第67話 いつか見た、あの・・・

 アーチャの記憶をもとに、森の中を進む。


 アーチャは100パーセントではないけど、ほぼエルフ族。しかも守りの民であるセスの一族出身だ。ずっと森で産まれ森で生活していた彼は、こんな初めて来る森でも、上手に道を覚えている。彼にとってなぜ僕らがわかんないのかわかんないって感じ。森の1本1本の木が全部違うから、って言うんだ。彼にとっては、町中の建物が同じように見えても1軒1軒違っていて、それを頼りに道を覚えるように、1つ1つ違う木や草の様子を見て、道が分かる、らしいです。



 森の奥を進みながらしばらく行くと、なんかちょっと嫌な感じが前方からして、僕は顔をしかめた。

 『ダーも気付いたか。』

 グレンも、僕より先にこの気配に気付いていたみたいで、そんな風に話しかけてくる。

 「そろそろ、ダーたちも気付いたみたいだね。わかる?」

 僕たちが歩みを緩めて顔を見合わせているのに気付いたアーチャが、そう声をかけてきたよ。

 「この、前から感じる気配、かな?これってどっかで・・・」

 どこかで感じた気がするんだよね。どこだっけ?


 『ダーよ。これはダメなやつだぞ。近づいてはいけないやつだ。』

 「ん?グレンはこれを知ってるの?」

 『時折湧いて出る、殺せぬ死体だな。』

 「殺せぬ死体?」

 『うむ。やつがいた気配がするぞ。今はおらんようだが。』

 「うーん・・・」

 僕は、グレンの通訳をみんなにしたんだ。


 「ひょっとして、、か?」

 話を聞いたディルが言った。

 あ、関係ないけど、仲間として同行する以上、長い呼び名はいざという時声がけしにくいって、敬称はやめることにしたんだ。これ、冒険者の常識です。戦闘中の会話は短い方がいいからね。


 「現場に行けば分かると思う。君たちの言う湧き場や溶ける魔物、グレンの殺せぬ死体ってのと、僕が知ってるのが同じかも確認したいしね。ちなみにグレン、やつは僕たちが倒したよ。」

 アーチャが言う。

 『なんと!』とグレンが驚いてたけど、二人が言ってるのと同じかもわかんないから、とりあえず、アーチャについて、現場へ行くことにしたんだ。



 「これは・・・」

 それぞれが、それぞれの思いで、その光景を見つめていた。


 そこは、明らかに戦闘跡で、でもその時期が悩ましい感じだった。

 木々が折れ、地面はえぐられ、そして焼かれている。

 そして、おそらくはその影響で倒されたはずの木の、その傷跡。

 焼けただれたあとに、風化したかのよう。

 そう。生々しい傷跡に比して、その切り口、傷口、といったものは風化したかのようになっていたんだ。


 「間違いない。湧き場だな。」

 ディルが言って、リークが頷く。

 「湧き場は、あそこのようですね。」

 ぽっかりと草も木もない場所が視線の奥にあり、リークがそこを指さして言った。


 楕円形に、1畳分ぐらいの空間がぽっかりとあいていて、その中心には、黒いタールの水たまりみたいなのが、黒い気体を放出している。それは空気中に散っていきつつ、なんとなくいやな気配をまき散らしていた。今は水たまりはラグビーボールぐらいのサイズだけど、ひょっとしたらここの空間を満たしていたんじゃないかな、ううん、きっと満たしていたはず、と、僕の直感が確信をしていた。


 「湧き場、と言ったな。あの黒い魔力溜りのことか。」

 ゴーダンが二人に聞いたよ。


 そうだ。

 あれは、魔力溜りだ。ううん。僕には瘴気として感じられる何か。

 でもこの大陸にも、あれがあるの?

 うん。僕は、あれと同じようなのを以前見たことがあるんだ。こことは別の大陸で、だけど。


 「ああいう黒い水みたいなのが、時折森の奥で湧くんです。仰ったように、魔力のかたまりのようで、あれに触れると人も魔物も黒く溶けて巨大化する。普通はその途中で溶けてあの中に融合してしまうんですが・・・」

 「時折、あれを抜け出してさまようものが現れる。あの黒いのに触れると木も草も枯れてしまう。まさにそこみたいにね。」

 「もっとも、あそこから脱出して動き出しても、そう長くはもたない。暴れるだけ暴れると、そのうち溶けて消えてしまうんです。」

 ディルとリークが交互に言ったよ。


 その話を聞いて、同じだ、って僕も思ったんだ。

 アーチャが、僕の方を見て、どう?って感じで首を傾げている。

 僕は大きく頷いた。


 「あれが、ナスカッテのアレと同じだとすると、ダー、試してみるか?」

 ゴーダンも僕の方を見て言ったよ。


 そう。僕にはあれに対抗する手段があるんだ。といっても、まだまだ開発中。しかも、他の誰も知らない、前世で瘴気っていうものをなんとなく知っていて、それに対応する魔法っていうのをゲームとかで掴んでいたっていうか、想像できたから、なんだけどね。

 それは・・・


 「ホーリー!」


 ブワッと白い魔力が僕を包み、それが魔力溜りを包み込む。

 空気ごと、浄化して、このくらいの小さい瘴気ならば、包み込み浄化しきるのは簡単だ。


 白く輝く僕の魔力が消滅すると、魔力溜りは消えて、白い大地が現れた。

 威力は随分押さえたのだけれど・・・やっぱり白い大地が現れてしまったね。あーあ、目立つよなぁ。

 僕はチラッとゴーダンを見る。

 小さく頷いたので、次の処理もやってOKってことだよね。

 僕は、その白い大地にゆっくりと優しく魔力を流す。できるだけ属性を乗せないようにそおっとね。


 あ、キラキラとした妖精がグレンのところから僕のところにやってきて、興味津々に見てるよ。こらっ、魔力を横取りしちゃダメだよ。

 注意しようとしたら、キラキラが白い大地の上を舞ったんだ。

 すっごくきれい。

 で、キラキラが小さいキラキラを白い大地に落としたら・・・え?ビックリなんだけど?

 白い大地は僕の魔力でちょっぴり茶色に戻りかけていたところに、小さいキラキラがかかったと思ったら、その場所から緑の芽が芽吹いたよ。


 「わぁお。」

 アーチャなんて、口笛まで吹いちゃって・・・

 なんていうか、驚きの光景です。



 えっとね、この世界では聖とか邪とかの感覚はないんだ。

 そのせいかどうか、宗教観が随分と違う。

 神様も悪魔もないんだよね。巨大宗教なんてのもない。だから教会っていうのは宗教施設じゃなくて、そのまんま教える施設の意味で、公的な孤児院が、施設の子供たちが自立できるようにいろいろ教えていた施設が発展したものなんだ。


 まぁそれはいいとして、とにかく聖も邪もない人に邪を滅する、という感覚を伝えるのは難しい。


 僕には前世の記憶があって、治癒の魔法は聖みたいな感覚があったんだ。

 で、あの黒い魔力のかたまりを見た時に、僕は邪=瘴気を感じた。

 だから、治癒の白い光に乗せて、清めるってイメージを放ってみたんだけどね。

 これが大正解で、瘴気は消えた。聖と邪が相殺される形で、いずれの魔力もない状態、ううん、魔力がまったくない空間を作り出しちゃったんだ。

 これが白い大地。

 この魔力の満ち満ちた世界で魔力がゼロの場所。

 まぁ、魔力の満ちあふれた世界だから、徐々に自然と魔力に覆われるんだけどね、それが一体どれだけの時間がかかることか、正直まったくわかんない。

 解決法は魔力で満たす、ただそれだけ、なんだけど、それだけの魔力はどう調達するかが問題だ。

 今浄化したぐらいなら、僕の魔力でごまかすことは出来るけど・・・

 そう思って放った無属性魔法、だったんだけどね・・・ハハハ。


 でも、妖精って本当にすごいんだね。

 あっという間に植物が芽吹くなんて!


 キラキラしたお目々で、僕はその様子を驚いて見ていたんだ。


 そのちょっと後ろで、唖然とこの様子を見ている、ディル、リーク、クレイのことにまったく気付かずにね。


 で、そんな僕と彼らの様子を、苦い顔で見ている宵の明星の仲間たちにも・・・

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