第85話 メンダンという人
情報収集は、ドクのおじさんでこの国の有力者であるロッシーシさんか、冒険者ギルドのギルマスのタウロスさん。そう考えて、メンダンさんに言って、さぁ出発!そう思ったんだけどね・・・・
「坊ちゃん。まずは宿を取って、休憩しましょう。」
「へ?あ、そうか。メンダンさんは商人だもんね。森を何日も歩くのはやっぱり辛かった?」
がたいがいい海の男、って感じで、なんとなく頼もしくて、ちょっぴりゴーダンの代わりに見ちゃってたよ。失敗失敗。
僕らみたいに森で育ったわけじゃなし、ただでさえ気を張る野営もあったりして、やっぱり疲れちゃってるよね。
そうだ。とりあえず、タウロスさんは宿を取って貰って休憩してて貰おう。ギルドへは僕一人でも充分だしね。
僕がそう言うと、ハァーーーって、盛大にため息をつかれちゃったよ。
「坊ちゃん。分かってないですねぇ。私じゃありません、坊ちゃんが休憩するんです。」
「僕?僕は平気平気。このぐらいの遠征なんて、遠征にもなんないよ。そもそも森で育ってるし、一日中走り回るのなんて日常茶飯事だからね。」
「そうじゃねぇ。そうじゃないんです。いいですか。坊ちゃんは坊ちゃんなんですよ?」
?
そりゃそうだ。僕は僕だよ?
「坊ちゃん。私はナッタジ商会で雇われている者で、坊ちゃんは雇っている側です。」
「ハハ。僕は雇っている人の子供ってだけ。雇っているのはママだからね。」
「ちゃかさない!いいですか。あなたは主で、私どもは
「・・・違うよ。働いてくれている人はみんな家族だよ。」
「それはあなたの見解で、事実わたしはあなたの命令に従う義務がある。」
「・・・僕はあなたに命令なんてしないよ。・・・ごめんなさい。ついてきてくれたから頼っちゃったけど、イヤだったよね。団長さんに言われて命令だから来てくれてた。なのに、無茶な行軍で・・・これじゃ僕ブラックな会社のバカ息子じゃん・・・」
グスン。
今まで、当たり前みたいに、従業員さんもみんな家族、って好き勝手使っちゃってたのかも。本人はもっとドライな関係を望んでいたかもしれないのに、僕は勝手だよね。
僕にとってパッデは大切な人で、一緒に働く商船の人も同じようにパッデの危機に身体が動いてる、なんて、思い込んでたけど・・・。そうだ。確かにこの人はお父さんである団長さんの命令で僕についてきただけだ。
「はぁ。確かに坊ちゃんは一見賢そうだけど、本当は大馬鹿だ、なんて、ナッタジ出身のやつらが笑っていたが、本当にそうだったようですね。坊ちゃん、今、私がどんなこと考えているか、分かりますか。」
「・・・わがまま御曹司に使われて、面倒だ、かな?」
ゴツン!
痛っ!
頭にゲンコを降らされてビックリしたよ。
ゴーダンがたまにやるけど、うちでは基本体罰禁止なんだけど・・・
「はぁ。殴ったことは謝りませんよ。私が一番思っているのは、パッデやあなたと親しいやつらがあなたのことを大馬鹿で何も分かってないから、自分が守らなきゃならない、なんて大言吐いているのを、私はしょっちゅう諫めてましてね。お前らごときが心配するようなお方じゃない、わきまえろ、なんて怒鳴ってた自分を、今、猛烈に反省しているところです。まったく、分かってないのは自分だ、って怒鳴りたい気分ですよ。大店の坊ちゃんだ。少々のハメ外しは、私たちと頭のできが違うからだ。あなたがうちの商品を次々と作ってるのはみんな知ってますからね。お小さいのに天才だ。不可思議な行動と思っても、天才故だ。ちょっと親しく口をきいて貰ったからって図に乗るんじゃない、そんな風に思ってたし、実際、そう叱ってたんですがねぇ。はぁ。ヤツらが何を言ってもニマニマしていた意味が、今なら分かりますよ。」
またまた盛大なため息をつく。
って、僕、そんなにみんなに馬鹿だ馬鹿だって言われてたんだ。ちょっとショックです。そりゃ、ナッタジの問題児、とか悪ガキ連中、なんて言われてたこともあったけど・・・・あれはさ、ナザたちと馬鹿騒ぎしてたからだけ、なんて思ってたんだけどなぁ・・・
「はぁ。やっぱり分かりませんか。あのですね、坊ちゃんは坊ちゃんなんです。特別なお人なんです。」
「違うよ。僕は普通の子供で・・・」
「黙れ!いいから聞きなさい。あなたはナッタジ商会の御曹司にして、商品やら販売方法やらいろいろ開発し、前の偽会頭たちが落としに落としまくった評判を、瞬く間に元に戻し、さらに上げた立役者だ。否定しなくて良い、黙って聞け!あなたがいないと商会は立ちゆかない。これは厳然とした事実だ。いいですね。」
僕が口を開こうとすると、怖い目で睨み付けるメンダンさん。マジでゴーダン並に怖いなんて、予想外です。
「しかもあなたは、正真正銘タクテリア聖王国の王子だ。王位継承権云々はどうでもいい。あなたが王族で、国の重鎮であることに変わりはない。そうですね。」
でも、と言いかけて、キッと睨まれたから、渋々口を閉じたよ。
でもさ、僕はそんな特別な子じゃないんだ・・・・
「あなたがどう思おうと、商会はあなたの背に寄りかかり、国としても掲げ上げている。あなたは、そういうお人なんです。たとえ、あなたが人は平等、とか、元々奴隷だ、とか、そんなことを言おうと知ったこっちゃない。あなたは普通の人じゃなく、多くの人の上に立つ、そんなお人だ。」
僕のジト目なんて、この人は意にも介してないみたいです。
「あなたは人の命に貴賤はない、そう言うのだろうと知っています。あなたとこんな風に接する前は、まぁなんてすごい考え方をする人がいたもんだ、頭の良いお人は違う、なんて気楽に考えていたんですがね。」
そう言うと、メンダンさんはしゃがんで僕と目線を合わせ、大きな手を僕の頭にふわっと置いて、優しく包み込んだ。
「どうせ、頭の中だけで考えて、平等だとか、人の命の重さは一緒だとか考えてる、お利口さんのお坊ちゃんだと思っていたんだけどなぁ。まさか、本気でそう思ってて、行動するお人とは、思ってませんでした。人から聞いて知ってたつもりですが、まさか、ここまでおバカさんとは思いませんでしたよ。」
褒めてる顔と口調で、なんかディスられてるよね?何が言いたいか、まったく分からないよ。こういう大人は苦手、です。
「あなたは、森でも私のことを心配し、足下に気遣い、魔物を率先してやっつけて、当たり前のように危険に飛び込んでいきましたね。私はあなたに守られるように、この森を抜けました。」
あたりまえだ。
僕は冒険者で、剣も魔法もずっと鍛えているんだから。
見た目はこんなでも、妖精たちが選ぶ道にいる魔物ぐらい、簡単にやっつけられるよ。大切な従業員=家族に傷なんて付けさせるはずもない。
「私があなたに守られている間、何を考えていたか分かりますか?」
・・・・
「フフ。だから馬鹿なんですよ。私はね、あなたの護衛として同行したんです。海でも陸路でも魔物はいくらでも出ますよ。私は商人として、それらを屠るぐらいの力を持ってます。だからこそあなたに同行を命じられたのです。それが、守るべき貴方が率先して危険に飛び込んでいく。まぁ、一度見ればあなたの力量がとんでもないってことぐらいわかりますけどね。だが、私は、ナッタジの宝、いいえ、王国にとって宵闇の至宝なんて言われたあなたを、命を賭して守り抜く、なんて、使命感に燃えてたんですよ、これでも。ええ、父に感謝してたんですけどねぇ。蓋を開けてみれば、守るべき相手に守られて、足下を気遣われ、体力を気遣われ・・・だけど、決してイヤじゃない自分に嫌気が差していたんですがねぇ。ハハ。何がいいたいか分からないって顔してますね。いいですか。みんなあなたに守られて、それを自慢するんですよ。小さな子に守られて、何を自慢しているんだ、なんて思ってたけど、ハハ、思い知らされましたよ。あなたは危なっかしい。守られれば守られるほど、違うところであなたを守らねば、なんていう、焦りと誇りが沸き上がってきちまって、ああ、俺ってこんなに馬鹿だったか、なんて自問自答したりして・・・・。はん。俺、いや私は何を言ってるんでしょうかね。だが、ま、仕方ねぇ。私もナッタジの人間だ。あなたの言う、自分の心に正直に生きますよ。いいですか。あなたは子供です。とても小さな子供で、なんだったら実年齢どころかその見た目以上に子供です。どんなに頭が良かろうと、どんなに強かろうと、根っこのところは小さな子供だ。だから、ここからは私が大人としてあなたに付き添います。あなたをナッタジの坊ちゃんとしてではなく、私が庇護すべき子供として扱いますから。あ、拒否は聞きません。いいですね。まずは休憩です。我々の定宿なら安心ですので、そこで宿を取ります。あなたは私の子供として振る舞ってください。まずはこうして・・・」
メンダンさんは、僕に荷物からとりだした帽子を被せたよ。ちょっぴり大きいから、髪の毛もすっぽり入れられ、顔も鼻まで隠れちゃった。
そうして、よいしょっ、と声を上げながら、僕を腕に抱き上げて、「行きますよ。」なんて耳元で囁く。
あれよあれよという間に、歩き出したメンダンさん。
「【北への指針亭】という、外国商人や冒険者を相手にしている宿へ行きます。そこでレーと落ち合いましょう。」
「彼女もいるの?」
「パッデを連れ去った者の捜索をしているはずです。彼女は連れ去った者達の顔も見てますし、ギルドマスターもいいですが、彼女の話の方が聞く価値はありませんか?」
「・・・うん。」
「フフフ。これでも情報命の商人ですよ。なんでも自分でしようなんてしなくて良いんです。私もレーも存分に使いなさい。その小さな手で何もかも掴もうなんて、うぬぼれも良いところです。それとも、そんなに我々は頼りないですかねぇ。」
「・・・その、ごめんなさい。お願いします。」
「フフ。承知しました。坊ちゃん、これからはしばらくダーと呼ばせて貰っても?」
「当然です。ずっとダーで良いです。あのお父さん、て呼んだ方が?」
「そうですね。ですが、ずっとダーはいただけませんね。主従、上下はきっちりしませんと。」
「・・・ママが良いって言っても?」
「それはずるいですねぇ。では、会頭が良いって言うまではダー様とでも申しましょうか。ハハハ。」
「うっ、それはヤダ。」
「ダー様、もうすぐ宿ですよ。口調を変えますが、参考になさってくださいませ。」
「もう、メンダンさんってば意地悪だっ!」
「ハハハ。・・・・おいおいダー、おねむか。そろそろ起きろ。宿に着いたぞ。」
メンダンさんは、勝手知ったる、という感じで宿に入りながら、腕を揺すって、軽く背中をパンパンって叩いてきたよ。
その顔は、いたずらっ子のような、それでいて頼もしいような、なんかキラキラと輝いて見えました。
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