第68話 黒い魔力
ホーリーの魔法。
僕がそう名付けたこの治癒魔法に近い魔法は、僕が地球の、しかも日本なんていう国の記憶を持っていたからできた魔法だ。
正邪の感覚がそもそもないこの世界の人々に、この説明は難しい。
もちろん、悪いこと、悪い人、そういうのはあるんだけどね。清いと穢れ、なんて感覚、ないんだよね。
なんていうのかな、自然の摂理ってものに、正邪を感じないっていうのかな?
たとえば魔物。
魔物っていう言葉が正しいのかもわかんない。だってね、生きとし生けるものは魔力を持つし、魔力を持って動くものが魔物って呼ばれるものだから。
魔力は生き物だけじゃなくて、大地や空中にだって、水の中にも、満ち満ちている。
この世界ではこれが当たり前。
で、魔物に殺されることがある。
それは嫌なことではあるんだけど、邪ではないんだ。だって魔物だって食べなきゃ生きられないし、脅威だと思ったら戦うか逃げる。それらはまったく悪じゃない。
人間だって、魔物の素材や魔石を求めて魔物を殺す。
それは悪じゃないのと同じ事。
ちなみに人間だってみんな魔力を持っているよ。第2の血液みたいなもんだと思って貰っても良いかも。で、その魔力を司る臓器、っていうか場所がある。それが魔石って呼ばれるもので、魔力にとっての心臓になるのかな?
もちろん僕にもあるよ。
で、魔石の質や大きさは人によって違う。
魔導師なんて言われる人は、これが大きかったり色が濃かったりするらしい。
まぁ、人間の魔石を採取、なんてすれば大きな問題になるし、犯罪だよね。
人殺しをしてまで手に入れても、人間の魔石なんて小さいから、お金にはならないってのが常識。普通の人は砂粒ぐらいなんだもん。
魔石ってのは、魔力を貯めたり放出したりする機能があって、サイズや色によってその能力は違うんだ。これを使って道具を動かすのが魔道具だ。ちなみに、自分の魔石=魔力を使って動かす特別な魔導師向けの魔道具もあるけどね。
不思議なのは、ダンジョンっていわれる場所では、死ぬと肉体がまずどこかに吸収される。で、魔石が残る。それはゆっくりとダンジョンに吸い込まれるんだけど、本当に長い年月がかかる場合もあって、それが鉱石として採掘されたりもするんだ。ダンジョンの床や壁、天井なんかに合体して、化学変化?みたいなのを起こして、特殊な鉱石になる場合もあれば、複数の魔石がくっついて、でっかいのになったりする場合もある。
これはダンジョンじゃなくても起こるんだけどね。
ただ、ダンジョン以外だと、当然、魔物=生物は死ぬとゆっくり腐るでしょ?ダンジョンみたいに消えるように吸収されない。この辺りは地球と同じだね。
で、さっさと解体したり魔石を取り出さないと、腐る間に身体の他の部位と融合して、魔石は消えちゃうんだ。胆石みたいに、普通の体内の石?って感じのものになる。
といっても、これにはそれなりに時間がかかって、一般的には身体が腐りきらない間は取り出せるけどね。
ちなみに、これにも例外があって、なんか骨と融合して、特殊な魔石っていうか、素材みたいなのになる場合もあるそうです。ちなみに僕は見たことありません。
で、何を長々言ってるかっていうと、ホーリーです。
このホーリーが役に立つのは、あの黒いタールみたいな魔力に対してぐらいなんだけどね。ひょっとしたらアンデッドとかにも聞くのかな?アンデッドは仲間以外にはまだ出会ってないので、試してないです。
ホーリーの魔法って、どうも、僕の感覚どおり、これはゲーム的な言い方でいうと、光と闇の魔法って感じでね、黒い魔力とお互い食い合うみたいなんだ。
で、気がつくと、この世界では珍しい、ていうか、そんなものがあるなんて誰も知らない、魔力のない大地や空間ができちゃう。
この力で倒した、どろどろの魔物も同じ。
でね、問題は、蒸発か消滅か、よくわかんないけど、消えたあとには、魔石がないんだ。
これは魔法のせいなのか、黒い魔力のせいなのかは分からない。
ただ、魔力の源たる魔石がないんだ。
しかも、そもそも魔力が消える。
この、生き物も大地も空間も、ありとあらやるものが魔力で満ち満ちているこの世界で、魔力がないのはまったくもって不思議空間。魔石も存在出来ない、のかな?
難しいことは、わかんないけどね。
ただ1つ分かること。
このホーリーのあとの空間は、異常だってこと。
ハハ。
初めて見る人達が、ぽかーんと口を開けてフリーズしてるぐらいにね。
で、その状態を見て、にがにがしげに、対策を考えている人達がいるぐらいには・・・
「その、なんだ。ディル、リーク。おまえさんたちは、こういうのを見たことがある、んだな?」
ゴーダンが声をかけて、フリーズが溶けた人達。
「こういうの、とは、その魔力が消えた空間ですか?瞬く間に芽吹いたことですすか?それとも魔力溜り?」
ディルってば、ちょっぴり声がかすれてます。
「あー、さすがにいろいろキャパオーバーだよな。その、なんだ。魔力溜りか?あの黒い魔力のことだ。」
「キャパオーバーと、軽くいわれても・・・その、殿下の魔法についても聞きたいことが・・・。でも、そうですね、質問の答えはYESです。」
「ダーの件は、いろいろ問題もあるので全部は答えられんが、まぁ、あとでな。しかし、ディルがいう魔力溜りは南部では普通に存在する、と。」
「いえ、さすがに普通かどうか?ただ、あれを見つけたらその地域への侵攻は中止します。極力近づかない。それは徹底してますね。放置すれば消滅することは分かっているので。魔力溜りも、影響を受けた魔物も。」
「なるほどな。」
「しかし、不思議ですね。」
アーチャが口を挟んだよ。何が不思議?
「あれは、魔力濃度が異常に上がったときに現れます。だけど、このあたり、確かに魔力に満ちてはいても、あれが現れる程じゃない。何か核があるにしても、魔力濃度が薄すぎます。」
「じゃあ、セスのとは別物か?」
「そうともいえなくて。ダーのあの魔法がこういう反応をするのは、あの黒い魔法に対してだけです。ダーも、同じだと思って、あれをやったんだろう?」
「うん。だって、同じだったもん。反応も同じだし。けど・・・」
「なんだ?」
僕がちょっと悩んだら、ゴーダンが目の前に来てしゃがみ込んだよ。
そんな不安そうな顔、してないでしょ、僕?
「なんかね、グレンについてきてる子たちだけじゃなくて、森の妖精が集まって来ちゃって。それにね、ありがとうって・・・」
そうなんだ。
ホーリーが相殺してなのか、魔力がないところが出来ても、魔力を追加すれば、ちょっぴり戻ってく。で、そのために僕は無属性の魔法で魔力を注いで、ケアをしていたんだけどね。次々と、僕の魔力に触れては、『ありがとう』って言いながら、草やなんかを生やしちゃってる妖精たち。
もともと森の精霊から産まれたんだろうこの子たちは、守りたいっていうグレンのパパさんの思いで、立派に顕現したんだろうけど。
だからね、森の精霊や妖精たちは、こうやって元に戻すお仕事をしてるんだ、ってのは分かる。
ありがとう、って言ってくれてるって事は、僕がやったことは間違ってなくて、黒い魔力を消すことは、森にとって森を守ることになったんだって思えるのは、嬉しいんだけど・・・
「この黒い魔力は、自然に生まれるにはおかしいんでしょ?だったらどこから来たの?」
僕がずっと気になってたのは、そのことだったんだ。
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