第49話 遠征訓練(7)

 プジョー兄様が演説して、想定外の危険な行程に、課外授業での往路はここまでとし、数日後に来るであろう騎士団を待って、復路をとることが発表された。

 ただし、望む者はこのまま南部へと行軍し、当初の予定どおり、南部の兵に混ざって魔物討伐の体験をしてもいいとされたんだ。


 想定外の強い魔物の出現で怯えた生徒たちも多数いたし、かなりの人数が帰るだろうと見込まれた。けどさらに念のため、ということで、南部へと行軍し、討伐対に参加する基準として、ランセル討伐隊への参加も告げられたため、さらに進行班への参加希望者は減ったみたい。

 細かい指示は、各引率を通すこととなり、僕は兄様のいる治世者養成校の方へ、一応行ったんだけどね。



 「諸君は、アレクを除き、全員ここで終わりにして貰う。」

 プジョー兄様は治世者養成校の面々が集まったのを見て、まずはそう言った。

 「他の養成校と違い、治世者養成校は将来統治に関わる者達だ。想定外の危険を許容することは出来ない。」

 うん、さっき、プジョー兄様がドクに説得されたことと同じだ。

 国への責任、それがある者に、危険な場所への同行を認めるわけにはいかない。そう諭されて、復路の責任者として帰ることになったんだ。


 「ちょっと待ってください。私は行きますよ。アレクが行くなら私だって。」

 真っ先にNOを言ったのは姉様だった。

 「ポリア、立場を弁えなさい。これは命令だ。ポリアは帰るんだ。もしここで何かあったとしたら、王族としての務めを放棄することになりかねん。」

 「でしたらアレクだって。」

 「ポリア、君は分かっているはずだが。なぜアレクが向かうのか。そもそもこの遠征が君のわがままから始まっていると認識したまえ。」


 姉様は、僕がパクサ兄様の依頼で動いていることをはじめから知っているからね。それに、本当は正直邪魔なのに無理矢理ついてきたってことも自覚はあるはずなんだ。

 さすがにこれ以上、言いつのることはなく、頭を垂れちゃった。


 「それに、全員ではなくとも、南部へ向かう一団がある。そうであるならば治世者養成校から指揮をするものは必要だ。アレク、生徒たちを任せる。いいね。」

 「はい。」

 できるだけ人数が減ってくれるとありがたいけどね。


 ただ、実は僕らにだって思惑はあるんだ。

 多くの南部出身者が行軍している。

 行方不明者と何らかの接点がある者を中心に勧誘した結果なんだ。

 そろそろお尻に火がついてるぞ、って思わせぶりな態度でささやきつつ連れてきてるから、きっと南部到着と同時に卒業をしていく子も多いと計算してるんだ。

 彼らだけを引き連れるってのもあからさまだしね、希望者に南部の子が多かった、卒業しようと思っていた時にちょうど良い小遣い稼ぎが出来たから参加した、という形が取れるように誘導しているんだ。っていってもやったのはバンミだけどね。

 向こうに着いたら、その子たちの動向を探る予定。これが組織だった犯罪だったとしたら、重要人物と接触するのは間違いないだろうし、彼らの素性が本当の意味では分かってないからね、そのへんを調査することになるだろう。


 僕が、そんなことを思っていたら、2人の人物が、プジョー兄様に、僕との同行を食い下がったよ。姉様のやりとりで、これがほぼ強制だって分かってるのにどういうことだろう。


 「恐れながら私は命が欲しいのでアレク殿下との同行を希望いたします。」

 そう言ったのはクレイ。

 「どういう意味です?」

 兄様の瞳が険呑に眇められるけど、気にもせずクレイはニコッと笑った。

 「私の叔母は女傑シルバーフォックスと呼ばれる者であるのはご存じで?」

 「ああ、シーアネマ殿だね。そうか。彼女は一番にアレクの後見を名乗り出た・・・」

 「はい。アレク様の曾祖父は、彼女の唯一愛したお方だとかで、ことのほかアレク様をお慕い申しております。その・・・」

 「ほかの王子なんて目じゃないぐらいに。ああ、いいよいいよ。正直私も気持ちは分かる。同じ王子であるからには私でもアレクでも忠誠を誓ってもらえるのは喜ばしいことだ。そうだね、クレイ。特別に君は許可しよう。むしろ彼の安全を頼む。」

 「はっ。ありがたき幸せ。」

 あらら。シルバーフォックス、かぁ。

 良い人だけど苦手なおばさま、なんだけど、クレイさんは・・・

 まぁ、第7ダンジョンにも同じような理由でついてきたみたいだし、あのおばさんに怒られたくはないだろうから、仕方ないよね。


 けど、もう一人は・・・

 そういや彼女もダンジョンについてきたっけ。


 「私はアレク様についていきます。」

 「いや。あなたは他国の重鎮だ。最も許可できない人物だと分かっていらっしゃるはずですが。」

 プジョー兄様が言うのも最もで、彼女=ライライさんはナスカッテ国からの留学生だ。あの国は国王がいない代わりに合議制で、元老院っていうのが政治を司っているんだ。で、ライライさんはその元老院の議員さんのところのお嬢さん。まぁ、超VIPってことで間違いない。

 「いえ。アレク様との同行は、国のオーダーでもありましてよ。」

 「それはどういうことですか?」

 兄様の目がかなり尖っちゃった。


 僕が王族に入ることになったのって、他国に取り込まれないようにってのが大きいんだ。実際、ナスカッテ国にはドクの親戚がいて、僕の髪に目を付けていたみたいだし、他にもザドヴァの総統からは未だにうるさく養子に請われている。国が全部処理しているみたいだけどね。


 「そもそもワージッポ・グラノフ様は、我が国の方ですわ。それに、先日ダンジョンでお目にかかった冒険者の方々、あの方たちも途中で合流するのでございましょう?弓のお方は、我が国の方ですわよね。私、国より我が国出身者の保護を何よりも優先するよう申しつけられておりますの。それに・・・」

 ライライさんはそういうと、僕につかつかと歩み寄って。僕の左手を両手で包み込んだんだ。

 何なの?


 『アレク様、分かりますか、ライライです。これは念話といって、魔法を使った会話です。あら?まさか経験がおありですか?さすがに驚きますわね。その年で心の防御が出来るなんて。』

 『どういう、つもり?』

 『アレク様を思ってのことですわ。アレク様はセス、をご存じですか。ご存じですよね?あの弓の人、セスの民でございましょう?それに、ダンジョンで見ましたわ。あれは妖精かしら?妖精がついてる少年。あなたでございましょう?新たにセスに迎えられたという精霊の愛し子というのは。』

 『何それ?知らないよ、僕・・・』

 『フフフ。念話で嘘を言うだけの技は身につけておられませんのね。でも、ご安心くださいな。元老院全体でセスの新しい民について把握しているわけではございませんの。我が一族の情報網からセスの秘密の末端を知り得たに過ぎない。ですが、もし本当にセスの新たな子が、精霊の愛し子がいたのなら、何はさておき、お側に侍るよう申しつけられておりますの。ですから、よろしくお願い申し上げますね、私の主様。』


 ・・・・


 僕は、ちょっと考えられなくなって呆然としてしまったよ。


 僕の様子に気付いて、バンミがライライさんの手を払って僕を抱きしめた。

 バフマもナハトも、一気に戦闘態勢だけど、それでもライライさんは、あらあらとか言いながら微笑んでいる。


 「ライライ、何をした!?」

 兄様も焦るし、クレイが剣を抜く。


 「あらあら、申し訳ありません。小さい子にちょっと刺激が強すぎたようですね。私はただ、アレク様をお慕い申し上げております。側に置いてくださいませ、そう申し上げただけですわ。ねぇ、そうでしょ、アレク様?」

 「・・・えっと・・・」

 「フフフ。ご一緒を許してくださいましたら我が国の変わった事をいろいろお教えしますわよ。たとえば・・・セスの民、なんていう英雄の末裔の話なんていかがですか?それともセスの・・・白い大地のお話し、とかね?」


 僕は、ゴクリ、と唾をのんだ。


 今一緒にいる仲間の3人でバフマ以外はセスを知らない。

 だから二人なんてキョトンとしているけど、僕にとって白い大地、っていうのは秘密のキーワードだ。

 とある事件、ていうか事故みたいなもんで、セスの大地に白い場所ができたんだ。それはセスの民に衝撃を与えてしまい、いろいろと僕がセスに協力する約束をした。それはセスだけの秘密で、僕はセスの民の一員だ、と彼らに迎えられちゃったんだ。

 そのことを知っているぞ、とライライさんは言っている。

 その情報がセスの安全を脅かさないとも限らないから・・・


 「ライライさんが来たいならいいんじゃない、かな?」


 少しかすれた僕の声に、みんな怪訝な顔をしたけど、プジョー兄様は、僕の好きにしろって言ってくれたんだ。

 

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