第57話 遠征訓練(15)

 『ほんのひとときだよ。』

 見知らぬ念話。

 僕は足を投げ出し、木の幹に背を預けていたんだけど、慌てて立ちあがり、声の感じた方へと、向き直った。ちゃんと、剣の柄に手をかけながら、ね。


 カサカサカサカサ・・・


 僕のいるのと逆の森の奥の方。

 低い木の枝を揺らす音。


 僕は思わず息を詰める。


 !!


 咄嗟に剣を抜こうとしたけど、それを止めるように妖精たちが光の壁を作った。

 優しく、エアが、剣を抜きかけた僕の手を押さえてくる。


 カサカサ


 灌木から、ゆったりとした歩調で出てきたのは・・・


 赤い、オオカミだった・・・


 その赤いオオカミは、たくさんのキラキラとした妖精を纏わり付かせながら、ゆったりと僕に向かってくる。


 ひょっとして、精霊?


 一瞬思ったけど、それにしては、なんていうか・・・肉肉しい?

 魔力だけで本来できている精霊や妖精に比べて、ずっと生命の力を纏っている。

 でも・・・


 『人間の子。あまりコレは得意ではない。触れていいか?』

 再び同じ念話。触れる、ってことは、念話、だよね?

 さすがに魔物らしいものに身をゆだねるのは・・・


 って、思ったんだけどね。


 周りの妖精たち、不安と期待の目(目はないけど)で、僕を見てくるんだ。

 彼らの中では、心に侵入した時点で僕も仲間みたいなもんだし(っていう感情が溢れてるよ)、だったらこの子とも仲よしだよね?みたいな・・・

 エアもキラキラとした目で見上げてくるし・・・

 あぁ、絶対ここのこと、秘密にしてよね。ハァっと大きくため息をついて、僕はゆっくりとその赤いオオカミに歩み寄った。



 赤いオオカミは、じっと動かずに僕を待っていた。側に近づくとお座りして、僕の目の前に頭を差し出してくる。それでも、ぼくの身長よりは高いけどね。

 僕は手を伸ばして、頭のてっぺんに置いた。


 『感謝する。』

 まず、そう言った赤いオオカミ。いったい何がだろう?

 『フフ。人からすれば我は恐怖だろう?離れていても会話は出来るが、得意ではなくてな。』

 『ううん。シューバとかは、よくこうやって話すし。でも、ちょっとこの体勢辛いかな?えっと、寝て貰っていい?』

 オオカミはゆっくりとの状態になってくれたよ。

 『へへ、思ったより柔らかいね。』

 『我にもたれてもよいぞ。』

 『じゃあ、お言葉に甘えて。』

 僕はオオカミのお腹を枕に寝転がったよ。これでも十分会話はできる。ちょっぴり怠惰、かな?

 『人間の子は怖がらなのだな。』

 『ダー。』

 『?』

 『僕の名前はダーだよ。あなたは?』

 『はて。我々は名を付けることがないからな。』

 『だったら、仲間はなんて言うの?』

 『我は、群れのボスだから、ボスと呼ばれている。まだ成り立てでワカなどと言う者もいるが。』

 『ボス、なんだ。赤いオオカミの?』

 『否。赤いのは我だけだ。もともとは銀の毛だ。我もつい最近まで銀であった。』

 『ひょっとして、ランセル・・・?』

 『人は、そう言うな。』

 『僕、あなたの仲間をいっぱい殺しちゃった。』

 『それはよい。自然の掟だ。弱い者が喰われる。』

 『・・・うん。』

 『そんな顔をするな。我は礼を言いたいのだよ。』

 『礼?』

 『ああ。ダーよ。我が父の無念を剥がしてくれて礼を言うぞ。』

 『どういう・・・?』

 『長い話しになる。・・・我が父は、人に無為に殺され、死して尚、辱められた。いや、我が悪いのだろう。未練、など抱いたばっかりに。我は、だが、父を辱めた人間を許せず、仲間を死地に追いやってしまった。』

 『それって・・・』


 赤いオオカミの話をまとめると、どうやらボスだった父は、例のニョンチョ&ゲンヘコンボでやられて、たくさんの複製を作られたらしい。例の同じ感じがすると言っていたランセルが、彼のお父さんだったよう。

 父が無残に倒れ、そこにたくさんのゲンヘがとりついて、血や魔力を吸収するのを赤いオオカミは、ただ見てるしかなかったそう。

 だけど、そのとき、それをやった人間は赤いオオカミに目をつけたんだって。赤いって言ってもそのときは普通に銀色だったんだけどね。

 やっぱり群れのボスになるぐらい強いし、お父さんより魔力が多かったみたい。

 はじめはニョンチョも息子の方にやってきたんだけど、お父さんが無理矢理間に入って逃がしてくれたんだって。


 お父さんはゲンヘに死ぬまで吸われて、結局吸い尽くされちゃったらしい。

 そこへ、さらに息子に迫る人間の魔手。

 けどね、そのとき、父に化けたゲンヘが、息子である赤いオオカミを守ったんだって。たくさんの父もどきが、代わる代わる盾になった。

 ゲンヘは赤い血を流したりしない。

 なのに、父ゲンヘがはじけて降りかかる魔力を浴びるうちに、体毛が赤くなっていた、そう。

 気がつけば、魔法や剣を使う人間どもも、根こそぎ父ゲンヘにやられていたんだって。


 そして、さらに自分の魔力が増大したことに気付いた赤オオカミ。

 その力で群れのリーダーとなり、憎い人間を襲うことにした。

 ゲンヘが父でないことを分かっていたし、父が死して尚、動いていることに自然に反する冒涜だ、と、葛藤はしていたけれど、父の気配に、父の魔力に、父の存在に、囲まれてひとときの心の安寧を求めてしまっていた。

 だけど、僕たちが、そのゲンヘをピンポイントで攻撃し、やはり、父ではない、と目覚めさせられた、のだそう。


 ちなみに、ここの妖精たち。

 もともと、緑溢れるこの森にたくさんいたけど、父のという願いに集まり、我が子のために何かしたいと、願ったのだ、とか。

 うーん。


 『でさ、君はどうしたい?』

 『どう?とは。』

 『んとね。ここの子たち、きっと赤いランセルさんのお父さんが君を守りたいって願って集まったんだと思うんだ。だったらこの子たちの願いは、君の幸せ、じゃないかな?』

 『我の、しあわせ・・・?』

 『たとえばさ、ランセルに人間が攻撃しない、とかなら、たぶん僕でもある程度、力になれると思うんだ。街道に出たり、そっちから仕掛けてこなければ、人間がランセルを襲わないように、ってすることは出来ると思う。』

 一応、このぐらいなら大丈夫だよね?腐っても王子、なんだし・・・

 『・・・我は、我は群れを抜けようと思う。』

 『え?なんで?』

 『我の勝手で、皆を危険に合わせた。それに、もう同じ種族とはいえん。赤い毛皮とこの魔力ではな。』

 『・・・』

 『なぁ、人間の子ダーよ。そなた、父をおとしめた人間に心当たりがありそうだな。』

 心をくっつけて話してたからね、ああ、あのコンボか、って思ったのも筒抜けだったみたい。

 『正確には、同じやり方で人間にも被害を与えたやつがいる。そいつらを捕まえるのが僕の仕事だ。』

 『なら、我を連れて行け。』

 『へ?』

 『我の望みを問うたろ?』

 『それは・・・だけど・・・』

 『人には我々を供にする習慣もあろう?』

 『それは・・・そうだけど・・・』

 でもランセル、しかも赤いランセルを従魔にしてるなんて聞いたことがないよ。


 うん、従魔っていって、魔物をペットにしてる人はいる。そもそも家畜用のシューバみたいな魔物だっているしね。冒険者なんかでも、お供に魔物を連れていて、かなり役に立ててる、なんて人もいるんだけど・・・ランセル、かぁ。

 『無理、か?』

 キュウン、と鳴いて耳を垂れるランセル。


 ほぼほぼ犬、に見えるんだよ。オオカミと犬って同じみたいなもんだし・・・

 だめ、って言いにくい、って言うか・・・


 『分かったよ。でも、絶対に人を襲わないでね。』

 『無論だ。』

 『じゃあ、いいよ。』

 赤いランセルが飛び上がるみたいに立ちあがった。枕にしていた僕はコロコロと転がる。それも気付かないみたいに大喜びしてるのは、しっぽがちぎれそうなぐらいに、揺れてるから分かるけど・・・


 『ダーよ!しばし待て!』


 ピュン!

 て音がしてるんじゃないかってぐらいの勢いで、中へ入って行ったよ。

 おいおい、僕、放置で、どうすればいい?


 僕はニコニコしているエアを見た。


 「エア。ドクに赤いランセルと友達になったから連れて行くって報告して。あ、それと、ここで見たことは全部内緒だから。いい?」

 『はい!』

 元気よく片手を上げて返事し、エアは消えたよ。

 これで、連れて行ってもドクがなんとか・・・してくれるよね?


 はぁ。


 森の中で一人放置された僕は、赤いランセルを待ちつつ、周りの光の球をつついて時間つぶしをすることにした。

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