第89話 もう一人の帰還者

 次の日も、僕を宿に放っておいて、レーもメンダンさんも出かけちゃった。メンデンさんからは、トンツー書かずに直接文字に出来るように練習すること、なんていう宿題付。はぁ。僕が雇い主、の子供なんですが・・・・

 なんか、メンデンさんの僕への当たりが徐々に雑になってるようで、解せないです。はぁ。


 でも、今日ちゃんと対策練ってるよ。

 フフフ、エアです。

 エアは常に僕の側の空間にいるんだよね。まぁ、たまぁにグレンや他の妖精と遊びに行ったり、華さんのところに戻ってたり、ふらりと気になったところを見に行ったり、たまにはパーティ仲間の要請でお仕事手伝ったりしてるけどね。

 で、本日はいつもどおり、僕の側にいてくれてたみたい。

 でね、エアにお願いして、メンデンさんについていって貰うことにしたよ。

 だって、どうやって情報集めてるか気になるじゃない?


 どうやらパッデは、サンチャタの屋敷に軟禁されているらしい、っていうのは、彼の情報でした。

 はじめは外務省にでも捕まってるのかな、って思ってたんだけど、外務省なんていうしっかりした組織はないんだそうです。外務をやってる課ぐらいの感覚なんだって。

 官僚がお仕事する中枢の建物はあるけど、その中に外務の仕事している機関もあれば、人事や税務の仕事をしている機関も混在してるんだそう。

 で、人を捕まえておくのは、別場所にある憲兵の牢とかぐらいだそうで、今回パッデは、個人的にサンチャタが確保してる、って感じみたいです。


 ただね、評議員になるような人のお屋敷って、基本的には何かあったときに自分を代表としてくれてる人達の避難場所にならなくちゃならない、ってことで、お泊まりの場所はいっぱい用意されている。

 でね、そんないっぱいある宿泊所は、自分の担当のお仕事に関しても使ったりするんだって。外務省的な仕事をしてるサンチャタでいえば、外国で保護したミチェさんみたいな人の一時預かり所、みたいな役割、だね。


 とりあえず、今日の所はパッデの無事を確かめたいんだ。

 大丈夫って言ってるメンダンさんを信じられないわけじゃないけど、今回初めて会った人。悪い人じゃなくても、僕が幼く見えるからって必要以上にいろんなことから遠ざけようとしている気がするんだ。僕はそんなこと望んでいないし、なんのために異空間を使ってまで、急いで南部からやってきたんだ、って話だよね?


 エアは、嘘をつかない。ううん、妖精は嘘をつけるようにはできていない。だから、もしパッデに救いがすぐにでもいれば、僕にそう言ってくれるはず。たとえ、それを聞いて僕が無茶するかも、って思っても、間違いなくパッデが危険だよって教えてくれる信頼感はあるんだ。

 あとね、これが宵の明星の仲間だったとしたら、ここにいろ、って言われれば黙って(文句言うかも知れないけどそれはそれとしてね)、待機する。

 彼らがすることって、僕にとってそれが正しいと、信じられるから。

 彼らなら危なくても必要だと思えば、僕を連れて行ってくれるって分かってるから、待機は待機が必要なんだ、って理解出来るんだ。


 なんて、自分で自分に言い訳するみたいにエアを送り出した僕。

 とりあえずはメンダンさんがやってることを見て教えて貰うこと。どこかでパッデの居場所が分かったら、そこに行ってパッデが無事か確認してくること。そうエアにお願いして、僕は待機するしかないよね。

 はぁ、トンツー、勉強しなきゃ、です。



 乗り気できないお勉強がまったく進まず、うだうだとしていたとき、僕にお客さんだと、宿の人が言ってきたよ。

 どうやら昨日来たミチェさんがやってきたようです。

 うん。せっかく来てくれたんだから、追い返すなんて失礼はできないよね。

 勉強が進まなくてもしかたがないよね、うん。へへへ。


 僕がミチェさんを迎え入れると、もう一人女の人がついて来ちゃいました。

 戸惑っていると、もう一人の帰還した女の子です、ってミチェさん。

 とりあえずは応接に。

 お茶とお菓子を出して、向かい合います。


 「本日は唐突な訪問にもかかわらず、殿下におかれましてはお受けくださいましてありがとうございます。私、パリミウマム家にて侍女を拝命しております、サスティと申します。過日は助けていただき、まことにありがとうございました。」

 うわぁ、完璧なカーテシーで、流暢な挨拶をしてきたよ。

 隣でミチェさん、目を白黒してるじゃない。


 「え、え?パリミウマム様?殿下?え、え?」

 ハハハ、そうなっちゃうよねぇ。


 「あ、えっと、サスティさん、でしたっけ?まいったなぁ。僕はダー。冒険者のダーとしてここにいます。その、えっと・・・仰々しいのはちょっと・・・」

 僕が嫌そうに言うと、フフフ、とサスティさんは笑いました。


 「フフフ、殿下ならそう言うと思ってました。お嬢様の言うとおりのお方ですね。それにあの教練所で見たままです。フフフ。」

 ・・・

 お嬢様?誰?

 「殿下のことは帰還してすぐに主家に報告させてもらいました。殿下のナスカッテでの行動は主も把握していたようですよ。この国の評議員であれば、ある程度の噂は存じております。」

 ニコッて笑うけど、怖っ。

 確かにナスカッテ国でも、ちょっとした騒動はあったけど・・・

 怖っ。お偉いさんって怖いです。


 「3年前の殿下の御拝命の儀式、拝見させていただきまして、あのときの冒険者のお子である、と確信、その旨主に伝えましたところ、以前よりあなた様を気にされていたお嬢様が、貴国へと留学することが決まりました。今はご学友、と伺っておりますが?」

 ・・・・?

 パリミマウム・・・ライライ・パリミマウムか!確かナスカッテから留学してきたお嬢様だ。治世者養成校に在学できるんだ。それなりの御曹司には間違いない。

 そっか。ライライさんの・・・


 「先日は、あなた様に嫌われたかもしれない、と、後悔の手紙を届けられました。お嬢様は気に入りませんか?」

 「はぁ。意味わかんないです。僕を手に入れても、なんの役にもたたないよ。」

 「ご冗談を。宵闇の至宝。国の宝。そう王に言わしめたのは、あなたがいくつのときでしたか?ナッタジ商会の麒麟児。大魔導師グラノフの秘蔵っ子。弾丸爆滅の虎の子。貴方に対する2つ名は事欠きませんよ。」

 「おかげで、後ろ盾のために王子なんて合わない立場に立たされたんだけどね。でも、僕は基本は冒険者です。お嬢様に言い寄られても困るだけです。」

 「ウフフ。それでもいいです。お友達でも良いって、お嬢様は言っておられますよ。いじらしいでしょう?どうか嫌わないでくださいませ。」



 はぁ。なんか調子狂うよね。

 まぁ、僕よりもっとびっくりしてるのは連れてきたミチェさんだけど。


 どうやら、このサスティさん、15年ぐらい前に侍女兼お友達役として、パリミウマムに雇われたらしい。親も代々仕えているらしくて、年の近い子供として、雇われたのだという。

 だけど、今から7年ほど前、お使いで町に出たときに、ザドヴァの工作員みたいな人に連れ去られちゃったそう。そのまま、僕らが救い出すまでの4年間、あの最悪な施設で訓練を受けていたらしい。


 「この性格はあそこで培われました。主には評判良いですのよ。」

 ウフフ、って言うけど、いやいや、性格良さそうに見えませんよ?


 「殿下。殿下はあのとき潜入に際して父親役をされたお仲間を救いに、どうやってかタクテリア聖王国のバルボイ領より、突如このトゼにやってこられた、そうですよね。ああ、どうやってこんな短期間に、なんて無粋なことは聞きません。そうですね。お仲間は今のところ無事です。ですが、殿下、殿下がここにおられるということがサンチャタ様に知れたら、どうでしょう。彼は野心家と噂です。どのような暴挙に出るか分かりませんよ。」

 心の中を見透かすように、僕の目をジッと見るサスティさん。

 しばらくそうしたあと、突然ニコって笑ったんだ。


 「主が力添えをさせて欲しい、そう申しております。見返りは何も、と言いたいところですが、ただ1つだけ。結婚しろとも彼女にしろ、とも言いません。何があなたの気に触ったかは存じませんが、どうかお嬢様を許していただき、せめてお友達でいてあげてくださいませ。主からのたっての願いでございます。」

 深々と頭を下げるサスティさん。


 いや。

 それが対価になるほど別にライライさんを嫌ってるわけじゃないんだ。ただ強引さに引いちゃっただけ。

 だけど、これは良い機会、なんだろうか。それとも、僕を取り込む罠?


 だけど、僕は・・・

 パッデをなんとか手に戻したい。今はそれだけが強い願いなんだ。


 だから・・・・


 僕は、サスティさんの差し伸べる手を取ることにした。

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