第30話 南部の事情

 「まぁ、なんだ。見て分かるとおり、こいつは王子って言っても、本人もまわりもほとんどそのことを覚えちゃいねえ。単なる商人の小せがれ、生意気な見習い冒険者ってつもりで付き合ってやってくれると助かる。」

 ご飯を一緒に食べるのも、どうやら恐縮って感じだったけど、ギリギリ南部の人ってことで、同席してくれてるんだ、なんていう解説をミランダが言うのを聞きつつ、ゴーダンが二人に言うのも聞いたよ。


 なんだかんだ言っても、ゴーダンってばこういうフォローをしてくれるのは助かる。「生意気な」は余計だけどね。


 ミランダ解説では、南部の方って開拓メインだから、貴族と平民が一緒に活動することも多い。だからなのか、貴族と平民の距離が近いんだって。物理的にも心情的にもね。


 だからこそ、貴族教育はきちんとしている、っていうのもあるんだそう。どうしても辺境の田舎者って見られがち。だからこそ誰よりも貴族らしく振る舞える、そんな教育もしていて、TPOに合わせた振る舞いが出来る人も多い。王都で侮られない、そんな立ち居振る舞いが、徹底的に仕込まれてる、っていうんだから、お気の毒だね。



 「両極だけどね。」

 っていうのは、アンナ。

 アンナもゴーダン達と、夢の傀儡っていうひいじいさんのパーティのとき、南に行ったことがあるんだって。


 アンナ曰く、役に立たない出来損ないこそ貴族をひけらかして面倒だった、そうです。逆に優秀なのは、冒険者だろうが王族だろうが、ヘンに上だの下だの言わず、対等に話をする。前王や現王なんかはその態度を大変好ましく思って、辺境伯とは仲よしなんだそう。領主自身は優秀な人側っぽいね。



 そんな話をしていたら、ゴーダン達のところは事件の話、特にダンジョンのあの魔物の話になっていった。

 「あの魔物は、いずれも、南部にのみに生息するものです。ですから、南部から持ち込まれたのだろうと思います。」

 ディルがそんな風に言っている。

 「いいのか。それはかなりの問題発言だが。」

 「はい。もともとその可能性は考えていました。実は母が領内における不審を勘付いていまして、そこに彼への、ある話があったものですから渡りに船と、王都の剣使養成校へと参ったのです。」

 と、リークへ視線を送りながら言った。

 リークは大きく頷く。


 「先ほど、彼は我が家の家令の息子、と申しましたが、正確にはちょっと違います。」

 「どういうことだ?」

 「彼の母は我が家の元メイドでした。しかし彼の父はテッセン家の家令です。ですから正式には家令はテッセン家の家令の息子、というわけです。」

 「テッセン家?」

 「我が領でも名門。辺境伯の右腕。わがフィノーラ家と両雄ともいうべき家です。」

 「ライバル、というわけか。」

 「いえ。もともとは友好な家です。辺境では、主要な貴族家が争っていてはお話になりませんから。それもあって、リークの両親は結ばれたんです。決して政治的な意味も、ましてやスパイなんていう意味もありません。」

 「なるほど。確かにそれだけ厳しいというわけか。」

 「はい。ですが、領主が優秀でも、裾野が広がれば色々出てくるといいますか、バカなことをする者もいる、といいますか。」

 「まぁ、どこでも同じだろうさ。」

 「ええ。権力を勘違いするだけならまだしも、上位者によこしまな方法で取り入ろう、そういう輩がいる、ということです。」

 「そういう気配を君の母上が察知した、と。」

 「はい。」



 辺境の地である南は、魔物の跋扈する未知の領域を開拓し、人間の領域を広げようとする、その最先端だそう。

 だからこそ見知らぬ魔物も多く存在し、腕のある冒険者なんかは、好んでそちらに向かうこともあるんだ。なんせ、未知との遭遇。まだ知らぬ大地。ロマンいっぱいだ。


 ただ、それだけに、住むには厳しい場所。

 人々は手をとりあって協力し、足を引っ張る余裕はない。

 だけど、そりゃあ、そういう環境が嫌いな人ってのもいるよね。

 そもそも、戦いが近い場所だから、小さい頃から実戦に出られるような訓練を受ける。だから南部出身には優秀な戦士が多い。

 その人達が、危険な南部を避け、王都や別の地域で、楽に生活したいと思って、生活の場を変えることも少なくないんだ。

 冒険者だったり傭兵や騎士。魔導師。

 王国直轄で働くのにこの養成校群は便利。治世者養成校以外は、庶民にすら大きく門戸が開かれているからね。


 南部の優秀な人材が、国の騎士団やらに騎士として魔導師として入ってくれるならそれはそれでありがたい。

 そんなこともあって、養成校にも南部出身者は珍しくない。そして優秀な人は先生として残ったり、出戻ったりってのも少なくない。


 実際、ラッセイを不合格にした3人の試験官。全員が同郷の先輩後輩だって。で、少なくとも一人が南部の出ってきいた。てことはみんな南部の人ってことだよね?

 そんなことを思いながら、なんとなくディルとゴーダンの話を聞いていたら、プーってラッセイが口のものを吹き出したよ。汚いなぁ。

 でもどうしたの?


 「なるほど、そこでマッケンガーが出てくるのか。」

 ラッセイを睨みながらゴーダンが言う。

 マッケンガー。剣使養成校のベテラン先生。

 ラッセイを不合格にした、1人だ。



 どうやら、ディルのお父さんが仕えるテッセン家ってのは、マッケンガーの実家らしい。マッケンガー自身は現当主の弟の子、らしいんだ。

 その弟ってのが、あんまり強くなくて、どっちかっていうと、お金の計算が得意。ってことで、内政なんかはその人が取り仕切っているらしい。


 そんなこともあって、どっちかっていうと南部で親戚のおじさんにこき使われるより、自由と豪華な暮らしに憧れて王都にやってきた一人ってのがマッケンガーだそうだ。はじめは冒険者になろうとしたけど、あんまり儲からない。ていうことで、別の親戚が剣の先生をしていたっていうコネを使って、剣使養成校の先生になったんだそうです。南部レベルでも強い方だったらしく、無事先生になれたんだって。


 で、どういう風に知り合ったのか、王都ではなく、トレネーの商人であるレッデゼッサと仲良くなった、のかな?

 少なくとも騎士になりたい子の家庭教師になるぐらいには、仲良くなったみたい。

 で、頼まれて、その商人の子である息子ガイガムを無理矢理剣使養成校に入れた。何度かその前に受験に失敗してるみたいで、お金がかなりマッケンガーに流れたって話。


 で、お金が流れたついでに、どうやら実戦で実力不足から取り返しのつかない怪我をしないか、って父親が心配して、彼に護衛をつけてくれ、と頼んだのだそうだ。 

 そこで白羽の矢が立ったのがリーク。

 マッケンガーが自分の父親に相談して、彼が「テッセン」の名を出さずにリークを護衛につけるよう差配した。たまたま母親がフィノーラ家の関係者ってこともあって、南部だってことで問題が出たらフィノーラ家の関係者ってことにしろって言われたんだそうです。



 ただね、テッセン側は知らなかったんだろうけどね、同じ年のディルとリークは大の仲よし。乳母はいらないっていう、ディルのお母さんの要望もあって、乳母替わりに引退したメイドであるリークのお母さんが、一緒に面倒を見てたんだって。

 そんなこともあって、父の命令をリークはディルに相談し、ディルは母親に相談した。

 で、テッセンのなにやら不穏な動きにマッケンガーが関わっていると思っていたディルの母、王妹のパティーヌ様が、リールと一緒にディルも剣使養成校で勉強してきなさい、と送り出されたってわけだそうです。

 

 やれやれ、きな臭い話を聞きながらのご飯って、胃に来るね。

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