。はじめからその予定だったのか、この森の中を迷わず戻っていったみたい。しっかり目印をつけていたようです。
バンミを見送った僕らの足は、ゆっくりと前へと進む。もちろん僕はグレンの背だけど・・・
いつの間にかグレンを追い越して、アーチャが前に出る。
忘れられない気配へと歩を進める。そこから感じるプレッシャーは、樹海から感じたあれと同じだ。
「なんで?」
アーチャがつぶやく。
今までこの森になかった気配。
似てる、というよりは、そのものの気配が突如現れた?
僕でも感じるこの気配は、あの森で産まれ育ったアーチャには、もっと感じるんだろうけど・・・
でも、いったいなんだこれ?
いつの間にかみんなの足は止まっている。
グレンは『殺せぬ死体』なんて言ったけど、あのコールタールみたいな魔物がいる気配はない。
『今のところは、な。』
僕の気持ちを読み取ったのか、グレンがそんな風に言った。
「これから出てくるってこと?」
『この風が吹くと、黒いたまりが現れる。触れると殺せぬ死体になってしまう。』
風?
風が変わったというよりも、空気が変わったんだ。魔素量、っていうのかな、調べたことはないけど、調べたら含有量は全然違うはず。
それと・・・・匂いも。
「これは・・・」
そのとき、驚いたように背後からドクの声がした。
どうやら、バンミがゴーダンとドクを連れてきたようで・・・
「樹海、の気配か?」
ドクは難しい顔で、前の空間を睨んで、言った。
「そこいらだけ、か?」
ゴーダンも同じように睨みながら言った。
そこいら。
前世風に言えば5メートル四方ぐらい?いや、奥行き3メートル横に5メートルのいびつな楕円形?
よく見ると、そんな大きさの空間がゆらゆらとしているように感じる。
そして、濃厚な樹海の空気が漂うのは、そのゆらゆらとした場所からだった。
「さすがに本物の樹海がここに現れたってわけじゃないだろうが・・・」
ゴーダンがつぶやいたのが、やけに僕の耳に大きく届く。
ここは樹海と繋がってる?
そんなバカな。
でも、樹海がどんな場所なのか、誰も知らないんだ。
この世界。異空間を繋げる術がある、ってこと、僕は体験したばかりだ。
でも、精霊が媒介してる様子はないんだけど・・・
!
そのとき、その空間が大きくさらに揺れた。
そして・・・
黒いコールタールみたいな魔素溜りが、はじめは雨粒の染みのように現れ、ゆっくりと広がっていくのが見えた。
麻痺したようにみんなでその黒い染みが広がる地面を凝視する。
と・・・
ガン、と、頭の中を殴りつけられるような衝撃と共に、その空間が爆発したように感じ・・・・
『みっけ!』
僕の胸に小さな人が、勢いよく飛びついてきたんだ。
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