第45話 遠征訓練(3)

 「ラッセイ、頭!ウィンドカッター!!!」


 中央を走っていくと、目の前でランセル、つまりシルバーウルフが片手じゃきかないほどの数で、ラッセイに牙を剥いていた。

 時間差で次々と飛びかかる様子から、これは確実に司令塔=ボスがいるのが分かる。

 僕は、ラッセイに頭を下げるよう叫び、風の刃をそいつらに叩きつけた。


 ラッセイは僕の声に即、応じる。

 間髪を入れず、頭を低くすると、そのまま野球のスライディングみたいに、足から地面を滑って、上を飛ぶランセルたちの下をくぐり抜けた。

 くぐり抜けたラッセイはすぐさま立ちあがり、僕の魔法でよろけたランセルにトドメを差していく。

 あっという間に、ラッセイと対峙していたヤツらだけはやっつけたけど、何?またゾロゾロと遠巻きにやってきてる?

 僕は、慌てて、ラッセルの側に駆けつけた。



 「なんでこんなに出てるのさ。」

 正直、前に出すぎだ、って僕でも思った。

 トッチィだって、言ってたけど、僕たちだけならまだしも、生徒たちを放っておいて、前に出すぎだよ。

 「斥候役の生徒が1組出たままだ。」

 

 ラッセイは走り出しながら、そう言った。



 行軍の訓練。

 ていうことで、パーティを組んで、斥候の訓練も順番にやっているんだ。

 前方に行軍させているチームは、だいたい半分ずつ斥候訓練に出している。

 トッチィってば、一応、メイン武器が弓なのに、軽業師みたいに身が軽い。斥候も得意なんだよね。なんか投擲とかも上手くて、なんていうのかな、的あてならばなんでもあり、な感じ。

 でね、自分も暇だし、ってことで、最初はトッチィが普通に斥候役もしてくれてたみたいなんだけどね、それに気付いたプジョー兄様が、生徒も講義を受けてるし、良い経験だから、順番にやらせてみよう、ってなってね、ほら、あの雨の日に突然そんな提案してきたんだよね。

 で、雨上がりから斥候の訓練も加わりつつ、トッチィが遠目で監視っていうか、安全確保ができる距離で見ていたんだ。


 で、ある生徒が銀の毛をチラッと見たっていうところから始まったみたい。

 数組の生徒たちが、魔物発見!て、近づいちゃったんだよね。

 お手柄にしようと、斬りかかったのがいけなかった。

 相手も斥候役のオオカミさんだったみたいなんだ。

 こういう群れで行動する魔物は、役割分担があるのも多いし、斥候役のやつだって当然いる。人間だって斥候役の人は、スピードが得意だったりするんだ。素早さが人よりも優れている魔物のそれも斥候に、のんびり近づくなんてあり得ない。

 そんなこともしらずに、生徒たちが斬りかかったんだって。


 相手は、反撃っていうか、雄叫びを上げながら斬りかかったその生徒に、すごいジャンプで牙を剥いて飛びかかってきた。

 で、慌てて、弓でそいつをトッチィはやっつけて、生徒たちに本体へ戻れ!って、命じたんだそう。チラチラと他の個体もこっちを見てるのは全員気付いたみたいで、トッチィもとにかく生徒を保護しなきゃ、と思ったんだろうね。

 で、ほとんどは慌てて戻ったんだけど、一組、っていうか、そのチームの1人が逃げていく別の個体を追いかけて行っちゃったもんだから、仲間もそれについて行ったんだって。


 トッチィは、戻ったチームの人達にラッセイに状況を伝えるように言うと、慌てて、その子たちを追ったんだ。

 ラッセイはそれを聞いて、とにかく帰ってきた子たちに騎士か先生に状況を知らせろ、って言って、前方へ走ったらしい。一緒に、前方を警護していたリネイもついてったんだって。

 で、トッチィを見つけて、彼には2人に下がるように言い、生徒を探しに討伐しつつここまで上がった、ってことらしい。



 なんてことを話ながら、僕らは何匹も討伐していく。


 いったいどこまで行ったんだろう。

 敵が多すぎて、気配も探りにくい。

 と、僕は意識を広げて戦ってたんだけど、前方に大きく生き物が集まっているところを発見する。

 ラッセイに、そのことを言って、案内がてら、そこまでの道を開くことにした。

 頭の中に危険が迫ってるって、でっかいアラートが聞こえたんだ。


 「ストーントルネード!」


 僕は、その集団の方へと、オリジナル魔法、って、僕の場合は全部オリジナルっちゃオリジナルなんだけど、みんなに見せたら危なすぎるって言われて、あんまり出番のない魔法を放ったんだ。

 ストーントルネード。

 土魔法で拳大の石をいっぱいつくって、それを風魔法で作った竜巻きで指示した方向へと叩きつける魔法だ。

 風だけだったら、切れるだけ。

 石だけだったら広範囲はもっとでっかい岩じゃないとだめだけど、扱いが難しい。

 で、拳大の石をグルグル巻きに飛ばすことで、ある程度範囲を絞れるし広範囲を継続して的に出来るんだ。


 石つぶてと風の威力で、トルネードの通り道になった木がバキバキと倒れたり穴が開いていく。


 バリバリバリバリ



 大きな音と共に、僕らの目の前には1本のまっすぐな道。


 キャイン!


 そのまま、魔物の群れに激突した魔法に、数体のオオカミが吹っ飛んだ。


 ハハハ、魔物たちもギョッとしたら、こっちを見て固まるんだね。


 「ダー・・・これは危ないからって、」

 ラッセイが何か言ってるけど、ここは無視。

 だって、今にも危険、そう思ったんだもの。


 僕は、魔法で作ったその道を慌てて走った。

 気配で、ため息をついたラッセイが、後に続くのを背に感じながら、竜巻に飛ばされた魔物の群れの隙間に飛び込み、左側の呆然としている魔物に剣を走らせる。

 と、同時に背中合わせにラッセイが、逆方向のランセルたちを2匹ほどやっつけた。


 隙間をさらに剣でこじ開けつつ、数匹。


 正気を取り戻したのか、僕らから距離をとるオオカミたち。


 ヤツらが距離を取ったことで目の前に広がる光景が。


 ドーナツ状にヤツらが取り囲んでいたのは、3人の生徒たち。


 「アレク、様・・・」


 僕を目に留めて、ぽつりとつぶやいたのは、尻餅をついて怯えている少年を守るように杖を突き出す1人の少年。

 もう一人も、大きな盾でうしろの二人を守るようにかろうじて立っている、っていう感じ?

 その盾は、血と泥で汚れていて、ここまでの健闘が浮かび上がっていた。

 彼は、どうやら怪我をしているのか。

 それでも、盾をかまえ、突如現れた僕らに驚きの顔を向けていた。


 「ダー、彼らを」

 ラッセイに言われて、僕は慌てて、3人に近寄った。

 その間、側にいたランセルから次々と屠りながら、たった一人で大立ち回りをするラッセイ。

 幸いなことに、さっきの魔法にビビってか、または、弱者と思ってじわじわいたぶっていた人間に、強い助っ人が来て焦っているのか。

 ゆっくりと、こっちを見たまま、後ずさるランセルたち。


 僕は、念のため、彼らを囲む土の結界を作り上げる。

 ホッとした様子で、へたり込む二人の生徒。


 「助かりました。」

 それでも盾を構えたまま、その場に座った少年は、敵から目を離さずに、そう言った。

 「教官は?私が出ます。」

 結界から出せ、というのか、杖を抱え込む、もう一人が言う。

 ハハハ、立ち上がれないほど消耗してるのに何言ってるんだろうね。


 「大丈夫だよディルさん、リークさん。あのぐらいなら彼一人で大丈夫。」

 だからもう安心だよ、僕は、保護した生徒たちに、笑顔を向けた。



 ちょうどその時。


 わぉーーーん!!


 きれいな遠吠えが聞こえた。

 それが合図だったのだろう。

 まだ生き残っていたランセルたちの耳が一斉にピンと立ち、びっくりするスピードでこっちに背中を向けると、森の中に消えていく。


 もう大丈夫か。

 そう思って、僕は結界を解く。

 「追いかける?」

 同じタイミングでこっちに寄ってきたラッセイに尋ねると、大きく首を横に振った。


 ラッセイの目は、僕でもほとんど見たことがないくらい冷たいものだった。

 その目は僕を通り越して、その先、生徒たちを睥睨している。

 「とりあえず戻る。アレク王子、申し訳ありませんが、歩ける程度に回復していただけませんか。」

 冷たいままで、よそ行きっていうか、養成所の先生と生徒になるラッセイ。

 そして、ディルの持っていた大きな盾をヒョイと持ち上げると、踵を返して、僕のあけた通り道を帰って行く。



 ディルとリークはそこそこ怪我を負っていた。

 特に盾のディルは、よく立ってたって思うぐらいに、腿を噛まれたみたいで・・・


 「ヒール。」

 僕は得意じゃない魔法をそっと二人に用心深くかけたんだ。

 傷が消えるのを驚きの表情で見る3人。

 君たち見たことあるよね?そう思うけど、自分がかけられるのはまた別なのかな?

 なんとか、立ち上がれそうな二人。

 あの重い盾がないとディルも歩けるよね?

 僕はそんなことを言いながら、二人を立たせて・・・・


 もう一人の生徒、ガイガムを見る。


 尻餅をついていて、土まみれなのに、全然怪我とかないんだね?

 僕は不思議に思うけど、リークが黙って首を横に振った。

 僕の肩にそっと手をあてて、回れ右をさせるディルとリーク。

 そのまま、二人に押される形で、僕はラッセイの後を追う。

 しばらく、そう、僕が作った道を3分の1ほど進んだとき、

 「待って!待ってくれ!!」

 そんな悲鳴みたいな声を上げて、ガイガムは僕らを追っかけてきた。

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