第47話 遠征訓練(5)

 馬車の屋根に立って、ちょっとでも高い所から、魔力を広げていく。

 緊張したり苛立ったり、そんな生徒たちの感情も、チラチラとキャッチする。


 ラッセイはちょっとばかり苛ついてる?

 僕の魔力を感じてドクはタッチする感じで、僕にエールを送ってくれた。


 何人か、この索敵に気付いているみたい。魔導師の中には、一瞬緊張を見せる人も。

 あ、リネイはさすがに気付くか。

 すぐに僕だって分かったみたいだけどね。


 僕は、この集団はいいとして、もっと範囲を広げていく。

 魔物が襲ってきたら知らせなきゃいけない。

 見張りを配置したっていったって、正直役立つとは思えないからね。

 治世者養成校の人だって実戦経験はほとんどなさそうだし。

 剣使養成校とか魔導師養成校の人も、研修でこれに参加しているんだ。てことは、そもそもが練習に過ぎない。本番で役に立つ行動を望む方が酷だろうって、見習いの僕でも分かること。せめて本物の騎士がもうちょっと人数いたらなぁ、って思うのは無い物ねだり、だよね。


 僕がちょっと焦ってるのを知ってか知らずか、僕の肩にバンミが手を置いた。


 バンミっていうのは、本当に器用で、何をどうやったか知らないけど、流れてくる魔力に、なんだかあやされている気分。

 それでホッと一息つくのがちょっぴり悔しくって、思わず目を開いて、上目遣いに睨んじゃった。

 背の違いでどうしても上目遣いになっちゃうのも悔しいところなんだよなぁ。出会ったころも差があったけど、もうちょっと差は少なかったような・・・って、空しいからやめとこう。


 僕は気を取り直して、さらに魔力を広げていく。

 小さな気配がないことはない。

 けどね、森の索敵は難しい、って、再認識したよ。

 だってね、僕がたどるのは魔力。そして感情的なもの。

 森には多くの魔力が満ち満ちている。

 動物だけじゃなく植物も、いや、大地だって魔力に溢れていて、どれが敵対する魔力か、なんてわかんない。そりゃ、実際対峙すれば魔物だって感情はあるし、こいつだ!って分かるけどね。


 ランセルらしい魔力、ってのは、一度さっき対峙したし、分からなくはない。

 ただし近くに来たらね、って話。

 一口にランセルの魔力って言ったって、個体ごとに違うし、大地の魔力に比べれば微々たるもの。

 敵意むき出しに近づいてくれなきゃ、まったくわかんないな。


 僕のそんな気持ちが顔に出てたのか、ナハトが下に降りるように促した。バフマもお茶を入れる、なんていう。曲がりなりにも警備を立ててるんだから、僕が一人で頑張る必要はない、なんて言っちゃうんだから、この人たちってば・・・


 まぁ、3対1で頑張ったって勝ち目はない。そもそも口でこの3人に勝てるはずはないな、なんて思いながら、屋根から降りようとしたその時だった。


 「ダーちゃま、ごめん。手を貸して!」

 そう言って、走ってきたのはニーだった。


 「ニー?どうしたの?」

 僕は、言葉遣いを注意しようとしたのであろうナハトを制しつつ、慌てて聞いた。


 ニーは医療チームの要だ。

 だいいち僕のお姉さんポジションを主張するニーだもの、言葉遣いとか僕が王子様してるときの自分が近づく距離、とか、無茶苦茶気にするんだ。

 だから、王子様やっている僕の前に、ダーちゃま、なんて走り込んできただけでも、その緊急性はわかるよね?


 「ダーちゃま、力を貸して欲しいの。先生が、モーリス先生が手術をしなきゃ危険だって!だからダーちゃま手伝って!!」


 この世界、外科手術ってのは行われていない。

 切って治す、なんていうのは悪魔の所行的な考え。悪魔はいないけどね。感覚的にはそのぐらいの忌避事項なんだ。

 でもね、やっぱり外科手術が有効なことって多い。

 前世では優秀な脳外科医だったモーリス先生。先生はこの世界で唯一の外科の先生だ。

 外科手術の道具はモーリス先生監修で、うちの天才鍛冶職人が作ったんだ。そもそもこの鍛冶師も元地球人だから、手術道具のイメージはしやすかった。そんなこともあって一式メスやらなんやら、様々な前世を真似た医療器具は持っている。

 だけど、そんな禁忌の所行に使う道具をそこら辺に置いておくわけにはいかない。ってことで、この世界の医療道具は先生の持ち物として持っていて、前世仕様の道具は僕のリュックで保管しているんだ。


 僕は、ニーに頷くと、リュックを馬車から取りだして、この場を3人に任せ、ニーの後に続いてモーリス先生のところに走ったんだ。



 「ダー君か、すまない。手術以外に難しいんだ。どうやら頭を打った拍子に血管が切れて血栓になっているようだ。手伝ってくれるかい?」

 僕の姿を見ると焦ったようにモーリス先生が口早に言った。

 僕はなるほど、と思い、クジたちに誰も近づけないよう見張りをお願いして、助手にニーを残し、簡易の手術室にすると、リュックから道具一式を出していく。


 この世界には、治癒魔法、というものがある。

 僕も使えるけど、僕の知ってる中でこれが一番上手なのは僕のママだ。

 治癒魔法は、裂かれた肉体を再生し、元に戻すすごい魔法。なんだったら、前世の医療技術より優れている場合もある。

 けどね、基本はなくしたものを作る魔法で、余分なものを取り出すには向いていないんだ。

 今回みたいに、物が詰まって取り除くタイプの治療にはまったく向かないものなんだ。

 腫瘍の除去なんかは、手術に限る。もちろん今回みたいな固まった血を取り除く、なんてのもね。


 僕は先生の手伝いのために、まずは、ある魔道具に魔力を注ぐ。

 前世で言えばCTスキャンとかエコーみたいな感じで、魔力で体内を感じ取り、それをモニターとして外に映し出すんだ。

 ドク、カイザー、モーリス先生の合作だ。僕も魔法ってところでは手伝ったけどね。

 ちなみにこの魔道具、今のところ僕しか使えない。僕とモーリス先生、そしてこの魔道具が集まって、やっとできる技ってことだね。


 このモニターを見つつ、モーリス先生は手術を進める。

 メスとかも一種の魔道具だ。

 魔力を流すことによって、電気メスの役割をするんだ。

 面白がって、いろんな前世の医療機器を作ってたけど、ここにきて役に立っている。無駄じゃなかったんだなぁ、なんて思いながら、モーリス先生の手元を眺める。

 やっぱりこの人が天才って言われた人だからできるんだろうな。

 実際、どうやっているのか、あの柔らかな脳に何の迷いもなくメスを入れていく。

 ニーに機械出しっていうのかな、道具を言ってそれを渡して貰ったり、吸い上げる魔道具でニーに血を吸い出させたり。前世でドラマで見たって思う、手術室の光景とほとんど変わらない、


 でもさ、考えてみたらニーもすごいよ。

 この世界の常識で生きてきたのに、手術のお手伝いが出来るんだもの。

 助手としていろいろ勉強してるってのは聞いてたけど、本当に看護師さんみたい。


 そんなことを考えていたら、無事手術は終わったみたいだね。最後の縫合、の代わりに僕が治癒魔法で額の傷を治しておく。抜糸も必要なく、見た目も頭に穴を開けた、なんて、誰も気付かないよね。

 焦りもないから、過剰な魔力を使うことなく、上手く傷を治せたよ。


 道具を簡単に洗って消毒して、再びリュックへ。

 あとは先生やニーに任せれば大丈夫だね。

 僕はホッとして、このテントを後にした。




 テントを出るとナハトが待っていて、引率陣が呼んでるっていう。


 はぁ。


 もうトラブルとか、なしにしてよね、そうこっそりつぶやいて、ナハトと一緒にお話し合いのテントへと、僕は走ったんだ。

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