第74話 男爵家の見学?

 精悍な顔つきの青年が1人。手前を睥睨するように獣を睨み付ける。

 その右手には小さな短剣。

 細いその身体全体で、後方の仲間を庇っているのだろう。

 その足下には、鎧の胸が膨らんでいるから女、なのだろう、が、青年よりも数倍たくましく、背も横も大きな鎧姿の人間が横たわっている。

 そしてそのさらに奥。攻撃系と補助系だろうか、怯える二人の魔導師らしき美しい女が二人。その女を背に、がっしりとした体つきの、剣士らしき男が、今にも倒れそうに剣を構えている。

 細い男の目はらんらんと輝き、絶対に仲間を傷つけてたまるかもという意志がたぎっている。

 だが・・・

 その頼りになりそうな男の左腕。

 その肘から下はすでになく、血がしたたり落ちている。

 そして・・・

 後ろ姿の獣が悠々と口にくわえているのは、間違いない、かの勇者の噛み切られた腕・・・・




 僕らがメイドさんに連れられ、まず入ったのは、パーティーを開くときに使うという大広間だった。

 で、その大広間のメイン扉を開けて、入ってすぐに飛び込むのが、・・・・扉の真向かいに設置された巨大なその絵、だったんだ。

 思わず、その迫力に足が止まり・・・そしてあっけにとられたよ。


 「旦那様の勇姿でございます。」

 メイドさんが言う。うん、そうだと思った。



 この世界、あんまり美術品とかを飾るというのがあるわけじゃない。というか、美術的価値のある絵、ていうのがほぼ存在していないんだよね。

 絵といって思い浮かべるのは、基本肖像画だ。大きなおうちだと代々の領主様やその家族を描く、っていうのは、珍しくはない。

 また、そのおうちで誰かが功績を立てた、とかいうときには、そのシーンを描いて貰ったりする。こういうのは自分で自慢するために描かせる場合もあるけど、どちらかというと、上司とか王様とか、まぁ自分より偉い人が功績をたたえて褒美として与える場合が多い。


 「これは、テッセン様から下賜されたのでしょうか。」


 だから、ミランダがメイドさんに聞いたよ。

 メイドさんは、従者とは話すことはありません、みたいな感じでツーンとしてたけど、ラッセイが、「絵を下賜されるなんてすごいですね。」なんて口添えすると、なんていうか、ちょっと怖いぐらいになよなよしながら、メイドさんは言ったんだ。

 「いいえ。こちらの絵は旦那様が絵師に命じて描かせたものです。テッセン様から下賜されたのは、このお屋敷のみでございますわ。それだって・・・あら、これ以上はこの場ではちょっと・・・」

 口ごもると、流し目をラッセイに送ってるよ。


 僕、前世の記憶はほとんどないけど、女の人がこんなに、なんていうのかな、いかにも媚びてます、な姿を見たことはない気がする。今世だったらなおさら、だよね。

 けど、ラッセイもたいしたもので、まったく媚びに気付かない感じでスルーしてるよ。ひょっとして、こういうの慣れてるのかな?それとも、主人公っぽく難聴系とか鈍感系?


 「絵の前で、あまり噂をするのは良くないですね。殿下はどうやらこのお部屋を気に入ったようです。色々とゆっくり見学したいでしょうし、どうでしょう、外の空気でも吸いませんか?この絵にまつわるお話しを是非伺いたいものです。」

 ラッセイ。そういうことをするかなぁ。


 僕、あんまりみんなの情報収集の現場に居合わせたことがないから、なんか新鮮だよ。まさか、まさかで色仕掛け?


 メイドさんなんて、いやでも殿下のご案内・・・、とか、お庭はないんですよ、とか、外に出るのはあまり好ましくないんですけど、なんて、いろいろ言ってるけど、ラッセイと二人になりたい気まんまんで、ミランダの「殿下とここでゆっくり見学してますわ。」なんていう言葉に、ラッセイをつれてお外へ出ていったよ。

 お仕事、いいのかなぁ。


 「フフフ、ダー、びっくりした?あれでラッセイ、自分がモテてるとか思ってないのよ。」

 「へ?」

 「きっと、どうやって裏口を開けさせるか、しか考えてないわよ。女の人は内緒話が好きだから、ここだけの話、っていえばみんな口が軽くなる、なんて思ってるんでしょうね。自分より若い異性になら誰にでも内緒話をするもんだ、って思ってるんだから。」

 「まさか、そんなこと。」

 「教えたのがヨシュアだからね。」

 「それは・・・」

 ハハハ。ヨシュアやラッセイなら今の話は正しいのかも知れないです。二人ともモテモテだからねぇ。

 僕はまだ子供だから、その辺の詳しいことは、わかんなーい。



 まぁ、幸い僕とミランダ二人だけになったしね、色々と調べさせてもらおうかな。

 ちなみにこのお部屋、正面のとってもな相当美化された絵は、一番の自慢なんだろうけど、色々とまぁご自慢なんだろうな、ていうコレクションが飾られていました。


 この世界では、きれいな景色とか彫刻とかいわゆるアーティスティックな文化ってのは発展していないんだよね。コレクションで多いのは、魔物の一部、魔道具、宝石類、ぐらいかなぁ。

 で、案の定、ここでもそういうものが飾られてるよ。

 ほとんどは、魔物の頭とか、毛皮、牙や爪、角みたいなもので、壁際に飾ってる。

 ほとんど僕の知らない魔物かも、です。ミランダも、この辺りでとれたものかもって言ってるよ。亜種とかも多そう、だってさ。


 てことで、この自慢部屋、はそうそうスルーして、開きっぱなしの扉から、廊下に出てみました。

 廊下に出ると、この家の住人の気配がはっきりと分かるね。

 外の様子は、おそらく結界があるからわかんない。  

 と、・・・あれ、ちょっと気配がするね。

 きっとラッセイが外に出たんだ。

 思った通り、入ってきたメイン玄関じゃなくて、裏口かなんかから出たようです。

 その先にラッセイとさっきのメイドさんの気配があって、その二人を注視してるアーチャの気配が・・・あ、僕に気付いた?


 僕は、簡単にこっちはちゃんとお仕事中だよ、って気持ちをアーチャに送ると、屋敷の中にイメージを戻す。


 なんかテンション高い気配は男爵だ。

 そこに男女数名が侍って、多分着替えているんだろう。

 いかにも仕事です、な気配がちょっと笑う。


 それは、この屋敷の上の方から感じたんだけど、あとは、台所かな?この階のちょっと離れた所で、忙しそうに気が立っている男女が数名。


 そして・・・


 地下?


 僕らは今1階にいるけど、下の方から感じるのは、ゾクッてするほど昏い感情。笑ってる?なんていうか、ゾッとする感情が強くて、男女もわかんない。けど、何かを見て、笑ってる。ざまぁみろ?のもっと昏い感じ?

 気持ち悪い。

 僕が思ったのはまずそれだった。

 その気持ち悪い人の後ろに2人ほど、心を敢えて無にしてるっぽい人。


 で・・・


 何か気配がその近くにあるよ。

 人?

 寝てるか気絶してるんだろう。感情が一切なくて、ひょっとしたら人でないかも。

 命の灯火が消える寸前の生物の気配に似てる。人じゃなくて魔物かも?


 その何か、を見ているであろう気持ち悪い人の感情に、僕は多分青くなってたんだろう。

 ミランダが、心配そうに正面から僕の頬を両手で包み込む。


 「大丈夫?」

 「うん。なんか、地下に気持ち悪いのがいる・・・」

 「気持ち悪いの?」

 「人、だけど、なんていうか気持ち悪い・・・」

 「私が見てこようか?」 

 「ううん、僕が行く。何人かいそうだし・・・ひょっとしたら魔物もいるかも。」

 「調べた方がいいわね。」


 『待って。ダーたちはそのまま男爵の相手をしていて。』


 僕の心に触れていたのか、アーチャが口を挟んで来たよ。

 『こっちのメンツで地下は探る。今、ラッセイがそっちへ戻っていくみたいだから、合流して、男爵の方を頼む。』


 アーチャたち外の見張り組が、どうやら動いたみたい。

 ラッセイがメイドさんに開けさせた扉から、みんなこっそり入ってきたね。

 そのまま、すぐに階段を見つけて降りていく。


 と、同時に、頬を染めたメイドさんとラッセイが、僕らを迎えにやってきたんだ。

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