第87話 ミチェ

 ご飯を食べたあと、レーが兵士たちを連れてきた少女に会う算段をしに出かけ、もれなく、お宿に連れてきたんだ。

 でね、僕がいるのを見て、息をのんだのが分かった。わかりやすく両手で口を覆って、目を見開いてたからね。

 余りにビックリしたのか、過呼吸気味。

 そんな、お化けでも見たような顔されると、さすがに傷つきます。


 「あ、あ・・・お父様だけじゃなく、夜空の天使様ご本人も・・・・」

 なんて、うわごとのように言ってるけど、夜空の天使?

 とりあえず落ち着くのを待って、あらためてお話しを聞くことになりました。


 「私は、ミチェと言います。ザドヴァの教養所から、夜空の天使様たちに助けていただきました。」

 ミチェ、と名乗ったその子は、そんな風に言ったよ。

 「えっと、夜空の天使様って?」

 「あ、ごめんなさい。あなたの名前を知らなくて。みんなで夜空の髪を持つ天使様って呼んでたんです。」

 何、その恥ずかしい呼び方。

 あれ?でもみんな知ってるよね、て、自己紹介とかもほとんどなかったから、同室の者か、一緒に連れて行かれた子以外名前なんて知らないか。パーティメンバーが僕をダーって呼んでたとは思うけど、助け出したばかりの子たちがそこまで聞いてないだろうし、短すぎて聞き取れなかったのかもね。


 「あ。僕はダー。アレクサンダー・ナッタジっていいます。」

 「ダー様?え?外国のお貴族様ですか?」

 「まぁ、そんなところ、かな?て言ってもザドヴァの頃は平民だったけどね?」

 「えと・・・それはあれだけのことをされるのですから、お貴族様にも召されるのでしょうね。あの、その、その節はありがとうございました。」

 「あ、うん。僕だけじゃなくてパーティでやったことだけどね。」

 「いえ。教習所に来られたときから噂になってたんです。ものすごく小さな子が連れてこられたけど、その子が女の子だと思ったら男の子で、すごく反抗的だって。ずっとぶたれててかわいそうだけど、助けることも出来ないし、それなのにずっとキラキラしてて、ただ者じゃない、って。」

 「え、嘘。そんなに僕目立つつもりじゃなかったんだけど・・・」

 「その・・・それだけの美貌ですし、目立ちますよ。それに、先生方に刃向かうなんて、考えられないことだったし・・・来たばかりとはいえ、あれだけ派手に反抗してたら、その・・・目立ちます。」

 「あー・・・・」

 僕は明後日の方を向いて、ごまかすしかないよね。

 そこの大人二人。何、うんうん頷いてるんだよ。僕はちゃんと静かに潜入・・・しようとは思ってたんだからね・・・はぁ。


 「私たちはダー様たちに助けられたあと、商業ギルドの方々に預けられました。そのとき、お父様もお世話してくださってて・・・一緒に馬車に乗ったって子たちが、お礼を言ってらしたから、天使様のお父様なんだ、ってみんなで・・・」

 「そうなんだ。でも、あの人は僕の本当のお父さんじゃないんだ。」

 「え?そうなんですか?でも、ダー様にお礼を言いたいって居場所を聞いてたその人たちに、僕の天使はまだ向こうで仕事をしてるんだ、って言ってらしたから、てっきり本当のお父様かと・・・それまでは夜空の髪の方、とか、救世主、とかヒーロー様、とかいろいろ、ダー様のことを呼んでましたが、お父様、と思われる方の言った天使ってのがなんか腑に落ちて、それからは夜空の天使ってみんなで呼んでたんですけど・・・」

 はぁ。恥ずかしい呼び名の犯人はまさかのパッデ?会ったら文句言わなきゃ。

 そのためにも、さっさと見つけて、連れてくるんだ!


 「で、なんで兵隊さん達が彼を連れてったの?」

 「ごめんなさい!まさかあんなことになるとは思ってなかったんです。」

 頭下げて泣き出しちゃった。僕がめちゃくちゃ悪い子みたいじゃん。


 少し落ち着いて話を聞くと、連れて行ったのは、外交官をやっている評議員のサンチャタって人の騎士なんだそう。

 サンチャタは、帰還した子供たちを引き受けたナスカッテ国側の重鎮で、代表者みたいな人なんだって。

 エルフとしては若い評議員。まだこの仕事について20年ぐらい、っていうから、ハハ、僕が産まれてからの倍も、外交官してるんだね。

 前世の日本で言うなら外務大臣ってところかな?実際のお仕事は官僚だけど、責任者は評議員がなるみたい。


 ナスカッテ国に帰ってきたミチェさんたちは、まず外務省みたいなところへ連れて行かれ、下っ端官僚さんに続いて、サンチャタの尋問を受けたらしい。

 で、被害をザドヴァに対して訴えて、お金をもらって自分たちにくれる、って言うんで、一生懸命みんな話をしたんだって。


 捕まってたのはほとんど見かけが人族な子ばかりだったそう。


 えっとね、純血種はほとんどいなくて、この国では混血が進んでいる。とくに繁殖力が高い人族ってね、エルフもドワーフも結婚相手に選びやすいんだ。人族はね、彼らに言わせると個体差が強くて、それが魅力的に映るらしい。自分たちにない能力を持っていたりしたら、結構モテるらしい。

 それに人族相手だと赤ちゃんが出来やすいんだそうです。

 まぁ、僕が子供だし、いろいろぼかしてお話ししてたけど、とりあえず結婚相手としての偏見は、純血主義なんていう特殊な主義の人でない限り、ほとんどないそう。


 で、実際、人族の血が混ざってる、って人は多いそう。てか、ほとんど混ざってるらしいです。で、容姿がどうなるかは、もう運次第ってとこかな?もちろん血の割合にもよるけど、先祖返り的に完全にエルフに見えたり、ドワーフに見えたり、人族に見えたり・・・・

 だから、この国では、どう見てもドワーフとどう見てもエルフの双子、なんてのも珍しくないんだって。


 ただね、外見と能力は割と合致するそうです。

 エルフっぽい人は魔法が上手、とかね?

 で、人族っぽい外見の人は、それこそ能力が色々です。

 ただ、結論的には、エルフよりも魔力は低く、ドワーフよりも非力で不器用。

 相対的にあんまり上流層にいない、って感じ。


 あのね、この国では、いろんな人種がいるけどね、外をウロウロしてるのは大概が人族に見える人たちなんだ。理由は簡単。普通に昼、外でウロウロしてたり店に立って働くのは人族が多いから。

 エルフは移動は主に馬車で、道を歩いたりしないし、ドワーフは町よりは工場が多い地区で過ごす。獣人は虐げられがちで、人目を避けがち。てことで、町中で見かけるのは人族が7割から8割を締める、ってわけ。これが高級住宅街とかになるとエルフ率が上がるし、貧しい地区なら獣人率が上がるけどね。


 てことで、掠われた子供たち。町でウロウロしているのは人族に見える外見の子が多いってこともあって、そういう子がラチられたようです。しかも、子供だけでウロウロしてるんだから、そう富裕層じゃない子、だよね。

 そもそもザドヴァは人族至上主義。ドワーフが物作りのために指定の地域で暮らすほか、他種族の存在を認めてないんだ。だから、少なくとも外見で他種族に見える子を掠うことはなかった、ってことでもあるんだって。


 どうやら、こうして掠われて、無事帰ってきたのはミチェさんを入れて3人だけだったそう。本当は、もう一人いたけど、タクテリア聖王国の魔導師養成校へ行きたいと希望したんだって。それと、ミチェさんが知ってるだけで3人は教養所の訓練中どこかに連れて行かれて帰って来なかったらしい。

 女の子の状況しか知らないし、帰ってきた子の一人は男の子だったから、男の子ももっといたはず、だそうです。


 外務省では、ザドヴァの実験もだけど、彼女たちを助けた僕たちのことも随分聞かれたらしいです。

 あのときは、僕もちょっとやらかしちゃったかな、ってこともあって、でっかい魔法も使ったり、とか、みんなを驚かせちゃったからなぁ、ハハハ。

 で、ものすごい魔法を使う天使様たちに助けられた、なんていう、偉い人が聞いたら何それ?な返答をしたらしいんだ。

 名前も分からない、自分たちより小さな夜空を纏った天使様が、特大の魔法を乱発した、そんな風に語ったようです。

 僕、そんなにめちゃくちゃ魔法を撃ってないからね?


 責任者のサンチャタは、それでもその魔法を撃ってた子供が夜空の髪を持つ、ザドヴァが手配してた子供じゃないか、なんて思ったのかもしれない。

 ただ、ちょっぴり伸びてきたとはいえ、ザドヴァへ入るときに僕は頭を坊主にしてたから、夜空の髪、っていうイメージがついていたのは、ちょっと不思議です。まぁ、短いからこそ、ところどころラメってる髪が余計に夜空っぽかったのかもしれないけどね。


 どういうことにしろ、サンチャタは子供たちに、もし天使様かその関係者を見かけたら、すぐに自分に連絡して欲しい、お礼を弾むから、って言って、みんなをそれぞれ親元にかえしたんだって。

 で、天使様の父ことパッデをたまたま食堂で見かけたミチェさん。

 ひょっとしたら、僕にも会えるかも、と思って、また、お礼のこともあって、すぐにサンチャタの屋敷に走ったら、騎士たちがワラワラと出てきて、パニクりながら案内した、ということのようです。

 はぁ、これを聞き出すのも、長かったよぉ。


 それにしても、外交官のサンチャタ、か。

 取り急ぎ潜入して、パッデを・・・


 「ダー、すぐに行っちゃだめだからな。」

 え?

 「行動を起こすのは、ちゃんとした情報確認を行ってからだ、いいな!」

 ハーって握り拳に息をかけながら、殴る真似して脅さなくても、ちゃんと大人しくしてますよ。まったく、メンダンさんが面倒です。

 

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