第96話 外交官サンチャタ

 僕が乗った馬車が着くと、すでに門戸は広げられ、ノンストップでお屋敷の中へ入っていったよ。

 玄関について、馬車の扉が開かれた。

 高級馬車には、踏み台が付いてて、階段みたいになっているんだ。

 で、先に、パリミウマムさんが降りて、階下で臣下の礼みたいなのを取ってくれた。胸に手を当てて、うやうやしく頭を下げてるんだけどね。


 その姿を見た、このお屋敷の人達。

 えっとね、玄関のところは、半円形のでかい10段ぐらいの階段になってて、その上に出入り口の2枚扉があるんだけどね。

 お屋敷の人達は、どうやら、そのてっぺんの扉の前に立っていて僕らを待っていたみたいなんだ。そこにはロッシーシさんもいたよ。

 でね、パリミウマムさんが、その階段の下、馬車から降りたところで、さっきのポーズしたのを見たもんだから、みんな慌てて降りてきて、階段より下に並んだんだ。主らしき若っぽいエルフは石畳の上で、他の使用人らしき人はその1つ下、地面が見えてるところに立って、頭を深々とさげちゃった。

 あ、ちなみにロッシーシさんだけは、ニシシって感じの笑みを浮かべて、ドアの前でこっちを見下ろしてるよ。


 まぁ、なんか、そんな仰々しくなっちゃった雰囲気の中、僕は踏み台の階段を降りる。

 馬車についてきてた騎士っぽい人が手を差し伸べてきたから、その手をとって降りたんだ。はぁ、本当は飛び降りるほうがよっぽどか楽なんだけどなぁ。


 僕は地面に降り立って、さぁどうしよう、って感じです。

 ロッシーシさんは別として、みんな頭を下げてる。こういう場合どうするんだっけ?

 確か偉い人から声をかけられなきゃ、頭を上げちゃだめって習ったけど、ひょっとして僕が一番偉い人、って扱いなの? 礼儀作法、そこまで詳しくないよ。パリミウマムさん、助けてくれないかなぁ。チラッ。

 おっと!

 絶対楽しんでるよね?

 パリミウマムさんと目が合ったよ。

 あなたがかしこまるからこんなことなっちゃったんだからね。

 もう。

 責任をとってもらうよ。

 てことで、

 「パリミウマムさん。目的地へ到着ですか?」

 質問、って形で声をかけた。

 顔上げてって言っても2回目じゃないと上げてくれないかも、だから、面倒をすっ飛ばして、質問にしちゃったよ、えへ。

 えっとね、これって、他の人は目に入ってません、みたいな感じで、ちょっぴり嫌なやつっぽいんだけどね、王子なら許される類いのもんなんだって。

 ちなみに、この技は、パクサ兄様にこっそり教えて貰ったんだ。プジョー兄様とか皇太子殿下=お父様の前でやっちゃだめだよ、ってウィンク付でね。

 パクサ兄様、礼儀とか面倒なときは直接聞く、っていう荒技で、距離を縮めるんだそうです。と、同時に他の人はいないように扱うことで、自分と他の人の中継はこの人だって丸投げする、なんだって。バレたらお小言受けるし礼儀のレッスン入るからほどほどに相手を見極めて使うもんだってのも、高等技術ならでは、だそうです。ハハハ。



 「はっ。殿下が面会をご所望のサンチャタ公の屋敷になります。そこに侍っておりますのが、件のサンチャタ公にございます。」

 名指しされたのは、一人石畳に立つ男の人でした。

 僕の視線を受けて、下げた頭を、さらに深く下げて、どうやらお辞儀をしたようです。

 「サンチャタ公。こちらのお方は、タクテリア聖王国ジムニ・プレミナス・レ・マジダシオ・タクテリア皇太子が第三王子、アレクサンダー・ナッタジ・ミ・マジダシオ・タクテリア殿下であらせられる。本日は貴公の下に身を寄せられているであろうお方のことについて伺いたいと、相、参られた。粗そうなきようにな。」

 わぁお。

 さすがに、フルネーム、覚えてるんだ。

 自分でも忘れそうになるのに、たいしたものです。


 「これはこれは、我があばら屋にご足労、感激至極にございます。まずは、こんな場所ではなんですから、ささ、中へとお進みくださいませ。」


 サンチャタさん、顔を上げることなく、僕に入るように言ったよ。

 さすがに外交官というところか、一見、外には出てないけどね、なんだろう、困惑の感情がダダ漏れです。何人か政治家さん的な人には会ったけど、ここまで感情ダダ漏れな人って、少なくとも大物にはいないです。てか、小物確定、かな?

 なぁんて、案内されながら、前を行くサンチャタさんを見ていたんだ。



 サンチャタさんのお屋敷も、以前潜入したことのあるロッシーシさんのお屋敷に似た感じでした。

 まぁ、ちゃんと自分たちが使う用のお屋敷部分と、何かあったときに自分を推した人達を匿う用のたくさんの部屋と、ってのを用意するのが評議員のおうちのお約束。寮みたいな場所と、応接等公共の場所、プライベート空間、てなものを作ると、似たようなものになっちゃうんだろうね。

 僕が案内されたのは、ちょっとゴージャスめな応接でした。


 僕、パリミウマムさん、ロッシーシさんの順で席に案内されます。

 メイドさん達がお茶を用意し、さっさと出ていくと、それなりの大きさの部屋には僕ら4人だけになったよ。


 これはちょっぴりイレギュラーな配置です。

 僕がお忍びってことになってて、従者を一人も連れてないからってことみたい。

 ほら、学校でも従者二人以上を用意しなきゃダメ、っていうルールがあったでしょ?高貴な人には従者がついてあたりまえ。生活全般のお世話と、ちょっとした護衛を兼ねるんだ。場所によっては従者じゃなくて騎士を連れる場合もあるし、従者と騎士を兼ねてる場合もある。ようはなんでもいいけど、おつきを2人以上連れて行くのが当たり前、ってこと。


 こんな当たり前のことをやらない場合もあります。

 それは、超重要機密であって、信頼に足る人達しかこの場にいない、って分かっている場合です。

 てのがもともとで、信頼を表すパフォーマンスとして、近年では従者を排してお話しする、っていう形がとられるんだって。本当は二人以上が常識だけど、一人しか置かない、とか、誰も置かない、とかね。

 で、基本、信頼を表すんだから、その場の偉い人に合わせるんだ。

 この場合、僕だそう。

 僕が誰も連れてないのに、他の人が連れるのは、僕に対して失礼、になるんだそうです。偉い人は信頼してるのに、あんた何不安がってるの、ってことだね。


 まぁ、僕が従者を連れてないのは、単に誰もついてきてないから、なんだけどね。そりゃメンダンさんやレーなんかを従者にして連れてもよかったんだけどさ。平民で作法なんて習ったことのない彼らにそんな役割押しつけられないしね。そもそも、僕の下に付けるのには正式の場所だと身分的にまずいんだよね。従者にもそれなりの地位を要求する、意味の分かんないルールです。

 ちなみに、僕が国とかで正式に訪問する場合は、ミランダとラッセイが近衛騎士としてつくんだ。二人は僕が王子になるときに男爵になってもらったから、どこにでも従者として近衛としてついて来れます。簡易なところに行く場合はバンミとかバフマ、あとはナハトもありかもね。身分を問われないなら、十分やってけます。


 そんな感じで、従者なしのお話し、っていう、どっちかっていうと仲良しこよしの会議っぽい感じで、お話し合いは始まりました。


 サンチャタさんってば、思ったよりおどおどしてるね。チラッチラッと、僕だけじゃなく二人にも目線を送ってます。

 なんでこうなった?なんて思ってるんだろうね。


 僕をのぞいて一番偉いのはパリミウマムさんなのかな?なんとなく彼が仕切るように挨拶をしたり、当たり障りのない世間話で、お話しは始まりました。

 これは後で聞いた話だけど、ロッシーシさんとパリミウマムさんでは、派閥的なものも違うし、どちらも長くやっているので、どっちが上とか微妙なんだって。

 ただ今回の場合、ロッシーシさんは僕の後見って感じの立場で、パリミウマムさんは中立的な立場でお話しをする、って立ち位置を取ることにしたみたいで、仕切りは中立のパリミウマムさんになってたんだそう。そのあたりは、僕がお着替えしている間の短い時間でちゃっちゃと詰めちゃって、それからロッシーシさんが前触れに出発した、ってことらしいです。

 プロ同士のお話し合いは、簡単に済ませられるんだそう・・・




 「いや、その私は殿下が殿下とは存じませず・・・その失礼をいたしまして、こざいます。」

 あらら、しどろもどろじゃない?なんていうか、そんなんで外国の人とうまく交渉とかできるのかな?


 これも後で聞いた話。

 どうやら、この国の人は自分たちの方が上だと思って他国と接しているから、いつもは堂々としてるんだそう。ナスカッテ国って高慢ちきなイメージ、正直あります。それを普段は地でやってるみたいだね。

 でもだからこそ、自分が立場が下となると、たちまち弱っちゃう。

 今回は、大御所が2名も急に来て、自分が探している人物が大国の王子だって言われたから、しどろもどろになっちゃったっぽい。余所の国の王子、なんていってもたかが人族のガキンチョ、って普通なら自分のペースに持っていける人なんだけど、二人が明らかに僕を押し上げてるから、拙い!って思っちゃったみたいです。


 「単刀直入に聞くけど、うちの家族を捕らえてる?」

 「いやいや、そんな滅相もない。その、殿下とはつゆ知らず、我が国の民が大変お世話になった方のお身内ではないか、とお礼をしたくお越しいただいた次第。決して、けっして!意に反して、お越しいただいたわけではございません。」

 「・・・。ま、いいや。で、パッデは?パッデはここにいるんでしょ?」

 「はっ、いや、その、あ、はい、ではありますが、その、なんですな・・・」

 「だから、いるの?いないの?」

 いるのはわかってるんだよね。だって僕の肩にはエアが座ってて、パッデが帰る用意済ませたよって言ってるから。でね、この人、ずっと偉そうにしてたのに、ってプンプン怒ってます。何かエアの気に触ること、したのかな?


 「います、います!ただいま、ただいまお連れしますので、少々お待ちを!!」


 転がるように部屋を出ていったよ。



 本来なら、使用人さんを呼んで言伝し、連れてきて貰うのが正解、なんだけどなぁ。礼儀作法の成績がよくない僕でも、ホストが客をほったらかしにして退室、なんてNGだって知ってるよ?


やれやれ、って雰囲気で、お茶を飲む僕たちだったけど・・・


 なんだか、想像以上に、サンチャタさんってポンコツだったよ。って、今までの緊張がなんだかばからしくなっちゃった。

 

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